目   次
 
【金銭証書貸借等】

 金銭消費貸借
  (文例1) 金銭消費貸借契約公正証書(一括弁済の場合)
  (文例2) 金銭消費貸借契約公正証書(分割弁済の場合)

2 準消費貸借契約
  (文例3) 準消費貸借契約公正証書

3 債務承認弁済契約
  (文例4) 債務承認弁済契約公正証書              

4 与信契約
  (文例5) 限度付貸付契約公正証書                

5 借換契約
  (文例6) 借換えに関する公正証書                

6 当事者が多数の場合
  (文例7−1) 分割債務                    
  (文例7−2) 連帯債務・不可分債務             
  (文例7−3) 連帯債権・不可分債権 

7 当事者の一方が「権利能力なき社団」の場合           
  (文例8) 金銭消費貸借契約公正証書               

8 当事者の一方が「有限責任事業組合」の場合
  (文例9) 金銭消費貸借契約公正証書               

9 債権者代位権に基づく請求
  (文例10) 債権者代位権に基づく金銭請求公正証書        

10 弁済期経過後の金銭消費貸借契約に係る公正証書
  (文例11) 債務承認弁済契約公正証書              

11 債務免除
  (文例12−1) 債務免除公正証書                
  (文例12−2) 債務承認弁済契約公正証書(一部免除を含む)
 
【人的保証】

12 (連帯)保証契約
  (文例13−1) 金銭消費貸借契約公正証書(単純保証)  
  (文例13−2) 金銭消費貸借契約公正証書(連帯保証)

13 根保証契約
  (文例14) 貸金等連帯根保証契約公正証書 
  (文例15) 非貸金等連帯根保証契約公正証書 

14 共同保証契約(保証人を追加する場合も含む)
  (文例16−1) 共同保証契約公正証書        
  (文例16−2) 共同保証契約公正証書(保証人の追加)

15 一部保証契約
  (文例17−1) 一部保証契約公正証書 
  (文例17−2) 割合保証契約公正証書 

16 保証契約に関する各種の特約   

17 身元保証契約
  (文例19) 身元保証契約公正証書   

18 求償権
  (文例20−1) 保証委託及び求償権の行使等に関する公正証書
            (事前・事後の求償権を含む)           
  (文例20−2) 原債権の代位取得に関する公正証書     
  (文例20―3) 代位割合の特約に関する公正証書     
  (文例21) 求償債務履行に関する契約公正証書         
 
【物的担保】

19抵当権
    (文例22) 抵当権設定金銭消費貸借契約公正証書        

20 根抵当権
    (文例23) 根抵当権設定契約公正証書             

21 質権
    (文例24) 質権設定契約公正証書(被担保債権が商行為による場合)
    (文例25) 債権質権設定契約公正証書             
    (文例26) 株式質権設定契約公正証書(株券不発行会社、非上場会社)
    (文例27) 特許権質権設定契約公正証書             
    (文例28) 著作権質権設定契約公正証書            

22 工場抵当権
    (文例29) 工場抵当権設定金銭消費貸借契約公正証書     

23 工場財団抵当権
    (文例30) 工場財団抵当権設定金銭消費貸借契約公正証書    

24 譲渡担保
    (文例31) 不動産譲渡担保付き金銭消費貸借契約公正証書   
    (文例32) 個別動産譲渡担保付き金銭消費貸借契約公正証書   
    (文例33) 債権譲渡担保付き金銭消費貸借契約公正証書     
    (文例34) 集合動産譲渡担保契約公正証書           
    (文例35) 集合債権譲渡担保契約公正証書           
    (文例36) 株式譲渡担保契約公正証書(株券発行株式を対象とする場合)            
    (文例37) 株式譲渡担保契約公正証書(振替株式(上場株式)を対象とする場合)                            
  (文例38) ゴルフ会員権譲渡担保契約公正証書      

25 代理受領委任契約
  (文例39) 代理受領に関する公正証書            

26 代物弁済契約
  (文例40) 代物弁済契約公正証書               

27 代物弁済予約
  (文例41) 代物弁済予約公正証書               
 
【債権譲渡・債務引受】

28 債権譲渡契約
  (文例42) 債権譲渡契約公正証書               
  (文例43) 債権譲渡予約公正証書               

29 債務引受
  (文例44) 重畳的(併存的)債務引受公正証書         
  (文例45) 免責的債務引受公正証書              
              
【更改】

30 更改
  (文例46) 更改契約公正証書(目的変更)           
  (文例47) 更改契約公正証書(債権者交替)          
  (文例48) 更改契約公正証書(債務者交替)  
 
 
 
 
 
 
 
 
〔金銭消費貸借等〕

 金銭消費貸借

 (文例1)

金銭消費貸借契約公正証書(一括弁済の場合)

第1条 債権者甲(以下「甲」という。)は、債務者乙(以下「乙」という。)
   に対し、平成○年○月○日、金○○万円を、次条以下の約定で貸し付け、
   乙はこれを借り受けた(1)。
第2条 利息は、年○パーセントと定める(2)。
第3条 乙は、甲に対し、平成○年○月○日限り、前2条の金○○万円と利息
   を一括して支払う(3)。
第4条 乙は、次の事由が生じたときは、甲から請求・催告を受けることなく、
   当然に期限の利益を失い、第1条の金○○万円(既払分があれば控除す
   る。)と既発生の利息を直ちに支払う。(4)(5)
   (1) 乙が、その負担する他の債務につき、強制執行、仮差押えを受け、
     又は競売・破産・特別清算・民事再生手続開始の申立てがあったと
     き。(6)
   (2) 乙が振出し、裏書、保証した手形、小切手が不渡りになったとき。
   (3) 乙が、国税滞納処分又はその例による差押えを受けたとき。(7)
   (4) 甲の責めに帰すべき事由によらずに、乙の所在が不明になったと
     き。(8)
第5条 乙は、甲に対し、期限後又は期限の利益を失ったときは、当該期限の
   翌日又は期限の利益を失った日の翌日から支払済みまで,第1条の元本
   金○万円(既払分があれば控除する。)に対する年○パーセントの割合
   による遅延損害金を支払う。(9)
第6条 乙は、第3条、4条、5条に定める金員の支払いを怠ったときは、直
   ちに強制執行に服する旨陳述した。(10)

  (注)
  (1)「貸し付けた」のみでも「借り受けた」という事実が表現されていると
     みることもできる。
  (2) 特段の合意がなければ、利息は貸付日から発生する。
     参考事項4(3)を参照。
  (3) 弁済期は、金銭消費貸借の要素であるので、第1条に記載するのが論
    理的ではあるが、支払い文言を記載するため別条に記載するのが、一般
    的である。なお、金銭消費貸借の場合、弁済期を「直ちに」とするのは、
    その性質に反し,許されない。
  (4) 過怠約款の形式として「怠ったときは当然期限の利益を失い」「怠っ
    たときは何等の手続を要せず期限の利益を失い」等の例がある。通知・
    催告により期限の利益を喪失させる場合は、「次の事由が生じたときは、
    甲からの通知・催告により期限の利益を失い」とする。
  (5)「既払分があれば控除する。」は債務者の立証事項であり、記載がなく
    ともよい。一括払いの場合は記載をしない場合が多いが、分割払いの場
    合は,既払分があるのが通常であり、記載する方が分かり易い。
    (6)から(8)までは、(文例2)の(注)(2)から(4)を参照。
  (9) 「第1条の元本金○○万円(既払分があれば控除する。)」とせず,
    「支払うべき金員」とする例もある。後者の表現では一定性を欠くとの
    見解もないではなく、前者の方が正確である。
  (10) 具体的な条項を摘示せずに、「本金銭債務の支払いを怠ったときは」
    と記載してもよい。

  [参考事項]
 1 金銭消費貸借契約の成立について
  (1)  金銭が交付される前に金銭消費貸借契約公正証書が作成され、その後
    金銭が借主に交付された場合の公正証書の効力については、判例は、
    金銭の交付時に金銭消費貸借が成立したものとし、請求権が他のものと
    区別して認識できる記載があれば、多少事実と一致しない点があっても
    有効であると解している(大判昭和11・6・16民集15・13・1
    125は、証書作成から金銭交付まで2か月半遅れた事案につき上記の
    ような判断を示した。)。なお、金員が交付されないこと、あるいは事
    実と一致しないことは,請求異議の事由になる。
  (2)  民法587条は要物性を要件としているが、判例・学説ともに、これ
    を緩和する方向にある。判例によれば、
    @ 当事者間で現実の金銭の授受は必ずしも必要ではなく、
     ア 貸主が自己の計算において第三者をして交付させる、
     イ 連帯債務者の一人が受領することはもとより、
     ウ 借主の指示する第三者に交付することも要物性を満たすとし、
    Aア 契約額の一部を借主に交付し、残部を借主及び保証人の旧債務と
      差し引いたとき、
     イ 貸主が借主の第三者に対する債務を弁済することにして,その金
      額を消費貸借の目的としたときは、
     いずれも借主が受け取ったものと評価できるとしている。
    B 「金銭の消費貸借」とは、必ずしも貨幣の授受を必要とせず、現金
     の代わりに国庫債券、預金通帳と印鑑、小切手、約束手形を交付する
     等、現金の授受があったと同一の経済上の利益がある場合は、金銭消
     費貸借の要物性を満たすと解されている。 最判昭39年7月7日
     (民集18巻6号1049頁)は、「金銭の消費貸借にあたり、貸主
     が借主に対し金銭交付の方法として約束手形を振り出した場合におい
     て、当該約束手形が満期に全額支払われたときは、たとえ借主が当該
     約束手形を他で割り引き、手形金額にみたない金額を入手したにとど
     まっても、当該手形金相当額について消費貸借が成立する」旨判示し
     ている(上記判決は、成立時期については判断していない。成立時期
     については、手形交付時説と手形決済時説に分かれているが、手形交
     付時とみるのが相当であろう。)。もっとも、手形が不渡りになって、
     借主がその割引によって入手した金員の返還を余儀なくされるなど、
     結局借主が経済上の利益を受けないのと同じ状態になった場合を解除
     条件とすることになる。

     これらの法律関係に関する公正証書を作成する場合には、例えば、「甲
    と乙は、平成○年○月○日、甲が乙に対し金600万円を交付するとと
    もに、甲が従前有する乙に対する平成○年○月○日付け売買契約に基づ
    く売買代金債権400万円を本金銭消費貸借の目的とすることとし、もっ
    て金1000万円の金銭消費貸借契約をした」,「甲は乙に対し,平成
    ○年○月○日,金銭に代えて下記記載の約束手形を交付し、・・・」と
    いうように,金銭等の交付の態様を具体的に記載すべきである。

  (3)「貸し付けた」「貸し渡した」という表現でも「貸付けて金員を交付し
    た」という意味に解されるが,「貸し渡すものとする」との表現では,
    証書作成時にまだ金員の交付がなかったものとして,たとえ弁済方法に
    関する条項の記載があっても,執行証書たり得ないとする先例がある
    (昭和32・6・6民事甲1067号民事局長回答・先例集798)。

  (4) 外国の通貨で債権額を指定し,金銭消費貸借契約を締結することも可
    能であり,また,この契約に基づいて作成された執行証書は,民事執行
    法22条5号の金額の一定性を具備すると解されている。
     もっとも,上記執行証書は,執行手続において,どの時点をもって円
    貨への換算基準時にするか問題があるので,一定の外国の通貨で債権額
    を指定した請求について執行証書を作成する場合は,円貨に換算し,円
    貨による債権額を表示した執行証書を作成することが望ましい。

 2 諾成的金銭消費貸借について
   学説の多数は,諾成契約である金銭消費貸借(諾成的金銭消費貸借)を認
  めるが,その要件,内容については,
   @ 利息付消費貸借の場合に限り認める説
   A 貸主は貸す債務を契約の成立と同時に負うが,借主の返還債務につい
    ては,
     ア 契約の成立と同時に発生するとする説
     イ 貸主側による目的物の交付によって生じるとする説
    等がある。
   判例は,不動産担保を条件とする融資契約において,借主が担保提供義務
  の履行の提供とともに金員給付請求をしたときは,貸主は,金員給付義務に
  つき履行遅滞の責めに任ずると判示した最高裁判例(最判昭和48・3・1
  6金法683・25)はあるが,借主の返還債務については,契約成立と同
  時に発生するとしたものはない。
   執行実務は,諾成的消費契約に基づく貸付義務を認めるが,貸付前に借主
  の返還義務を認めることには否定的であり,諾成的消費契約に基づく公正証
  書に借主の執行認諾条項を付しても執行力を認めず,諾成的消費契約の締結
  後,これに基づき金員が交付された場合は,その時点で始めて金銭消費貸借
  契約が成立した(借主に返還債務が発生する。)とみて,その後に執行認諾
  付き公正証書が作成されたときは,これに執行力が認められるとする。分割
  貸付契約についても,将来の貸付部分についての返還の合意は,公正証書上
  金員の授受が未了である以上,上記貸付部分につき執行力は認められないと
  する。

 3 弁済期
 (1) 確定期限,不確定期限,期限の定めなし等の定め方がある。
    確定期限の場合は,期限到来後強制執行をすることができ(民執法30
   条1項),確定期限が到来したことは,執行開始の要件として執行機関が
   判断する。
    不確定期限,例えば「弁済期はAが死亡したとき」との定めの場合は,
   「Aが死亡したこと」は「債権者の証明すべき事実」であり,事実到来執
   行文(条件成就執行文)の付与を受け,執行する。
    弁済期を定めなかった場合は,判例・通説は,貸主は,相当の期間を定
   めて返還の催告することができ(民591条1項),催告から相当期間が
   経過すれば,弁済期が到来するとする。これによれば,貸主(債権者)は,
   催告の事実を立証して,事実到来執行文を受ける必要がある。
 (2)「弁済期は,協議により定める」との定めも有効であり,協議が成立し
   た場合は,協議が成立したことを証明する書面(印鑑証明書付き)を提示
   して事実到来執行文を受け,合理的期間内に協議ができなければ,催告か
   ら相当期間が経過した後,弁済期が到来すると解するのが相当である。
    いずれにしても,上記のような定めは適当ではなく,「○か月までに協
   議により弁済期を定めることとし、協議ができなかった場合は,○か月を
   経過した後に支払う」というように定めるのが相当である。
 (3)「債務者乙は,債権者甲から催告を受けたときは,催告が到達した日か
   ら○日以内に金○○万円を支払う」との条項の場合は,甲が催告をしたこ
   とを立証して事実到来執行文の付与を受け,執行することになる。催告後
   ○日が経過したことは,執行開始の要件である。
   (4)貸金の元利金の分割払いの返済期日が「毎月○日限り」と定められた契
   約で,その日が日曜日その他の一般の休日に当たる場合の取扱いが明定さ
   れなかった場合は,特段の事情がない限り,契約当事者間に,「○日が上
   記休日であるときは,その翌営業日を返済期日とする」旨の黙示の合意が
   あったものと推認される(最判平成11・3・21民集53・3・451)。

 4 利息
 (1) 天引きと利息の前払い
    貸付けの際に利息が一括前払いされた場合,利息の天引きとみるか,利
   息の前払いとみるかは問題がある。
    天引きの場合は,利息制限法2条の適用があり,天引額が同条所定の方
   法によって計算した額を超えるときは,その超過部分が元本の支払いに充
   てられたものとみなされる結果(例えば,10万円を年1割8分で貸し,
   利息1万8000円を控除し,8万2000円を交付した場合,債務者の
   受領した8万2000円は,年2割の制限利率を超えるから,天引額との
   差額1600円は元本10万円の支払いに充てられたことになり,債務者
   は残額9万8400円の元本を返済すれば足りる。),天引きとみるほう
   が債務者に有利となる。
    利息の前払いも利息の天引きも,現実の取引実態は変わらず,債務者保
   護の観点から,利息の前払いを天引きとみるべきであるとする見解は傾聴
   に値し,また,貸金業法43条1項のみなし弁済規定の適用要件を厳格に
   解すべきであるとする最近の最高裁判決(最判平成16・2・20民集5
   8・2・475,最判平成18・1・13民集,最判平成18・1・24
   民集60・1・1,最判平成18・3・17民集1・319を参照)の傾
   向からみると,最高裁が利息の前払いについても厳格な判断を示すことが
   十分に考えられる(札幌地裁昭和50・7・7判タ332・340は,
   金銭消費貸借成立後,弁済期を猶予するに際して授受された利息の前払に
   ついて利息制限法2条の準用を認めた。)。
    しかし,公証実務においては,利息の前払いか天引きかについては,公
   証実務の性質上,形式的に判断するほかはなく,関係者の陳述と提出され
   た委任状に基づいて利息の前払いと認定できれば,そのとおり処理して差
   し支えないとするのが従前からの取扱いである(昭和62・12・4法規
   委員会協議)。
 (2) 債権者が受ける元本以外の金銭は,その名称が,礼金,割引金,手数
   料,調査料であれ,利息とみなされる(みなし利息)。
    ただし,契約締結の費用,債務の弁済費用は,利息とはみなされない
  (利息制限法3条,後記の「改正利息制限法」3条も同様の規定が置かれて
   いる。)。
    契約締結費用とは,契約書作成費(印紙代等),公正証書作成費,抵当
   権設定登記をするための登録免許税等が含まれる。なお,契約締結費用は,
   当事者双方が折半して負担すべき旨規定されているが(民558条),特
   約によって全額を債務者に負担させることも可能である。
    弁済費用とは,強制執行費用,競売費用,督促費用等である。もっとも,
   金銭消費貸借の際に費用名義で交付された金銭は,債権者がこれを契約締
   結又は債務弁済の費用として現実に支出しなかったときは,利息制限法3
   条にいう利息と解すべきである(最判昭和46・6・10判時638・79)。
 (3) 利息は,債権者・債務者間の合意により発生するが,商人間で金銭消
   費貸借をした場合は,貸主は,法定利息(年6分)を請求することができ
   る(商法513条、同514条)。
    なお,金銭消費貸借における借主は,特段の合意がない限り,金銭の授
   受の日から利息を支払う義務がある(最判昭和33・6・6民集12・9
   ・1373)。
    遅延損害金については,弁済期の翌日から支払日までの遅延損害金を支
   払う義務がある。
 (4) 平成18年12月20日に公布された「貸金業の規制等に関する法律
   等の一部を改正する法律」のうち,利息制限法の改正を含む上限金利規制
   の強化に関する部分は,平成22年6月18日までに政令で定める日(以
   下「完全施行日」という。)から施行されるものとされている。

    改正利息制限法における利息,遅延損害金に関する改正については,概
   略次のとおりである。
    今回の改正は,営業的金銭消費貸借(債権者が業として行う,金銭を目
   的とする消費貸借をいう。)と,それ以外の金銭消費貸借とに分け,前者
   につき特則を設けている。すなわち,
   @ 上限金利については両者につき従前と変更はないが,遅延損害金につ
    いては,営業的金銭消費貸借の場合は,上限を引き下げ,一律に「年利
    20パーセントを超える遅延損害金は無効」とした(改正利息制限法7
    条)。
   A みなし利息については,営業的金銭消費貸借の場合には,金銭の貸付
    け及び弁済に用いるために債務者に交付されたカードの再発行手数料
    (改正利息制限法6条1項),口座振替の方法による弁済において債務
    者が弁済期に弁済できなかった場合に行う,再度の口座振替手続に要す
    る費用等は,利息とみなさない旨規定し(改正利息制限法施行令1条3
    号),更に,契約締結費用又は債務弁済費用のうち,公租公課の支払費
    用(改正利息制限法6条2項1号),強制執行の費用,担保権の実行と
    しての競売の手続費用等に支払われる費用(同項2号)及びATM等の
    利用料(1万円以下の場合は105円以下,1万円を超える場合は21
    0円以下)(同項3号,同改正法施行令2条)など,限定列挙されてい
    る費用に限り,利息とはみなされない旨規定している(改正利息制限法
    6条1,2項)(いずれも消費税相当額を含む。)。
   B 営業的金銭消費貸借の元本額の特則として,借主が,ある貸付業者
    (業として行う貸付けを行う者)から,既に営業的金銭消費貸借上の債
    務を負担している場合に,同一の貸付業者から追加的に貸付けを受ける
    に当たっては,新たな追加的貸付けに対する利息は,既に負担している
    債務の残元本額と追加的に貸付けられた元本額を合算し,当該合算額の
    金額区分に応じた上限金利が適用されることとされた(改正利息制限法
    5条1号)。
     また,債務者が同一貸付業者から2以上の営業的金銭消費貸借上の貸
    付けを受ける場合は,それぞれの貸付金に対し,元本額の合計額の金額
    区分に応じた上限金利が適用される(改正利息制限法5条2号)。
     なお,この元本額の特則については,特段の経過措置が講じられてい
    ないため、改正利息制限法施行後の貸付けに対しては,同改正法施行前
    に同一の貸付業者からの借入れに係る債務の残元本の額と合算した上で,
    当該合算額の金額区分に対応する上限利率が適用される。
   C 貸付業者による営業的金銭消費貸借上の債務を主たる債務として,保
    証業者(保証を業として行う者)が保証する場合,当該保証の対価とし
    て保証業者が有効に取得できる保証料は,主たる債務の貸付元本額に応
    じた利息の上限利率により算出される上限額から,当該貸付けの利息を
    控除した差額分のみとなる(改正利息制限法8条1項)。
     また,保証料の契約が成立した後に,貸付業者が借り手との合意によ
    り利息を増加した場合において,結果的に当該貸付に係る契約の法定上
    限額から既存の保証料を差し引いた差額分を超過したときには,当該超
    過部分の利息は無効となる(改正利息制限法正9条1項)。
   D 主たる債務の利息が変動しうる利率(以下「変動利率」という)で定
    められている場合には,貸付業者と保証業者の間で,まず貸付業者にお
    いて,借り手から支払いを受けることができる利息の利率の上限を定め
    (以下「契約上限利率」という。これは貸付業者が借り手に対して貸付
    けを行う際の利息の上限を意味する。),かつ,この特約上限利率の定
    めを借り手に通知した場合には,法定上限額から特約上限利率に基づく
    利息額を控除した差額分に相当する額が,保証業者において借り手から
    収受できる保証料の上限となり,この上限額を超える保証料の契約は無
    効である(改正利息制限法8条2項1号)。
     一方,特約上限率の定めがない場合,又は特約上限利率を借り手に通
    知しない場合には,利息と保証料の最高限度額は,いずれも法定上限額
    の2分の1に相当する額とされる。したがって,保証料の額が法定上限
    額の2分の1を超えるときは,その超過部分につき保証料の契約は無効
    となる(改正利息制限法8条2項2号)。
     また,貸付業者が法定上限価額の2分の1を超える利息の契約をした
    ときは,その超過部分は無効となる(改正利息制限法8条2項2号)。
   E 一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする根保証の保証料
    についても特例が設けられている(改正利息制限法8条3項ないし5項)。

  【参考文例】
    第○条 貸付業者甲(以下「甲」という。)は,乙に対し,平成○年○
       月○日,金70万円を貸し付けた。甲は乙に対し,従前から貸付
       を行い,その残額が金80万円存在する。(1)
    第○条 利息を年○%(2),期限後又は期限の利益を失った場合の遅延
       損害金は,年○パーセントの割合(3)とする。

  (注)
   (1) 改正利息制限法5条(元本額の特則)の適用事案かどうか調査する
     ため,債権者が業として行う金銭消費貸借(営業的金銭消費貸借)か
     どうかにつき,質問する等調査し,業として行うものであれば,従前
     の貸付けの有無につき調査する必要がある。
      なお,「業として貸付けを行う」場合とは,営利を目的とするか否
     かにかかわらず,貸付行為を反覆継続して行う場合を指す。貸付業者
     が行う貸付金は,営業的金銭消費貸借である。
   (2) 改正利息制限法5条1号,1条3号により,利息は年15パーセン
     ト以下となる。
   (3) 改正利息制限法7条により,遅延損害金は年20パーセント以下と
     なる。

 (5) 利率について変動金利型の条項のある公正証書,例えば,当初,長期貸
    出最優遇金利を基準利率として借入利率を定めた上,その変動に連動させ,
    特定の基準時期を定めて,その時点の基準利率の変動幅をもって利率を定
    める公正証書は,変動利率の部分については,民事執行法22条5号に規
    定する「一定性」の要件を満たしていないとするのが執行実務である。
     したがって,変動金利型の条項のある公正証書を作成し,変動利率の部
    分につき執行力を持たせるには,将来にわたって変動する金利をすべて確
    定して記載する必要がある。
     次のような定めをした場合は,当初の利率による支払いについては,後
    日金利が変動しても債務名義になり得る。金利が低下した場合にも,当初
    の利率全部につき執行力を有し,清算条項を設けることにより,差額分に
    ついては別途解決することを明らかにし,金利の変動があった場合の調整
    をしている。

  【参考文例】
    第○条 本件債務の利息は,年○パーセントとする。ただし,変動金利と
       する。
    第○条 債務者乙は,債権者甲に対し,本件元本債務及び前条の利息年○
       パーセントを,別表記載のとおり,元利均等払いの方法で支払う。
    第○条 金利の変動により月々の返済すべき金額に変動があったときは,
       乙が甲に対して別表記載の金員を支払った後,甲及び乙は,別途清
       算するものとする。

 (6) 利息制限法の上限利息の約定をした場合,例えば,元本100万円の消
    費貸借契約で「利息年15パーセント(1年365日の日割計算)とする」
    旨の約定は,閏年の場合に利息制限法違反になることから,閏年について
    は,債権者に利息制限法の上限利率に納まるような確定金額に利息を計算
    し直しさせることにしているのが執行実務の取扱いである。
     この見解によれば,上記の括弧書きの記載をした公正証書は、閏年の場
    合は利息制限法違反となることから,嘱託人にその旨説明し,上記記載中
    の括弧書き部分を削除させるべきである。

5 期限の利益喪失
 (1) 期限の利益喪失の解説は,文例2の〔参考事項〕を参照。
     本事例のように一括払いの場合は,期限の利益喪失約款の定めをしない
    場合も少なくない。定めをする場合でも,債務者が倒産する等,期限の利
    益を付与しておくことが債権者に酷な場合に限定することも考えられる。
 (2) 利息が一括前払いされた金銭消費貸借において,期限の利益喪失条項を
    定めた場合,喪失した日の翌日からの未発生の利息については,損害金の
    一部として債権者が取得することを認めるか,清算して返還するかは,当
    事者の合意によることになるが,明らかでない場合は,後者と考えること
    になろう。損害金の一部とみる場合は,利息制限法の適用を受けることに
    なるので注意を要する。
     また,利息債務の不履行の場合,民法405条は延滞利息につき遅延利
    息を発生させる要件を定めたものであるから,利息の支払いを遅滞しても,
    当然には遅延利息を生ぜず,延滞利息は,前条の規定に基づいて元本に組
    み入れられることにより処理され,民法419条は適用されないとするの
    が、判例(大判大6・3・5民録23・411)・通説である。民法41
    9条の適用があるとすると,延滞した利息は,遅滞した時から遅延賠償を
    支払うことになり,民法405条は全く無意味になるからである。したがっ
    て,既発生利息に損害金を付する場合は,重利の特約により,利息を元本
    に組み入れ,その新元本に対して付することになる。また,遅延利息(金
    銭債務の不履行によって生じる損害賠償は遅延利息と呼ばれることが多い)
    については,一般の遅延賠償債務と同様に,催告によって遅滞になり,そ
    の時から,それについて遅延利息が発生するのか,それとも民法405条
    を適用して元本に組み入れることができるだけと解するかは,争いがある
    が,判例(大判昭和17・2・4民集21・107)は後説を採り,通説
    も同様である。
     なお,利息制限法との関係については,文例3の〔参考事項〕6を参照。
 (3) 遅延損害金について特約がない場合には,当然に遅延損害金は約定利率
    によることになる(民法419条1項ただし書)が,遅延損害金に執行力
    を持たせるためには、債務名義(支払文言条項と執行認諾約款)にする必
    要がある。
     なお,約定利率が利息制限法に違反するため利息制限法1条1項所定の
    利率まで引き直された場合は,遅延損害金は,減縮された利息と同率に減
    縮される(最判昭和43・7・17民集22・7・1505)。

 6 債務の弁済場所
   金銭債務は,持参債務が原則であるから(民484条),取立債務の約定の
  存在は,債権者が証明責任を負担し,債務者が遅滞したとするためには,取立
  をした事実を債権者が証明しなければならない。
   その証明文書は,原則として,債権者及びその関係人以外の第三者が作成し
  た客観性のある文書でなければならないが,あまり厳格に解すると,債権者に
  酷な結果となることになり,債権者側作成の文書であっても,その内容が具体
  的であり,真実性が担保されるようなものであれば,許容される場合もあろう。
  要は執行文付与機関の心証の問題である。

 7 利益相反行為等
  (1) 民法826条
    親権を行う父又は母とその子との利益が相反する行為については,親権者
   は,その子のために特別代理人の選任を請求しなければならない(民826
   条1項)。共同親権者の一方に利益相反行為があるときは,他方の親権者と
   特別代理人とが共同で子を代理すべきであり,他方の親権者だけが代理する
   ことはできない。(ただし,長期旅行中,海外赴任中など特別な事情がある
   ときは,片方だけで代理できると解される(注釈民法(23)の25頁)。)。
    利益相反行為の判断基準として,外形的判断説と実質的判断説とがある。
   従来の判例・通説は,利益相反行為かどうかは,その行為の外形で決すべき
   であって,親権者の意図(子の名義で借財をし遊蕩費に充てる等)やその行
   為の実質的な効果(結局において子の生活も向上する等)を問題にすべきで
   はないとされているが,後記のように,判例は,利益相反行為に当たる事例
   として,親権者と未成年の子が対立当事者となる場合ばかりでなく,親権者
   と未成年の子が同一的地位に立ち,形式的には利害が一致する行為について
   も利益相反になるとしており,その意味では,実質的な利益相反の判断を加
   味しているともいえる(緩やかな外形的判断説)。
    親権者の債務について未成年の子を連帯債務者とし,未成年の子の所有不
   動産に抵当権を設定する行為(大判大正3・9 ・28民録20・690),親権者の
   債務につき未成年の子の不動産に抵当権を設定する行為(最判昭和37・10・
   2民集16・10・2059),「第三者の金銭債務について,親権者がみずから連帯
   保証をするとともに,子の代理人として,同一債務について連帯保証をし,
   かつ,親権者と子が共有する不動産について抵当権を設定するなどの判示事
   実関係のもとでは,子のためにされた連帯保証債務の負担行為および抵当権
   設定行為は,民法第826条にいう利益相反行為にあたる」とし,その理由
   として「債権者が抵当権の実行を選択するときは,・・・競買代金が弁済に
   充当される限度において親権者の責任が軽減されて,・・・債権者が親権者
   に対する保証責任の追及を選択して弁済を受けるときは,親権者と子らの求
   償関係およびこの持分の上の抵当権につき親権者による代位の問題が生じる
   等のことが,前記連帯保証ならびに抵当権設定行為自体の外形からも,当然
   に予想される」という原審の判断を是認している(最判昭和43年10月8
   日民集22巻10号2172頁)。
    行政実例では,親権者父が代表取締役である会社の債務につき,父が子を
   代理して担保を提供する行為(昭和36・5・30民事甲1042民事局長通達),
   他人の債務のために親権者と親権に服する子がともに物上保証人となる行為
   (昭和37・10・9民事甲2819民事局長通達)は,いずれも利益相反にはなら
   ないとしている。
    単独行為である相続の承認・放棄にも適用がある。
    最判昭和53年2月24日(民集32巻1号98頁)は,「共同相続人の
   一部の者が相続を放棄すると,その相続に関しては,その者は初めから相続
   人とならなかったものとみなされ,その結果として相続分の増加する相続人
   が生じることになるのであって,相続の放棄をする者とこれによって相続分
   が増加する者とは利益が相反する関係にあることが明らかであり,また,・
   ・・相続の放棄が相手方のない単独行為であるということから,直ちに民法
   826条にいう利益相反行為にあたる余地がないと解するのは相当ではない」
   とした上で,「共同相続人の1人が他の共同相続人の全部又は一部の者の後
   見をしている場合において,後見人が被後見人全員を代理してする相続の放
   棄は,後見人みずからが相続の放棄をしたのちにされたか,又はこれと同時
   にされたときは,民法860条によって準用される同法826条にいう利益
   相反行為にあたらない」旨判示している。
    共同相続人である子を代理してする遺産分割の協議は,利益相反行為に当
   たる(最判昭和48・4・24家月25・9・80、判時704・50)。
  (2) 民法860条
    民法826条の規定は,後見人について準用されるが,後見監督人がある
   場合は,後見監督人が被後見人を代表する(民860条、同851条4号)。
  (3) 会社法356条、同365条
    @ 直接取引
      取締役が自己又は他人の代理人・代表者として(第三者のために),
     会社と取引をしようとするときは,株主総会(取締役会設置会社におい
     ては取締役会)において,当該取引につき重要な事実を開示し,その承
     認を受けなければならない(会356条1項2号,同365条1項等)。
      会社法356条,同365条は旧商法265条の規定を引き継いだも
     のであり,その解釈に当たっては,同条の解釈が参考になる。
      例えば,Aが甲・乙両社の取締役を兼任している場合,甲乙両社間の
     取引につき,
     a Aが甲・乙社の代表取締役である場合は,甲・乙社の承認が,
     b Aが甲社の代表取締役で乙社の取締役の場合は,乙社の承認が,
     c Aが乙社の代表取締役で甲社の取締役の場合は,甲社の承認が必要
     である。
     しかし,
     d Aが甲・乙両社の代表取締役である場合でも,甲・乙両社とも他の
      代表取締役がそれぞれ会社を代表して取引をし,Aが直接取引に関与
      しない場合には,甲・乙両社の承認は不要であり,
     e Aが乙社の取締役で甲社の代表取締役であっても,甲社の他の代表
      取締役が代表して取引をするときは,乙社の承認は不要である。
     f 甲社の取締役Aが乙社の代表取締役として甲社と取引する場合であっ
      ても,乙社が甲社の完全子会社である場合には,両社間に利害衝突が
      ないので,承認は不要である。
    
     承認は個々の取引についてなされることを要し,事前に漠然と包括的な
    承認は許されないが,反覆してなされる同種同型の取引につき,その種類
    類・期間・限度などを合理的な範囲を定めて包括的な承認を与えることは
    差し支えないと解される。なお、取締役会の承認は,事後承認でも差し支
    えないいとするのが旧商法時代の通説であったが,会社法でも同様に解さ
    れる。
     本条は,取締役がその地位を利用して自己又は第三者のために会社の利
    益を害するおそれのある取引をすることを防止する趣旨の規定であるから,
    取締役会社の取引でも,取締役と会社との間の利害の衝突を惹起するおそ
    のない取引,例えば,取締役がその会社に対し無利息・無担保で金員を貸
    し付ける行為等については,取締役会等の承認を要しない。
     判例によれば,会社の全株式を所有している株主である取締役が会社と
    した取引については,実質的に会社と取締役との間に利害相反関係がなく,
    取締役会の承認を要しない(最判昭和45・8・20民集24・9・13
    05(甲社の代表取締役所有の土地建物を甲社が買い受けた事案)。また,
    取締役と会社との取引が株主全員の合意によってされた場合には,上記取
    引につき取締役会の承認を要しない(最判昭和49・9・26民集28・
    6・1306(甲社から甲社の取締役乙に対する株式の譲渡))。

   A 間接取引
     「株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間
    において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとすると
    き」は,取締役は,株主総会(取締役会設置会社においては取締役会)に
    おいて,当該取引につき重要な事実を開示し,その承認を受けなければな
    らない(会356条1項3号,同365条)。
     会社による取締役の債務の保証,債務引受,物上保証については,会社
    を代表する者が当該取締役であるかを問わず,承認が必要であり,取締役
    が第三者のためにその代理人又は代表者として負担した債務につき会社が
    保証する場合も,取締役の忠実義務に違反するおそれがあるため,会社の
    承認が必要である。
     第三者の債務につき株式会社と当該会社の取締役が連帯保証をする場合
    についても,前記最判43年10月8日の趣旨に照らすと,利益相反行為
    になると解することになろう。
     他方,Aが甲社の取締役でかつ乙社の代表取締役であっても,乙社を代
    表して丙に対する債務を負担していない場合には,甲社が乙社の丙に対す
    る債務について保証しても、会社側の承認は必要ないとされている。
     甲社の取締役Aが乙社の全株を保有している場合において,A以外の乙
    社の代表取締役が甲社と取引するとき,あるいは乙社の債務を保証すると
    きであっても,乙社はAの分身とみられるので,甲社側の承認が必要であ
    る。甲社が,@ 取締役Aが過半数の株式を保有する乙社の債務を保証す
    る場合,A Aの妻が負担する債務を保証する場合は,甲社の承認が必要
    か否かは争いがあるが,間接取引か否か外形的に明らかでなく,消極に解
    するのが相当であろう。
     なお,会社の債務を取締役が保証をする場合は,会社が取締役に保証の
    委託をし,委託料を支払う場合でも,委託契約が利益相反行為に当たるか
    の問題はあるが,保証契約自体は有効である。
   B 違反行為の効果
     承認を受けない取引につき,会社は,取締役又は取締役が代理した直接
    取引の相手方に対しては,常に取引の無効を主張できる。
     これに対し,間接取引の相手方に対しては,
      ア 当該取引が利益相反取引に該当すること
      イ 株主総会・取締役の承認を得ていないことを相手方が知っている
       こと
    を会社が主張・立証して,取引の無効を主張できる(最判昭和43・12
    ・25民集22・13・3511)。
     取締役の側から取引の無効を主張することはできない(最判昭和48・
    12・11民集27・11・1529)。
     会社が無効を主張できる場合,会社債務の保証人も無効を主張できるが,
    当該保証人が前記ア、イにつき悪意の場合は,主張できない。

 8 貸金業法の適用がある貸付けに係る契約について

  (特定公正証書に係る制限)
  (1) 貸金業を営む者は,利息制限法の上限を超える貸付けに係る契約につ
     いては,特定公正証書(強制執行認諾条項付公正証書)の作成を嘱託
     することは禁止されている(貸金業法20条1項。なお,同項はみなし
     弁済規定が廃止される完全施行日(平成22年6月18日までに政令で
     定める日)に削除されるが,改正利息制限法附則19条により,完全施
     行日前に締結された利息制限法の上限を超える貸付けに係る契約につい
     ては,完全施行日後も,引き続き特定公正証書の作成を嘱託することは
     禁止されている。)。したがって,公証人は,前記特定公正証書の嘱託
     に応じることはできない。
      なお,「貸金業」とは貸付けを業として行うものをいい(同法2条1
     項),「貸金業を営む者」とは,反復継続の意思をもって「貸付け」を
     行う者をいう。営利目的の有無は問わない。「貸付けに係る契約」とは,
     金銭の貸付け,金銭の貸借の媒介(手形の割引,売渡担保その他これら
     に類する方法によってする金銭の交付又は当該方法によってする金銭の
     授受の媒介)を含む。支払委託に基づく求償債権は,貸付けに係る契約
     に基づく債権には含まれない。
  (2) 貸金業を営む者が特定公正証書の作成に係る嘱託委任状を債務者等(
     債務者又は保証人をいう。以下同じ)から取得することは禁止され(貸
     金業法20条2項,完全施行日から同法20条1項となる),債務者等
     が特定公正証書の作成の嘱託を代理人に委任する場合でも、貸金業を営
     む者が,代理人の選任に関し推薦等関与することは禁止されている(同
     条3項,完全施行日から同条2項)。
      したがって,公証人は,これら代理人による嘱託に応ずることはでき
     ない。債務者等が特定公正証書の作成を嘱託する場合は,債務者等本人
     が直接公証役場に出頭するか,債務者等が貸金業を営む者の関与なく自
     ら選任した代理人により特定公正証書の作成を嘱託しなければならない。
      また,貸金業者が,貸付けの契約について特定公正証書の作成を公証
     人に嘱託する場合には,あらかじめ(当該貸付けの契約に係る資金需要
     者等の間で特定公正証書の作成を公証人に嘱託する旨を約する契約を締
     結する場合にあっては,当該契約を締結するまでに),債務者等に対し,
     債務不履行の場合には当該公正証書により直ちに強制執行に服すること
     になる等について,書面を交付して説明しなければならない(同条4項,
     完全施行日から同条3項)。
      貸金業法20条4項2号に規定する内閣府令である貸金業法施行規則
     18条は,上記説明すべき事項として「特定公正証書に記載された債務
     の不履行の場合には,貸金業者は,訴訟の提起を行わずに,特定公正証
     書により債務者等の財産に対する強制執行をすることができる旨とする」
     と定めている。この書面は,完全施行日以後は,8ポイント以上の大き
     さの文字等を用いて記載する必要がある(同施行規則18条2項)。
      公証人は,上記の嘱託があった場合には,上記書面による説明があっ
     たかどうかを確認すべきであり,説明していない場合は説明するように
     指導し,書面で説明があったことを確認してから,嘱託に応ずるのが相
     当であり,上記説明が確認できなければ当該嘱託に応じるべきではない。
      なお,本各規定に違反した場合は,1年以下の懲役若しくは300万
     円以下の罰金に処せられ,又はこれが併科される(貸金業法48条1項
     4号の2、第5号)。

  (契約締結前の書面交付義務)
  (3)完全施行日から施行される貸金業法16条の2第1項によれば,貸金業
    者は,貸付けに係る契約を締結する前に,契約内容を説明するため,同項
    各号に定める事項
     @ 貸金業者の商号,名称又は氏名及び住所
     A 貸付けの金額
     B 貸付けの利率
     C 返済の方式
     D 返済期間及び返済回数
     E 賠償額の予定(違約金を含む)に関する定めがあるときはその内容
     F 内閣府令で定める事項(貸金業法施行規則12条の2第1項1号に
      おいて,貸金業者の登録番号(イ)のほか(リ)までの事項が定められて
      いる。)
    を記載した書面を,事前に契約の相手方に交付しなければならない。
     これは,借り手が契約に先立って十分に借入条件を理解した上で借入の
    判断を行うことができるようにするため,貸金業者に事前説明書面交付義
    務を課したものである。完全施行日以後は,記載事項は8ポイント以上の
    大きさの文字等で記載する必要がある(貸金業法施行規則12条の2第8
    項)。次の「極度方式基本契約」の場合も同様である。
     「極度方式基本契約」(貸付けに係る契約のうち,顧客によりあらかじ
    め定められた条件に従った返済が行われることを条件として,当該顧客の
    請求に応じ,極度額の限度内において貸付けを行うことを約するものをい
    う。リボルビング契約はその代表的なものである。)を締結しようとする
    場合には,完全施行日から施行される貸金業法16条の2第2項各号に定
    める事項(同項6号の内閣府令で定める事項とは,規則12条の2第2項
    1号において,貸金業者の登録番号(イ)のほか(リ)までの事項が定められ
    ている。)を記載した事前書面を交付しなければならない。
     極度方式基本契約の場合,基本契約を締結する際に事前書面交付義務が
    あり,極度方式基本契約に基づいて個々の貸付け(極度方式貸付け−同法
    2条8項−)を行う際には,上記の書面交付義務はない(同法16条の2
    第2項)。
     貸金業者から本嘱託がなされた場合,本義務が履行されているか否かを
    確認すべきであり,履行されていなければ,前記説明をするように指導す
    べきである。
     これらの規定に違反して書面を交付せず,又はこれらの規定に違反する
    事項を記載した書面若しくは虚偽の記載をした書面を交付した者は,1年
    以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処せられ,又はこれが併科さ
    れる(貸金業法48条1項3号の2)。

  (契約締結時の書面交付義務)
  (4)貸金業者は,貸付けに係る契約(極度方式基本契約を除く)を締結した
    ときは,遅滞なく,貸金業法17条1項各号に規定する事項について,そ
    の契約の内容を明らかにする書面を相手方に交付しなければならない。
     極度方式基本契約を締結した場合も同様の趣旨の規定がある(貸金業法
    17条2項各号)。
     公正証書も上記書面に当たるが,必ずしも上記内容は網羅しておらず,
    必要に応じ,前記書面を交付するように指導すべきである。なお,完全施
    行日以後は,8ポイント以上の大きさの文字を用いて書面に記載する必要
    がある(貸金業法施行規則13条15項)。
     これらの規定に違反して書面を交付せず,又はこれの規定に定める事項
    を記載しない書面若しくは虚偽の記載を交付した者は,1年以下の懲役若
    しくは300万円以下の罰金に処せられ,又はこれらが併科される(貸金
    業法48条第1項4号)。

  (過剰貸付けの禁止)
  (5)完全施行日から施行される貸金業法13条,同13条の2は,貸金業者
    は貸付けの契約を締結しようとする場合には,顧客等(資金需要者である
    顧客又は保証人になろうとする者をいう。)の返済能力に関する事項を調
    査しなければならず,顧客等の返済能力を超える過剰貸付けを禁止した。
    その上で,貸金業者は,個人向け貸付けの契約を締結しようとする場合に
    は(極度方式貸付けに係る契約その他の内閣府令で定める貸付けの契約を
    除く。),指定信用情報機関の信用情報を利用し,個々の借り手の総収入
    を把握しなければならず(貸金業法13条1項,2項),
     @ 当該貸付けに係る金額(極度方式基本契約にあっては極度額)又は
      この金額と当該貸金業者の既存の貸付けの残高(極度方式基本契約に
      あっては極度額)との合計額が50万円を,
     A 貸付けの金額(極度方式基本契約にあっては極度額)が既存の貸付
      け契約の貸付けの残高(極度方式基本契約にあっては極度額)と他の
      貸付業者の貸付けの残高と合算して100万円を,
    超える貸付けを行う場合には,源泉徴収票等の提出を受けなければならな
    い(貸金業法13条3項,貸金業法施行規則10条の17第1項で源泉徴
    収票のほかに,支払調書,給与支払明細書,確定申告書等が規定されてい
    る。)。調査の結果,新たな貸付けにより借入残高が年収等(その年間に
    給与及びこれに類する定期的な収入の金額として内閣布令で定めるものを
    合算した額。貸金業法施行規則10条の22第1項は年金,恩給,定期的
    に受領する不動産収入を規定している。)の3分の1を超える場合は(当
    該個人顧客の利益の保護に支障が生じることがない契約として,貸金業法
    施行規則10条の23第1項に規定されているものを除く。),当該貸付
    けを原則禁止する総量規制を導入することとされた(貸金業法13条の2
    第1項,2項)。
     貸金業者から個人顧客に対する貸付けの契約につき前記嘱託がなされた
    場合,指定信用情報機関の調査をしたかどうか,また,その結果はどうで
    あったかを質問等すべきであり,調査していない場合は調査をするように
    指導し,調査の結果,過剰貸付けになることが判明している場合は嘱託に
    応ずるべきではないであろう。
     貸金業法13条2項(指定信用情報機関の信用情報を使用しなかった場
    合)に違反した者は,1年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金,又
    は併科に,同条3項(源泉徴収票等の提供をうけなかった場合)に違反し
    た者は100万円の罰金の対象となり,同13条の2(過剰貸付け等の禁
    止)に違反した場合は,業務改善命令,業務停止等の行政処分の対象にな
    る。
     なお,返済能力の調査,過剰貸付規制に関する諸規定は,貸金業者の出
    資法上限金利の引き下げと合わせ,完全施行日から施行される。


(文例2)
金銭消費貸借契約公正証書(分割弁済の場合)

  第1条 債権者甲(以下「甲」という。)は,債務者乙(以下「乙」という。)
     に対し,平成○年○月○日,金○○万円を,次条以下の約定で貸し付け,
     乙はこれを借り受けた。
    2 利息は,年○パーセントと定め,毎月末日限り支払う。
  第2条 乙は,甲に対し,第1条の金員を別表(省略)どおり分割し,平成○
     年○月から平成○年○月まで,甲の指定する○○銀行○支店(普通預金
     口座番号×××・・・)に振り込む方法で支払う。振込手数料は乙の負
     担とする。(1)
  第3条 乙は,次の事由が生じたときは,甲から請求・催告を受けることなく,
     当然に期限の利益を失い,既発生の利息のほか第1条の元本(いずれも
     既払分があれば控除する。)を支払う。
    (1) 乙が,その負担する他の債務につき,仮差押え,仮処分又は強制
       執行を受けたとき。
    (2) 乙が,他の債務につき,競売開始・破産手続開始・民事再生手続
       開始,特別清算開始又は会社更生手続開始の申立てがあったとき。
       (2)
    (3) 乙が振出し,裏書,保証した手形,小切手が不渡りになったとき。
    (4) 国税滞納処分又はその例による差押えを受けたとき。(3)
    (5) 甲の責めに帰すべき事由によらず,乙の所在が不明になったとき。
       (4)
    (6) その他債務者の資力信用が悪化したとき。(5)
  第4条 乙は,次の事由が生じ,甲から請求・催告を受け、これが是正されな
     い場合は,期限の利益を失い,第1条の元本及び既発生の利息(いずれ
     も既払分があれば控除する。)を支払う。
    (1) 第2条の分割金を2回以上期限に支払わなかったとき。
    (2) 乙が甲に対する他の債務につき期限に支払わなかったとき(期限
       の利益の喪失を含む。)。(6)
  第5条 期限後又は期限の利益を喪失したときは,当該期限の翌日又は期限の
     利益を喪失した日の翌日から支払済みまで,支払うべき元本に対する年
     ○パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
  第6条 乙は,第2条から第5条に定める金員の支払いを怠ったときは,直ち
     に強制執行に服する旨陳述した。

 (注)
  (1)元利均等分割弁済の場合,証書上に元本額,利率,割賦弁済額,割賦回
    数の記載があれば,毎回支払うべき元本弁済額及び利息弁済額は計算でき
    るから,一覧表を添付する必要はないが,実務的には添付させる例が多い。
  (2)「和議」は民事再生法,「会社整理」は会社法の成立により,廃止された。
    「申立てを受けたとき,若しくは自ら申立てたとき」とする例もある。ま
    た「申立てがあったとき」とすれば,上記の両申立てを含む。
   (3) 国税徴収法は,地方税をはじめ多くの公法上の金銭債権の徴収に準用さ
    れている(厚生年金89条等)。単に「国税徴収法による差押えを受けた
    とき」としてもよい。
   (4) 単に「乙の所在が不明になったとき」とすると,甲に連絡したにも関わ
    らず,甲が失念した場合も含まれるので,甲の責任に基づかないことを明
    らかにするとよい。「甲に通知することなく住所を移転し」と記載する例
    もある。[参考事項]3(1)を参照。
   (5) [参考事項]3(3)を参照。
  (6)他の債務の存在,それを怠った事実は,債権者の立証すべき事項である。
    債権者はこれらの事実を立証して,事実到来執行文の付与を受けることに
    なる。第3条(1)は,仮差押決定等があったことを立証することになる。

 [参考事項]
  1 「期限の利益の喪失」とは,債務者が期限の利益を主張して,期限の到来
   まで履行を拒絶することができなくなる状態になることである。期限を到来
   させるか否かは,債権者の意思により決定することになる。この意思表示は
   黙示的でもよく,債権者が履行の請求をすれば,期限の利益を喪失させる意
   思を表示したものとみることができる。
    期限の利益喪失約款には,請求型と当然喪失型があるが,当然喪失型は,
   当事者間の合意で債権者の請求を待たずに,当然に期限の利益を喪失させ,
   弁済期が到来したものとするものである。一般的にいえば,当然喪失型は,
   債務者が倒産し又は所在不明になった,あるいは不履行を繰り返し不誠実な
   場合のように,請求・催告をしなければ債務の履行期が到来しないとするの
   が迂遠であるような場合,請求・催告することが債権確保の障害になるよう
   な事案に利用されることが多いが,喪失事由に応じ,請求型に属するか,当
   然喪失型に属するかが決まっているわけではない。

  2 民法137条は,期限の利益の喪失事由として,
     @ 破産宣告
     A 担保の毀滅
     B 担保の不供与
   を定めている。
    これ以外の喪失事由を当事者間で自由に定めることはできるが,基本的に
   は,上記のように債務者の経済的信用が失われたこと,あるいは債権関係を
   基調とする信頼関係が破壊されたことを徴表する具体的な事実がこれに該当
   する。文例は,その代表的な事由を記載したものであるが,これに限定され
   るものではない。なお,「2回以上怠ったとき」という表現は一般的に用い
   られているが,合意の内容により,例えば「引続き2回以上怠ったとき」,
   「怠り,その額が金○○万円に達したとき」あるいは「2回以上怠り,かつ,
   その額が金○○万円に達したとき」とする場合もある。「2回分以上」とす
   ると,2回分全額怠ったときか,一部不履行したときも含まれるか若干疑義
   が生じるので避けた方がよいであろう。また,連帯保証人丙が付されている
   場合には,例えば「乙又は丙が振出し,裏書き,・・」というように,連帯
   保証人に該当する事由を期限の利益の喪失事由とする場合もある。

  3 前記経済的信用,信頼関係がどの段階で失われたとみるかで,当然,喪失
   事由の記載方法が異なる。例えば,強制執行の場合は,強制執行(強制競売
   あるいは強制管理(不動産)の方法による。併用することもできる。)の申
   立てに基づき強制競売開始決定(差押え),強制管理開始決定がなされ,担
   保権の実行としての競売等の場合は,担保権実行(競売あるいは不動産収益
   執行の方法による。併用することもできる。)の申立てに基づき,競売開始
   決定(差押え),担保不動産収益執行開始決定がなされるが,本文例第3条
  (1)は,強制執行の場合においては強制競売開始決定を受けたとき,すなわ
   ち差押えを受けたときを,同条(2)は,担保権の実行の場合においては,
   競売開始の申立てがあったときを喪失事由としている。
   「第三者から強制執行,担保権実行の申立てがあったとき」あるいは「強制
   執行開始決定,担保権実行開始決定があったとき」とする例もある。

  4 期限の利益喪失約款の適用をめぐって効力が争われる事案も少なくなく,
   喪失事由によっては,当該事由で期限の利益を喪失させること自体が公序良
   俗に反すると評価される場合,あるいは,具体的な事案において権利の濫用
   と評価される場合もある。以下,若干問題になる条項につき説明する。
   (1) 「甲の責めに帰すべき事由によらず,乙の住所が不明になったとき」
      とする条項は,債権者としては債務の履行を確保するため債務者の所
      在を把握しておく必要があり,債権者債務者間の信頼関係を破り,期
      限の利益を喪失させるのが相当な場合といえ,それ自体公序良俗に反
      する,あるいは期限の利益を喪失させることが権利濫用とも言えず,
      有効なものであろう。債権者甲は,債務者乙が住所を移転する等して
      所在が不明であることを証明し,事実到来執行文の付与を受けること
      ができ,債務者乙は執行文付与に対する異議,あるいは異議の訴えで
      「連絡したこと」あるいは「債権者が移転先を了知していること」を
      証明することになる。
   (2) 「乙の甲に対する他の債務につき期限に支払わなかったとき」とす
      る条項は,上記事実は債務者の資力信用が悪化した徴表であり,一般
      的には有効である。「乙の甲に対する他の債務」で特定しており,更
      に「債務」を特定する必要はない。「他の債務につき保全処分又は強
      制執行を受けたとき」,「他の債務につき競売,破産又は民事再生手
      続開始の申立てがあったとき」とする例もある。
   (3) 「その他債務者の資力信用が悪化したと債権者が認めたとき」とい
      う条項のように,「債権者が・・・と認めたとき」というような一方
      的な期限の利益喪失条項は相当ではない。
       また,具体的な例示もせずに本文例2の第4条(3)のような抽象
      的な事実を喪失事由としても,具体的事案において,本条項により期
      限の利益を喪失させることは困難な面があるが,客観的にみて期限の
      利益喪失事由に該当すれば,本条項で期限の利益を喪失させることも
      可能であろう。当事者がその点を了解し,記載を望むならば,あえて
      削除させるまでもなかろう。
   (4) 「その他本契約の条項に違反したとき」という条項は,他に具体的
      な喪失事項を記載した上で,最後に念のために入れる場合も少なくな
      いが,本条項に該当するとして期限の利益喪失を申し立てる例は少な
      いと思われる。期限の利益喪失事由に該当する事項は,具体的に記載
      するのが望ましいが,前記記載で不明確とまではいえず,敢えて訂正
      削除させることはない。

  5 請求型の場合、債権者が請求等し期限の利益を喪失したことを立証する必
   要があり、強制執行するためには事実到来執行文が必要である(当然喪失型
   の場合は、債務者が債務の履行をしたことを立証する責任があり、単純執行
   文になる。)。債務者が所在が不明等になった場合、請求の意思表示が債務
   者に到達しないことにならないように、「前項の届出を怠ったため、甲から
   なされた通知又は送付された書類等が延滞し又は到達しなかった場合には、
   通常到達すべき時に到達したものとする」という趣旨の「みなし送達」の規
   定をすることは有益である。もっとも、この特約は、当事者間では有効であ
   るが、第三者に対抗できないとされている(相殺の意思表示の到達をみなし
   た場合と差押債権者との優劣の場合等)。
    なお、連帯保証人がいる場合に、「債務者に対し請求・催告したとき」と
   記載があるときに、連帯保証人に対し請求することにより期限の利益を喪失
   させることができるか否かは若干問題がある。例えば、債務者が行方不明の
   場合、連帯保証人に催告したとき、請求の絶対効により(民458条、同4
   34条)、主たる債務者に対しても期限の利益の喪失を主張できるか否かは、
   公正証書上、債務者に対し請求・催告と記載されている以上、前記絶対効が
   働くか疑義がないわけではなく、「債務者又は連帯保証人に対し請求・催告
   したとき」とすることも考えられる。

  6 本来、主たる債務者の期限の利益喪失の効果は、連帯保証人に対しては及
   ばないが、公正証書の場合、通常「第○条 連帯保証人は、本契約による債
   務者乙の債務を連帯保証し、乙と連帯して支払う」旨の条項があれば、期限
   の利益喪失条項付の債務を連帯保証することになり、乙が期限の利益を喪失
   した場合、連帯保証人もその支払いの責任があることになる。

  7 消滅時効については、判例(最判昭和42・6・23民21・6・149
   2)によれば、当然喪失型の場合は、期限の利益喪失事由が生じた時から進
   行し、請求型の場合は請求の時から進行する。

  8 期限の利益を喪失した後、貸金業者が借主に対して残元金の一括請求をせ
   ず、借主から長期間にわたって分割弁済を受けていても、貸金業者が、債務
   の弁済を受けるたびに受領した金員を利息ではなく損害金に充当した旨記載
   した領収書兼利用明細書を交付していたようなときは、上記の事実のみでは、
   再度の期限の利益を付与した、あるいは貸金業者が期限の利益を喪失したと
   主張することは信義則に反するとはいえない(最判平成21・4・14民事
   法情報275・44、最判平成21・11・17金法1888・55)
 



2 準消費貸借契約

(文例3)

 準消費貸借契約公正証書

  第1条 債務者乙(以下「乙」という。)は、債権者甲(以下「甲」という。)
     に対し、平成○年○月○日から平成○年○月○日までの洋品雑貨類の未
     払残代金○○万円の債務を負担していることを承認し、甲と乙は、平成
     ○年○月○日、これを同額の消費貸借の目的とすることを合意した。
  第2条 (第2条以下は文例1、2の第2条以下と同様である。)
 
〔参考事項〕
  1 準消費貸借契約は、金銭その他の物を給付する旧債務を消費貸借上の目的
   とすることを約したときに成立する。成立した新債務について通常の消費貸
   借と異ならない効力(貸主及び借主の権利義務)を持たせるものである。し
   たがって、新債務は消費貸借の性質を有し、利息制限法の適用を受けること
   になる。

  2 新旧債務の同一性の有無については、旧債務の担保、保証、同時履行等の
   抗弁権が新債務に存続するかどうかの観点から論じられるが、判例・通説は、
   専ら当事者の意思によって決まり、その意思は、原則として新旧債務の同一
   性を維持するにあるとする。また、時効については、債務自体の性質によっ
   て決定され、当事者の意思によって左右できないものであり、準消費貸借契
   約自体の性質(商行為かどうか等)によって定めるべきとされる。担保権や
   抗弁権を存続させるかどうかにつき、必要があれば公正証書に明らかにして
   おくことが望ましい。例えば、旧債務を担保するための抵当権が設定されて
   いる場合には、当該抵当権が新債務を担保することになるかについて確認し、
   その旨公正証書に記載することが相当である。また、連帯保証付きで執行証
   書が作成されている旧債務につき準消費貸借契約を締結し、新旧両債務に同
   一性があり,新債務について連帯保証が存続する場合でも(ただし、新債務
   の内容が旧債務の内容を超えるときは,保証人の承諾が必要である。)、連
   帯保証人を除いて新たに執行証書を作成したときは、当該連帯保証人に対し
   ては、その執行証書に基づき執行することができないので注意を要する。
    なお、旧債務は消滅するので、旧債務についての執行証書に基づき執行す
   ることはできないことになる。

  3 旧債務を特定して記載することが必要である。
    どこまで特定を要するかは、他の債務と誤認混同が生じない程度にするこ
   とを要し、相対的な問題である。例えば、数口の貸金を対象とする場合は、
   単に元本、利息、損害金の合計額を記載するだけではなく、個別の貸付金の
   貸付日と貸付金額(一部弁済があれば残代金)、何時から何時までの年○パ
   ーセントの割合による利息、遅延損害金かを記載し、売掛金の場合は、何時
   から何時までのどのような商品の幾らの売掛代金かを記載する。このように
   記載することが望ましいが、長年にわたる取引で資料もなく、十分に特定で
   きない場合は、後日二重請求等の紛争が生じないように、何時から何時まで
   の○○取引の債務全部というような特定でもやむを得ない場合がある。

  4 強行法規や公序良俗違反等により無効な債務を目的とする準消費貸借は成
   立しないから、旧債務が有効であるかどうかを検討する必要がある場合もあ
   る。具体的には、最判平成9年9月4日(民集51巻8号3718頁)の趣
   旨により、無効及び無能力による取消し等の事由が存在することにつき具体
   的な疑いが生じた場合には,積極的な調査が必要となろう。

  5 判例(最判昭和40・10・7民集19・7・1723、最判昭和44・
   7・25判時568・45)によると、将来発生する金銭債務を基礎とする
   準消費貸借は、その後金員が交付されたときに当然に効力が生じるとして、
   停止条件付準消費貸借契約を認める。執行実務では、上記のような停止条件
   付準消費契約に基づく執行証書は認められず、必ず金銭が交付されて準消費
   貸借契約が成立している場合でなければならない。

  6 金銭消費貸借に基づく元本と既発生利息とを消費貸借の目的として準消費
   貸借契約を締結する場合は、利息制限法との関係で注意を要する。最判昭和
   45年4月21日(民集24巻4号298頁)は、「年数回の組入を約する
   重利の予約は、毎期における組入れ利息とこれに対する利息の合計額が、本
   来の元本額に対する関係において、利息制限法所定の制限利率により計算し
   た額を超えない限度においてのみ,有効である」と判示する。例えば、貸付
   金100万円、利息年15パーセント、弁済期1年後、遅延損害金20パー
   セントとする金銭消費貸借につき、貸付日から半年後に利息を元本に組み入
   れ、更に1年後に上記組み入れた元本に対する利息を元本に組み入れ、その
   元本を消費貸借の目的として、元本115万5625円、利息年15パーセ
   ント、弁済期1年後、遅延損害金20パーセントとする準消費貸借契約を締
   結した場合、半年後の元本組み入れの結果、元本は107万5000円とな
   るところ、前記判例によれば、これに対する利率は,本来の元本である10
   0万円に対する利息制限法の制限利率の範囲でのみ有効である。その結果、
   半年後から1年後までの利息限度額は7万5000円であり、1年後の時点
   での本準消費貸借の旧債務は、107万5000円と利息7万5000円の
   115万円の限度で有効であり、本準消費貸借の元本は115万円となる。
    また、この元本に対する利息については、
   @ 民法405条により重利は認められているのであるから、利息制限法の
    範囲内で組み入れられた新元本(115万円)に対し、利息制限法の範囲
    内の年15パーセントまでの限度で利息を付すことができる、
   A 前記判例の趣旨を徹底すれば、利息は当初元本の15パーセントの限度
    で認められると解すべきであるから、100万円×0.15/115=0.
    1304パーセントの限度で利息を付すことができる,
   という両説が考えられる。
    本設例に対応する判例もない現状では、@A説のどちらが相当とは決め難
   く、公証人としては,両説が成立することを前提に公正証書を作成すること
   になろう。なお、損害金は、@説によれば,年21.9パーセント、A説によ
   れば19.04パーセント(13.04×1.46=19.038)の限度で定
   めることになる。
    前記設例で、半年後に利息を元本に組み入れ、107万5000円を消費
   貸借の目的として準消費貸借をしたときは、利息が1年分以上延滞していな
   い段階での利息組入の事案であるから、前記判例の趣旨によれば、107万
   5000円に対し年13.95パーセント(100×0.15/107万50
   00)の限度で利息を付することができると解される。損害金は20.37パ
   ーセント(13.95×1.46=20.37)の限度で定めることになる。
    利息に遅延損害金を付する場合は、例えば、元本100万円、利息年15
   パーセント、遅延損害金年21.9パーセント、弁済期から半年経過後に、上
   記元本と利息を消費貸借の目的として準消費貸借をした場合、元本は107
   万7500万円で,遅延損害金は20.37パーセント(107万5000/
   100×21.9パーセント=20.37)の限度で付することになる。

  7 実際は準消費貸借契約が締結されているのに,公正証書上は現金の授受が
   行われたように記載されていても、公正証書としての効力は失われないとす
   るのが判例である(大判昭和8・3・24民集12・5・474、最判昭和
   45・10・29ジュリ473判例カード111)。
 


3 債務承認弁済契約
(文例4)

  債務承認弁済契約公正証書

  第1条 債務者乙(以下「乙」という。)は、債権者甲(以下「甲」という)
     に対し、平成○年○月○日、乙が甲から平成○年○月○日付金銭消費貸
     借契約に基づき借り受けた金○○○万円のうち、金○○○万円の残債務
     を負担していることを承認し、以下の条項に従い弁済することを約し、
     甲はこれを承諾した。
  第2条 (第2条以下は文例1、2の第2条以下と同様である。)
 

  〔参考事項〕

  1 債務承認弁済契約とは、債務者が債権者に対し、ある特定時点(債務承認
   の基準日)における既存の金銭債務(契約や不法行為などによって生じた金
   銭債務)の存在を承認し、その債務につき新たな履行方法を約する契約であ
   る。債務承認弁済契約の類型としては、
    @ 既存債務を単純に承認し,その履行期、弁済方法等につき新たに合意
     するもの、
    A 既存債務に既発生の利息を元本に組み入れたり、利息、損害金等を変
     更するもの、
    B 既存債務の存否、数額等に争いがある場合に、これを確定させ,その
     弁済方法等につき合意する権利創設的なもの
   がある。@,Aの場合は、既存債務は消滅せず、承認に係る債務と既存債務
   とは同一性があり、その法的性質を同じくし、原則として、既存債務の担保、
   保証(ただし、既存債務の内容を超える場合は,保証人の承諾を要する。物
   上保証の場合も同様である。)、同時履行の抗弁権は存続する。また、既存
   債務が貸金ならば,利息制限法の適用を受け、売買代金等の場合は同法の適
   用を受けないが、消費者契約法の適用の有無については注意を要する(遅延
   による損害賠償の予定額は,支払うべき金額に対し年14.6パーセントを超
   えることはできない(消費者契約法9条2号)。)(なお、債務承認弁済契
   約自体も消費者契約法の適用がある。)。Bの場合は、既存債務は変更若し
   くは消滅することになるが、承認に係る債務が既存債務と同一性があるかど
   うかは、当事者の合意内容によって定まり、その法的性質は,その債務の性
   質により決定される。例えば、貸金の存否、数額等に争いがある場合におい
   て、それをある一定金額で承認し,履行方法を定めたものであれば、本来の
   貸金債務の性質を変更するものではなく、承認に係る債務も利息制限法の適
   用を受けることになる。また、貸金債務と売買代金債務(消費者契約法が適
   用されるとする。)を併せて承認し、一律に同一の利息、遅延損害金を定め
   た場合、承認に係る債務のどの部分が貸金か売買代金債務か区分けできず、
   利息制限法と消費者契約法(遅延損害金)が重畳的に適用されることになる
   と解するのが相当である。この点、利息制限法が適用される準消費貸借と異
   なる。
    既存債務を消滅させ,新債務を成立させる更改との相違については,その
   限界線は微妙であるが、利息を元本に組み入れる書換え、2口の消費貸借上
   の債務を一口にするような場合は、準消費貸借か債務承認とみるべきであろ
   う。判例・通説は「消費貸借債務の弁済期限、方法及び利率の変更は更改で
   はない」としている。

  2 債務承認弁済契約は、既存債務を承認してその履行を約する別個の新しい
   契約であるから、通常、債務の承認の基準日あるいは債務弁済契約成立の日
   は既存債務の発生後となるが、同日であっても理論的には問題はない。金銭
   消費貸借契約成立した日にその消費貸借に基づく債務につき債務弁済契約公
   正証書を作成する場合、債務の「承認」に余り意味がなく、「債務者は、平
   成○年○月○日、同日付私署証書記載の金銭消費貸借契約に基づく借受金○
   ○万円を以下の条項に従って弁済することを約し、債権者はこれを承諾した」
   と記載することが望ましいとの見解もあるが、「承認」の有無で特段法的な
   差違はなく、どちらでもよい。

  3 既存債務を承認するのであるから、既存債務の発生原因を他の契約から識
   別できる程度に特定して記載する必要がある。例えば、「債務者は債権者に
   対し、平成○年○月○日現在における残債務が合計金○○万円存在すること
   を承認し・・」とするような条項では、請求が特定されておらず,不相当で
   ある。特定の程度、方法は前記準消費貸借の場合と同様に考えればよい。

  4 承認とは、債務の存在を知っているという観念の通知であり、法律行為で
   はない。債務を承認すれば,消滅時効は中断する。中断した時効は、再び進
   行を始めるが、単純に承認し,履行契約を締結しただけでは,債務の性質は
   変わらず、消滅時効期間は従前のままである。

  5 印紙税法基本通達別表第1の第1号の3文書の3によれば、「いわゆる債
   務承認弁済契約書で、消費貸借に基づく既存の債務金額を承認し、併せてそ
   の返還期日又は返還方法(代物弁済によることとするものを含む)等を約す
   るものは、第1号の3文書(消費貸借に関する契約書)に該当する。なお、
   この場合の返還を約する債務額については、当該文書に当該債務金額を確定
   させた契約書が他に存在することを明らかにしているものに限り、記載金額
   に該当しないものとして取り扱う」とされている。したがって、既存債務が
   金銭消費貸借契約に基づく場合であっても、既に私署証書が作成され、それ
   が明らかになっている場合は,200円の印紙を貼付すればよい。なお、印
   紙税法別表第一番号一、二の課税物件欄記載の物件以外のものに関する契約
   に基づく債務(例えば、不法行為に基づく損害賠償債務、建物売買代金)に
   ついての債務承認弁済契約公正証書には,印紙の貼付は不要である。
 


4 与信契約

(文例5)

  限度付貸付契約公正証書

  (限度額の合意)
  第1条 貸主甲(以下「甲」という。)は、借主乙(以下「乙」という。)に
     対し、金○○○万円を限度として随時乙に金員を貸し渡し、乙は上記限
     度額の範囲内においてこれを借り受けることに合意した(1)。
  (貸付けの実行)(2)
  第2条 乙は、本契約に基づき借入れを希望するときは、甲に対し、乙の借入
     元金が前条の限度額を超えない範囲で、借入れを希望する金額を文書で
     申し込まなければならない。
    2 前項による申込時点での乙の借入金額を計算するときは、同時点で弁
     済を完了しているものは除くものとする(3)。
    3 甲は、乙から第1項の申込みを受けたときは、10日以内に申込金額
     相当の現金を乙に対し交付し、若しくは乙の指定口座へ送金して貸し付
     ける。
    4 前項による交付若しくは送金が完了した時点で、当該金額について消
     費貸借契約が成立したものとし、その成立日の翌日を起算日として利息
     計算を行う(4)。
 (利息等)
  第3条 本契約に基づく貸付金の利息等については、次のとおりとする。
     @ 利率    年○パーセント
     A 支払時期  元金と一括
     B 遅延損害金 年○パーセント
 (弁済期)
  第4条 本契約に基づく貸付金の弁済期限は、貸付時期にかかわらず、平成○
     年○月○日とする(5)。
    2 乙は、甲に対し、前項の期限までに、第1条の現金全額及び第3条の
     利息を持参又は送金して支払う。ただし、送金手数料は乙の負担とする。
  (別案)
  第4条 乙は、毎年1月、4月、7月、10月の各末日にその時までに借受け
     た第1条の金員及び第3条の既発生の利息を甲方に持参若しくは送金し
     て支払う。
 (期限の利益喪失)
  第5条 (省略)
 (通知義務)
  第6条 乙及び連帯保証人は、次の事項について、当該事項発生後直ちに甲に
     対して通知しなければならない(6)。
     @ 住所移転
     A 勤務先、職業の変更
 (連帯保証)
  第7条 (省略)
 (費用負担)
  第8条 (省略)
 (合意管轄)
  第9条 (省略)
 
  (注)
  (1) 消費貸借契約はいわゆる要物契約であり、金員の交付がなければ効力が
   生じない。本約定は貸付限度額の設定合意であり、第2条以下のような申入
   れにより具体的な契約が発生する一種の予約契約といえる。
  (2) 限度額内での具体的な借入方法を規定したものである。なお、借入申込
   みの期限を設けることも可能である。
  (3) 限度額の範囲内であるか否かを考えるについては、既返済分を含めた累
   積額による計算方法などもあるが、当事者の合意により定められる。例えば、
   「ただし、貸付累計額が限度額に達したときは、一部又は全部の弁済があっ
   ても新たな貸付をしない」とする。
  (4) 本文例のような特約がなければ、利息は契約が成立した日から発生する
   (最判昭和33・6・6民集12・9・1373)。
  (5) 返済時期については、各個の貸付分につき共通にする場合(本案)と、貸
   付けた時期によって異なる返済時期とする場合(別案)とがある。
  (6) このような届出義務と期限利益喪失約款の規定を設けることにより、借
   主の動静を把握できるようにする。


  [参考事項]
  与信契約と執行受諾との関係
  (1) 債権者甲が、将来1年間にわたり金3000万円を限度額として債務
     者乙に対し反復貸与する旨の貸越契約をなし、「債務者乙が貸金返還債
     務につき履行を怠った場合には、債務者乙は金3000万円の範囲内に
     おいて、債務不履行の当時債務者乙が現実に負担する債務全額につき,
     直ちに強制執行を受けることを受諾する」旨の公正証書を作成した場合、
     この公正証書に執行力が認められるかについては、判例・学説とも、本
     件のような当座貸越等の公正証書については、極度額として表示された
     金額は、単に将来の貸付限度額を示したに止まり、債務者が現実に負担
     すべき確定金額を示したものではなく、債務者が負担すべき具体的な債
     務につき、公正証書上、何時いかなる法律行為により発生したのか明ら
     かではなく、また,具体的な数額も全く算出できず、結局公正証書以外
     の他の証拠資料によらなければ執行手続上請求権の範囲を特定し得ない
     ものであるから、本件公正証書は給付すべき金額、数量が一定しないも
     のとして、債務名義の適格を欠くものとしている。

  (2) また、「債務者乙が本契約を履行しないときは、当然限度額を融通額
     とみなし、これを即時に完済すること。ただし、債権者甲は右限度額相
     当の金員の支払いを受けた場合、実際の融通金額が限度額より少ないと
     きは、その超過額を債務者に返還すること」、あるいは、「債務者乙は、
     前記当座借越債務の履行を怠ったときは、不履行を条件として債権者甲
     の請求により違約金○○万円を債権者甲に支払う。ただし、乙は、前条
     の違約金が履行を怠った時点における借越金を超えるときは、甲からそ
     の差額金の返還を受ける」という公正証書も、その作成時点では、みな
     された融通額あるいは違約金の発生の基礎となる法律関係は発生してお
     らず、結局、公正証書が債務名義となり得ない場合にもかかわらず,技
     巧的に債務名義の取得を目指すものであり、いずれも債務名義の適格を
     欠く。
 

5 借換契約

(文例6)

  借換えに関する契約公正証書

  第1条 債権者甲(以下「甲」という。)と債務者乙(以下「乙」という。)
     は、平成○年○月○日、甲が乙に対し金50万円を貸し付けると同時に,
     乙の甲に対する平成○年○月○日付借受金債務金200万円(残元本金
     190万円、既発生利息金10万円)を新たに貸し付けたことにし、も
     って金250万円の金銭消費貸借契約を締結した。
  第2条 (第2条以下は文例1、2の第2条以下と同様である。)

  〔参考事項〕
  1 借換えとは、新たな貸付けを起こすと同時に旧債務の残額をゼロとし、新
   債務額から旧債務の元本・未払利息を控除した現金が交付されるものであり,
   例えば、250万円の借受金を分割弁済する途中、残債務の元利合計が20
   0万円になった時点で新たに50万円を借り受け、合計250万円を借り受
   けたことにするような場合である。
    借換えの法的性質は、
   @ 旧債務に借増部分を上積みするという考え、すなわち、旧債務元利合計
    200万円(現金200万円と同一の価値のある法的利益が交付されたと
    みる。)と新規の現金交付額50万円の合計額250万円を元本とする新
    しい一個の貸付契約が締結されたとみる説と
   A 新規に消費貸借契約が成立し、その貸付金の一部で旧債務が弁済された
    する説がある。
    A説は、借換えの際に旧債務が現実に支払われたといえるか、また、現実
   に旧債務相当額の現金が交付されたと言えるか否か疑問があり、@説が当事
   者の合理的な意思を最も反映した考え方であり、相当であろう。本文例は,
   @説に立っている。
  2 借換えの場合にも、旧債務の残額を確定する必要があることから、旧債務
   の発生原因及び残高の内訳(元本、利息、損害金等)を明らかに記載する必
   要がある。
 

6 当事者が多数の場合

(文例7―1)

   分割債務

  第1条 債権者甲(以下「甲」という。)は、債務者乙、丙、丁(以下、順に
    「乙」、「丙」、「丁」という。)に対し、金3000万円を貸し付けた。
      本件は分割債務である(注)。
  第2条 乙、丙、丁は、甲に対し、本件借受金各1000万円を、平成○年○
     月から平成○年○月まで毎月末日限り,各毎月金100万円宛分割して,
     各支払う。
  第3条 乙、丙、丁が、本件各分割金の支払いを1回でも怠ったときは、請求
     により期限の利益を失い、本件借受金各1000万円(既払分があれば
     控除する。)を直ちに各支払う。
  第4条 乙、丙、丁は、各々甲に対し、期限後又は期限の利益の利益を失った
     ときは、本件借受金各1000万円(既払分があれば控除する。)に対
     する期限の利益を喪失した日の翌日から支払済みまで,年○パーセント
     の割合による遅延損害金を各支払う。
  第5条 乙、丙、丁は、本件金銭債務の支払いを怠った場合は、直ちに強制執
     行に服する旨陳述した。

   (注) 分割債務であることは、前段の記載で民法427条に照らし明らかで
     あるが、念のためそのことを明らかにするための記載である。
 

(文例7―2)

   連帯債務 不可分債務

   第1条 債権者甲は、乙、丙、丁に対し、平成○年○月○日、連帯して金3
      000万円を貸し付けた。甲、乙、丙、丁は、本件債務を連帯債務
      (不可分債務)とする旨合意した。
   第2条 連帯債務者(不可分債務者)乙、丙、丁は、甲に対し、平成○年○
      月○日限り、連帯して(各自)(注)金3000万円を各支払う。
   第3条 連帯債務者(不可分債務者)乙、丙、丁が、第2条の3000万円
      の支払いを怠った場合は、甲に対し、直ちに強制執行に服する旨陳述
      した。

   (注) 不可分債務の場合は、「連帯して」ではなく、「各自」とする。
 

(文例7−3)

    連帯債権、不可分債権
   第1条 甲、乙、丙は、債務者丁に対し、平成○年○月○日、○まるを金6
      000万円で売却した。甲、乙、丙、丁は、本件債権を連帯債権(不
      可分債権)とする旨合意した(注)。
     第2条 丁は、連帯債権者(不可分債権者)甲、乙、丙に対し、平成○年○
      月○日限り、金6000万円を支払う。
   第3条 丁は、第2条の金6000万円の支払いを怠った場合は、連帯債権
      者(不可分債権者)甲、乙、丙に対し、直ちに強制執行に服する旨陳
      述した。

   (注)不可分給付につき複数の債権者が存在する場合は、性質上その引渡債
     権は性質上不可分給付となるが、金銭債務のような可分給付のときは、
     特約によって、不可分債権・連帯債権とすることができる。
 
〔参考事項〕

   1 民法は、金銭給付のような可分給付について分割主義を原則とし、複数
    の債権者・債務者が存在する場合には、当事者の意思又は法律の規定によ
    り分割しないとされている場合を除き、債権・債務は分割され、その割合
    は平等と推定している(民427条)。
     したがって、公正証書上何も記載しない場合は、原則として分割債権・
    債務と推定されることになるが、金銭債権・債務の場合は、分割か連帯か
    その性質を明示することが望ましく、特約で連帯債権、連帯債務等とした
    場合には,必ずその旨を明示する必要がある。

   2 分割債権・分割債務
     分割債権とは、数人が共有する物を売却した場合や被相続人の有する金
    銭債権を共同相続した場合(金銭債権が共同相続された場合、遺産分割を
    まつまでもなく当然分割されるか否かは争いがあるが、判例は「法律上当
    然分割」されるとする(最判昭和29・4・8民集8・4・819)。)
    のように,各債権者が分割した独立の債権を有する関係である。分割債務
    とは、数人が共同で物を購入する場合のように,各債務者が分割した独立
    の債務を負担する関係である。もっとも、数人が共同で物を購入したり、
    金銭を借用したりする場合において、債務者となる全員の資力が考慮され
    たとみるべき特段の事情があるときは、連帯債務とする黙示の特約の存在
    を認めるのが相当である(金銭の借用につき最判昭和39・9・22判時
    385・50)。このような事例に限らず、数人の債権者・債務者が関与
    する金銭債権・債務関係につき公正証書を作成するときは、分割か不可分
    か連帯かを明確にすべきである。

   3 連帯債権
     連帯債権とは、数人が同一の給付を請求することができる場合において、
    各人が全部の給付を請求することができ、その一人が弁済を受けると他の
    債権者もまた債権を失うという債権関係をいう。民法その他の法律上当然
    に連帯債権関係が生じる旨の規定はなく、合意によって連帯債権関係を生
    じさせることは可能である。連帯債務の裏返しであり、主観的な共同関係
    を要するとされている。

   4 連帯債務
     連帯債務とは、数人の債務者が、主観的に共同の関連があり、同一内容
    の給付について、各自が独立に全部の給付をなすべき債務を負担し、その
    うちの一人の給付があれば他の債務者も義務を免れる多数当事者の債務で
    ある。連帯債務は債務者の数に応じた数個の債務であり、債務者のうちの
    一人の債務につき保証契約を締結することができ、各債務者の債務の額、
    利率、期限等は異なっていてもよい。
     連帯債務は意思表示と法律の規定(民761条、会430条、一般法人
    法118条等)により成立する。意思表示による場合は、黙示の意思表示
    も含む。
     連帯債務は、共同の目的をもって主観的に関連することから、一人の債
    務者のなした弁済、代物弁済、供託、一人の債務者との間の更改(民43
    5条)、一人の債務者のなした相殺(民436条)、一人の債務者に対す
    る免除(民437条)と時効完成(民439条)、一人の債務者との間の
    混同(民438条)は、他の債務者にも効力が及ぶことになる。
     なお、数人の者がその一人又は全員のために商行為となる行為によって
    債務を負担したときは、その債務は、各自が連帯して負担することになる
   (商511条)。

   5 不真正連帯債務
       不真正連帯債務は、連帯債務と同様に、数人の債務者が、同一内容の給
    付について、各自が独立に全部の給付をなすべき債務を負担し、そのうち
    の一人の給付があれば,他の債務者も義務を免れる多数当事者の債務であ
    るが、連帯債務と異なり、共同目的による主観的な関連がなく、連帯債務
    に関する民法434条ないし同440条の規定の適用を受けない。主とし
    て、同一の損害を数人がそれぞれの立場において填補すべき義務を負担す
    る場合に生じる。共同不法行為の場合の損害賠償債務(民719条)につ
    いては、判例・通説は不真正連帯債務と解している。

   6 不可分債権・不可分債務
     不可分債権とは、各債権者は総債権者のために履行を請求することがで
    き、単独で弁済を受領することができ、請求には絶対的効力がある(民4
    28条)。不可分債務においては、債権者は一人又は総債務者に対し、同
    時又は順次に、全部又は一部の履行を請求することができる。
     不可分債権・債務には、性質上の不可分給付(物の引渡に関する給付等)
    のものと意思表示による不可分給付のものがある(民428条)。金銭債
    権・債務の場合は後者が問題になるが、判例は,共同賃借人の賃料債務及
    び明渡し不履行による賃料相当額の賠償債務や共同使用者の報酬支払債務
    などは原則として不可分債務であるとする。数人が共同で買う売買につき
    不可分債務とした判例はない。
 

7 当事者の一方が「権利能力なき社団」の場合

(文例8)

  金銭消費貸借契約公正証書

   第1条 債権者甲(以下「甲」という。)は、債務者権利能力なき社団丙 
      代表者乙(以下「乙」という。)(1)に対し、平成○年○月○日、金○
      ○万円を、次条以下の約定で貸し付け、乙はこれを借り受けた。
   第2条 利息を年○パーセント、遅延損害金を年○パーセントと定める。
   第3条 乙は、甲に対し、平成○年○月○日限り、前2条の金○○万円と利
      息を一括して支払う。
     2 乙は、弁済期に支払いを怠った場合は、甲に対し、弁済期の翌日で
      ある平成○年○月○日から支払済みまで第1条の元本に対し年○パー
      セントの割合による遅延損害金を支払う。
   第4条 甲と乙は、本件金銭債務の執行対象財産を権利能力なき社団丙の構
      成員の総有に係る別紙物件目録記載の土地、建物(以下「本件土地、
      建物」という。)(省略)に限定する旨合意した(2)。
   第5条 乙は、第3条に定める金員の支払いを怠ったときは、直ちに本件土
      地、建物につき強制執行に服する旨陳述した(3)。

   (注)
   (1) 当事者欄(本旨外要件)のみでなく、本文にも権利能力なき社団の代表
     者個人としての法律行為であることを示した方が分かり易い。参考事項
     2を参照。
   (2)(3) 第4条が実体法上の執行制限契約、第5条が執行手続上の執行認諾
     文言であり、両者合わせて、本件土地、建物に執行が限定される。

   〔参考事項〕
   1(1)法人格なき社団は、権利能力なき社団ともいわれ、社団の実体を有
      するにもかかわらず、法人格を持たない社団であり、社会的、経済的、
      文化的諸方面において数多く存在する。法人格を取得していない管理
      組合(区分所有法3条)もその一つである。
      (2)法人格なき社団は、権利能力を欠くため公正証書の作成を嘱託する
      ことはできないとするのが判例(最判昭和56・1・30判時100
      0・85)、公証実務である。最判昭和39年10月15日(民集1
      8巻8号1671頁)は、「@ 法人に非ざる社団が成立するために
      は,団体としての組織をそなえ、多数決の原則が行われ、構成員の変
      更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の
      運営,財産の管理等団体としての主要な点が確立していることを要す
      る。 A 法人に非ざる社団がその名においてその代表者により取得
      した資産は、構成員に総有的に帰属するものと解すべきである」と判
      示する。これらの判例を受け、権利能力なき社団をめぐる財産関係に
      つき公正証書を作成する場合、権利能力なき社団の代表者個人を当事
      者とするが、権利能力なき社団の総有財産のみがその責任財産となる
      ことから、代表者の個人財産が執行の対象にならないようにする必要
      がある。
   2 上記(2)の要請から、公証実務では、次のような取扱をするのが一般
    的である。「権利能力なき社団丙 代表者乙」と肩書を付した代表者個人
    名義を記載(嘱託人の表示)することにより、公正証書記載の債権・債務
    が権利能力なき社団に属する債権・債務であって,代表者個人に属する債
    権・債務でないことを明らかにするとともに、より明確にするため,当該
    公正証書の条項中に上記の趣旨を記載するのが相当である。
   3 権利能力なき社団に対する債務は、構成員の総有的に帰属する財産が引
    当になる。民事執行手続にも処分権主義が適用されるから、執行制限契約、
    すなわち債務の引当財産を権利能力なき社団の財産に限定する合意をする
    ことは可能である。
     執行制限契約のみで、執行認諾文言に制限を付さないと、債権者は債務
    者の財産全体に執行できるので(乙は第三者異議の訴えで争うことはでき
    る。)、執行認諾文言に執行範囲を限定することが必要である。なお、執
    行文は、単純執行文であり、また執行財産を限定した執行文とする必要は
    ない。
   4 公正証書作成の必要書類としては、権利能力なき社団の特有なものとし
    て、
      @ 権利能力なき社団であることを証明する基本規約書等、
      A 代表者であることを証明する当該代表者を選出した総会議事録、
       役員会議事録等、
      B 代表者の印が必要な場合は、個人の実印
    がそれに当たる。
 

8 当事者の一方が有限責任事業組合の場合

(文例9)

   金銭消費貸借契約公正証書

   第1条 債権者甲(以下「甲」という。)は、債務者有限責任事業組合丙
      (以下「丙」という。)(1)の組合員乙(以下「乙」という。)(2)
      に対し、本日、金○○万円を貸し付けた。
   第2条 利息を年○パーセント、遅延損害金を年○パーセントと定める。
   第3条 乙は、甲に対し、平成○年○月○日限り、前2条の金○○万円と
      利息を一括して支払う。
     2 乙は、弁済期に支払いを怠った場合は、甲に対し、弁済期の翌日
      である平成○年○月○日から支払済みまで,第1条の元本に対し年
      ○パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
   第4条 乙は、本件金銭債務を履行しないときは、直ちに甲有限責任事業
      組合員の合有に係る○○(財産)につき強制執行に服する旨陳述し
      た。

  (注)
  (1)「有限責任事業組合契約に関する法律」(以下「有限責任事業組合法」
    という。)に基づき設立された組合は、その名称に必ず「有限責任事業
    組合」の文字を入れる必要がある(有限責任事業組合法9条1項)。
  (2)有限責任事業組合は法人格がなく、その性質は民法上の組合であるが、
    公正証書作成上は文例8とほぼ同様に考えてよい。組合員は、原則とし
    て各自業務執行者として組合を代表する(有限責任事業組合法13条1
    項)。

  〔参考事項〕
  1 有限責任事業組合法に基づき成立した有限責任事業組合は、組合の登記
   をすることができるが(有限責任事業組合法8条1項)、法人格はない。
   個々の組合員は、業務執行者として代表権を有し、出資の価額を限度とし
   て組合の債務を弁済する責任を負う(有限責任事業組合法13条1項、同
   15条)。
  2 組合の財産は、組合員全員の共有(合有)となり、組合の債務は組合の
   財産が引当になる。組合は登録印を有し、組合が第三者と契約等を締結す
   る場合は、各組合員がこれを行い、当事者の表示は、
   「(主たる事務所) 東京都○区○町○丁目○番
    (名称)     甲有限責任事業組合
    (組合員)    乙   
            (乙が法人の場合は,「職務執行者丁」(有限責任
             事業組合法19条1項))
    (押印)     乙の実印
             又は職務執行者丁の実印あるいは登録印」
   といった記載、形式になる。
  3 有限責任事業組合(組合員)が債務者となる場合でも、法律で組合の財
   産(組合員の合有財産)を限度として責任を負担することになるので(有
   限責任事業組合法15条)、文例8の第4条(責任制限契約)に対応する
   条項は法律上当然の事理を定めたにとどまり,なくてもよい。
    第5条(限定執行認諾文言)に対応する条項は、
   「乙は、第3条に定める金員の支払いを怠ったときは、直ちに甲有限責任
    事業組合の所有する○○(財産)につき強制執行に服する旨陳述した」
   という記載となる。
    また、公正証書作成嘱託の際の必要書類は、
    @ 当該組合の登記簿謄本、
    A 組合員又は職務執行者の実印あるいは登録印鑑証明書等である。
  4 「投資事業有限責任組合契約に関する法律」(以下「投資事業有限責任
    組合法」という。)に基づく投資事業有限責任組合の場合は、組合員は、
    無限責任組合員と有限責任組合員で構成され(投資事業有限責任組合法
    9条)、代表権を有する者は無限責任組合員である(同法7条1項)。
     無限責任組合員は,組合の債務につき,連帯して責任を負う(同法9
    条1項)。したがって、強制執行認諾文言は、「無限責任組合員乙は、
    本件債務の支払いを怠ったときは、直ちに強制執行を受けることを認諾
    する」というようになる。
     有限責任社員に対し出資財産以外の財産に強制執行がされたときは、
    当該社員は第三者異議の訴えを提起することになる。
 

9 債権者代位権に基づく請求

(文例10)

   債権者代位権に基づく金銭請求公正証書(1)

   第1条 代位債権者甲(以下「甲」という。)は、債務者乙(以下「乙」
      という。)に対し、平成○年○月○日、金○○万円を弁済期1か月
      後の約定で貸し付けた(2)。
   第2条 乙は、第三債務者丙(以下「丙」という。)に対し、平成○年○月
      ○日付売買契約に基づく売買代金○○万円の債権を有している(3)。
   第3条 乙は、前条の債権のほかには財産を所有しておらず、甲は、乙に
      代位して,丙に対し、前条の売買代金を請求する。
   第4条 丙は、甲に対し、平成○年○月○日限り、金○○万円を支払う(4)。
   第5条 丙は、第4条の金銭債務の支払いを怠った場合は、直ちに強制執
      行に服する旨陳述した(5)。

   (注)
   (1) 当事者は、代位債権者甲と第三債務者丙である。
   (2) 被保全債権の履行期が到来していることが代位権行使のための要件と
     なる(正確には「履行期の存在」が抗弁であり、「履行期の到来」が再
     抗弁となる。)。
   (3) 被保全債権は、代位行使される債務者の権利よりも先に成立している
     必要はない。代位行使される債務者の権利は、公正証書作成時に必ずし
     も弁済期が到来してなくともよい。弁済期が到来していれば「即時に支
     払う。」となる。
   (4) [参考事項]5を参照。
   (5) [参考事項]7を参照。

   [参考事項]
   1 債権者代位権が認められる要件は、@ 被保全債権の存在、A 債権保
    の必要性(債務者の無資力)である。
     被保全債権の種類は問わず、金銭債権でなくてもよい。協議・審判等に
    よって具体的内容が形成される前の財産分与請求権等は,被保全債権にな
    らない(最判昭和55・7・11民集34・4・628)。
   2 債権者代位権の発生を妨げる事実は、@ 債務者が権利を行使している
    こと、A 被保全債権の履行期が到来していないことである。
     要件事実的には、履行期が到来していないことが債権者代位権の障害事
    実(抗弁)となり、履行期が到来したことが再抗弁となるが、公正証書の
    作成に当たっては、上記抗弁事実を踏まえて履行期が到来していることを
    記載すべきである。
   3 代位の対象となる債務者の権利は、共同担保の保全に適する権利である。
    共同担保に適さない権利とは、@ 債務者の一身に専属する権利(行使す
    るかどうか債権者に意思にまかされている権利)、A 差押えを許さない
    権利である。
   4 前記@の行使上の一身専属権は、
    ア 身分上の権利である、
     @ 婚姻・養子縁組の取消権、認知請求権等、
     A 離婚に伴う財産分与請求権、
     B 相続回復請求権、遺産分割請求権、相続の承認・放棄、遺留分減殺
      請求権等
    が当たるが、判例・通説は、離婚に伴う財産分与請求権は、協議・審判等
    によって権利内容が具体化した後は,代位権行使は可能であり(前掲最判
    昭和55・7・11)、Bの各権利についても、相続人がこれらの権利を
    行使するとの確定的意思を外部に表明したと認められる特段の事情があれ
    ば、代位の対象になり得るとする(遺留分減殺請求権につき、最判平成1
    3・11・22民集55・6・1033を参照)。
    また、
    イ 名誉棄損を理由とする慰謝料請求権
     も行使上の一身専属権に当たるが、債務者の慰謝料請求権を権利として
     行使する意思が客観的に明確になっている場合は(当事者の合意がある
     場合、債務名義がある場合、債務者が慰謝料を請求する旨の意思を明ら
     かにした場合等)、代位権の対象になる。
   5 債権者代位権は、債権者は、債務者の財産権を管理する権限を取得し、
    自己の名で債務者の権利を行使するものであり、代位債権者は、代位行使
    の相手方に対し、給付目的物を自己に引き渡すように請求することができ
    る(建物明渡請求権につき最判昭和29・9・24民集8・9・1658)。
     金銭が給付目的物である場合は、事実上の優先弁済効が生じることにな
    る。代位行使した私法上の効果は,直接債務者に帰属する。
   6 債権者が債務者の権利を行使し得るのは、債権の保全に必要な範囲に限
    られる。被保全債権が金銭債権の場合は、判例・通説によれば、債権者は
    自己の債権額の範囲内においてのみ債務者の債権を行使することができる
    (最判昭和44・6・24民集23・7・1079)。
   7 代位権者は、債務者の債権について管理権限を有するが,処分権限を有
    せず、債務者の債権を処分するような行為、例えば、債務の免除・放棄、
    支払猶予等をすることはできないので、本公正証書を作成するに当たって
    は注意を要する。
   8 相手方は、あたかも債務者自身がその権利を行使するのと同一の立場に
    立ち、債務者に対して有するすべての抗弁権を行使することができる。
   9 代位債権者は,執行証書に基づき,自ら執行債権者として執行すること
    ができる。なお、債権者代位による債務者(文例にいう「乙」)は、民事
    執行法23条1項2号の「債務名義に表示された当事者が他人のために当
    事者となった場合のその他人」に当たるが、上記債務名義には執行証書が
    除外されており(民事執行法23条1項本文)、該債務者は執行債権者に
    はなれない。
 


10 弁済期経過後の金銭消費貸借に係る債務弁済契約
 

(文例11)


  債務承認弁済契約公正証書

  第1条 債務者乙(以下「乙」という。)は、債権者甲(以下「甲」という。)
     に対し、平成○年○月○日(1)、次の債務を負担していることを承認し、
     同債務を以下の条項に従い弁済することを約し、甲はこれを承諾した。
                    記
       元金○○万円及びこれに対する平成○年○月○日から同○年○月○
      日(2)までの年○○パーセントの割合による利息金及び平成○年○月
      ○日(3)から完済まで年○○パーセントの割合による遅延損害金
      ただし、上記は乙が甲から平成○年○月○日付私署証書記載の金銭消費
      貸借契約に基づき同○年○月○日を弁済期として借受けた元金並びに利
      息金及び遅延損害金である。
  第2条 乙は、前条記載の金銭債務を直ちに支払う(4)。
  第3条 乙は、本件金銭債務を怠った場合は、直ちに強制執行に服する旨陳述し
     た。

   (注)
   (1)債務承認弁済契約日を記載する。
   (2)弁済期、又は期限の利益喪失日を記載する。
   (3)弁済期の翌日、又は期限の利益喪失日の翌日を記載する。
    (4) 参考事項2を参照。

   〔参考事項〕

  1 弁済期経過後の金銭消費貸借に係る債務弁済契約公正証書を作成することは
   可能である。もっとも、代理嘱託の場合、当初の金銭消費貸借契約に関する公
   正証書作成の委任状で債務弁済契約公正証書を作成できるかは議論のあるとこ
   ろである。一括弁済のような事案で、弁済期後の法律関係が当該委任状の内容
   から当然読みとれると評価できる場合(本文例はそのような事例でもある。)
   は積極に解してよいであろうが、分割弁済の事案で期限の利益喪失約款の定め
   がある等の場合は、公証人は期限の利益喪失の有無を確認することができず、
   当初の金銭消費貸借に関する委任状に基づき,期限の利益を喪失したことを前
   提とする債務弁済契約公正証書を作成することはできない。
    分割金を約定どおり支払っていることが確認できる場合は、当該委任状に基
   づき、「ただし、○月分は支払済み」と記載し,分割支払いの金銭消費貸借契
   約公正証書を作成することは可能である。
  2 弁済期は、「直ちに」とする事例が多い。弁済期を直ちにとする債務承認弁
   済契約は、金銭消費貸借契約と異なり有効である。
  3 弁済期を猶予した定めをすることも可能であるが、既に弁済期を徒過し,遅
   延損害金が発生していることからすれば,上記「弁済期」を定める意味は、当
   該期日までは,本件債務につき強制執行をしない「不執行の合意」をしたと解
   するのが相当である。この場合、例えば、「第○条 乙は、本件金銭債務を履
   行しなかったときは、直ちに強制執行に服する旨陳述した。ただし、甲は、乙
   が平成○年○月○日に第○条掲記の金銭債務を弁済するまでは、該元本債権に
   つき強制執行をしないことを乙と合意した」とすることが考えられる。
 


11 債務免除


(文例12―1)

   債務免除公正証書

   嘱託人甲(以下「甲」という。)が当事者外乙(以下「乙」という。)と締結
  した平成○年○月○日付金銭消費貸借契約に基づく残債務金○○万円を、本日、
  免除する。
 

(文例12―2)

   債務承認弁済契約公正証書(一部免除を含む。)

   第1条から第4条までは、文例2の第1条から第4条(債務の存在、内容)ま
  でと同一である。
   第5条 乙が、期限の利益を失うことなく、金○○万円を支払ったときは、甲
     は、乙に対し、本件その余の支払義務を免除する(1)(2)。
   第6条 乙は、本件金銭債務の支払いを怠ったときは、直ちに強制執行に服す
     る旨陳述した。


   (注)
   (1) 条件付き免除である。
   (2) 債務全額につき分割弁済の定めの記載をせず、債務免除をする額までの分
     割支払いを記載することもある(残額を翌月に支払う形式をとる。)。
      債務名義の有効性には差違がないが、債務全額につき、分割弁済の約定を
     記載する方が分かり易い。

   [参考事項]
   1  債権は債務者に対する債務の免除の意思表示によって消滅する(民519
    条)。免除は相手方のある単独行為である。公正証書にする場合は、債務者を
    当事者にするのが通常であろうが、債権者単独でも作成は可能であり、債権者
    は、免除後は、債務者に対し免除に係る債権を請求することはできないから、
    債務者を当事者としない免除公正証書(文例12―1)も意味がある。
   2 民法519条に規定する免除は、債権者の単独行為であるが、免除は契約に
    よってもできる。ただし、免除によって第三者に不当な不利益を与えることは
    許されない。免除される債権が差押えられ、又は、質権の目的となっている場
    合のように、第三者の権利の目的となっているときは、債権者・債務者間では、
    債権消滅の効果は生じるが、これをもって差押債権者又は質権者に対抗できな
    い。
   3 免除に、条件、期限を付けることはでき、実務上よく見られる。例えば、金
    ○○万円宛、3年間遅滞なく支払えば、残額は免除するという場合である。こ
    の場合、契約による場合が通例である。
   4 「債務者乙は債権者甲に対し、借受金○○万円の支払義務のあることを認め、
    内金○○万円を平成○年○月○日限り支払う。右期日までに前記内金の支払が
    完了したときは、残金の支払を免除する」との記載のみでは、内金の支払がな
    くても残金について執行することができないので、まず、例えば、「借受金○
    ○万円(全額)につき債務を認め、平成○年○月○日限り金○○万円(全額)
    を支払う」との条項を作成した上で、免除条項を作成することが必要である。
   5 債権者が連帯債務者の1人に対して免除した場合、例えば、債権者甲が連帯
    債務者乙、丙、丁に対し900万円の債権を有する場合に、甲が乙の債務を免
    除したときは、丙、丁も乙の負担部分300万円(負担分は平等とする。)を
    免れる(民437条)。この結果,丙、丁は600万円の連帯債務を負担する
    のみとなる。
 


【人的担保】


12(連帯)保証契約


(単純保証)

(文例13―1)

  金銭消費貸借契約公正証書(主たる債務と同一の公正証書による場合)

  第1条から第5条までは、文例1の第1条から5条(債務の存在、内容)までと同
 一である。
  第6条 丙(以下「丙」という。)は、乙の委託により、甲に対し、乙の甲に対す
    る前記債務について保証する旨約し、乙と連帯してこれを履行する(1)。
   2 丙は、催告及び検索の抗弁権を有するものとする(2)。
  第7条 (乙、丙に対し執行認諾約款) 省略

   (注)
  (1)「債務者と連帯して履行する責に任ずる」との条項は、履行責任を認めただ
    けに過ぎず、債務名義性に疑問を呈する見解もあるので、この表現は避け、
    「履行する」「支払う」とするのが相当である。
  (2)念のための記載である。記載する方が分かり易い。
 
(連帯保証)
(文例13−2)
第1条から第5条までは、文例1の第1条から5条(債務の存在、内容)までと同一である。
第5条 連帯保証人丙は、乙の委託により、甲に対し、乙の甲に対する前記債務について連帯して保証する旨約し、乙と連帯してこれを支払う。
第6条 (乙、丙に対し執行認諾約款) 省略
 
〔参考事項〕
1 保証契約の要式性
(1) 保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない(民446条2項)。書面上保証する旨の意思表示が記載されていれば、その方式は問わず、「保証書」とか「念書」などの標題で、保証人が債権者に書面を差し出す方式をとることも可能であり、契約の方式をとらなくともよいとする説と債権者と保証人との保証契約の方式をとる必要があるとの説がある。書面性を要求する趣旨からみて前説が相当と思われる。その書面は、保証人自身が作成したものであることが原則であるが、一般の契約と同様、代理人が作成したものでもよく、公証人が当事者の嘱託により保証契約又は保証契約を含む金銭消費貸借契約等の公正証書を作成した場合も、書面でしたといえることは勿論である。一般に、いわゆる「経営指導書」(債務者会社の親会社などが、債務者の経営に関し「健全な経営がなされるように指導する」というような文言を記載した書面)を保証契約書とみることはできない。
(2)公正証書の作成嘱託前に締結された保証契約につき作成嘱託された場合、該保証契約は書面が作成されていない場合には無効であるから、書面でなされているかどうか確認すべきである(原則として書面を提出させ確認すべきである。)。確認できなければ、公正証書作成時点で保証契約が成立した旨の公正証書を作成することになる。保証契約が口頭でなされた後に公正証書の嘱託がされた場合でも、公正証書が作成された時点で要式性を満たすことになり、該保証契約はその時点から有効になると解される。
2 保証債務の性質
(1) 保証債務の別個債務性
保証債務は、主たる債務と別個独立した債務であり、保証債務自体に違約金や損害賠償の予定をすることは差し支えない(民447条2項)。主たる債務についての執行認諾だけでは、保証人に対し執行することはできず、保証人に対し、保証債務の支払いを怠った場合は、直ちに強制執行に服する旨の執行認諾条項を付することにより、保証人に対し執行が可能となる。
(2) 附従性
保証債務は担保としての機能を果たすことから、主たる債務に従属し、次のような性質を持つ。
@ 成立における附従性:主たる債務が無効・取消された場合は保証債務も無効・消滅する。金銭消費貸借契約が無効・取消され、主たる債務である返還債務が不当利得返還債務に変わった場合でも、保証債務は無効・消滅し不当利得返還債務には及ばないと解される(最判昭和41・4・26民集20・4・849参照)。民法449条(行為能力の制限によって取消すことのできる債務の保証した者は、保証契約の時においてその取消しの原因を知っていたときは、同一の目的を有する独立の債務を負担したものと推定する趣旨の規定)は、附従性の例外を認めた規定である。将来の債務、条件付債務、将来増減する債務についても保証契約は成立する。
A 内容における附従性:保証契約締結時点で保証債務の内容が主たる債務よりも重い場合には、その内容は主たる債務の限度に減縮される(民448条)。保証契約締結後、主たる債務の内容が加重された場合、例えば、利息、損害金を加重した場合は保証債務に影響を及ばさない。逆に、軽減された場合は、保証債務はその内容に応じて変更される。弁済期が猶予された場合も、保証債務もそれに応じ変更される。
B 消滅における附従性:主たる債務が消滅すれば消滅する(なお、最大判昭和40・6・30民集19・4・1143は、「特定物の売買契約における売主のための保証人は、特に反対の意思表示がない限り、売主の債務不履行により契約が解除された場合における原状回復義務についても、保証の責に任じるものと解するのが相当である」と判示している。)。
(3) 随伴性
主たる債務の債権者が変更するときは(債権の相続、債権譲渡)、保証債務は主たる債務とともに当然に移転する。なお、債務者が変更した場合は、保証人の同意がない限り、保証契約は消滅する。
(4) 補充性(催告・検索の抗弁権)
  @ ア 催告の抗弁権:債権者が保証人に債務の履行を請求した場合、保証人は、原則として、まず主たる債務者に催告をすべき旨を請求することができる(民452条、催告の抗弁権)。催告の抗弁権を行使された債権者は、裁判外の催告をすれば足り、その結果を問わない。
    イ 検索の抗弁権:債権者が主たる債務者に催告をした後であっても、保証人が、主たる債務者に弁済をする資力があり、かつ、執行が容易であることを証明したときは、債権者は、まず主たる債務者の財産について執行をしなければならない(民453条、検索の抗弁権)。催告の抗弁権を行使しないで、直ちに検索の抗弁権を行使することもできる。
    A 保証人は、主たる債務者と連帯して債務を負担したときは、催告・検索の抗弁権を有しない(民454条)。債務が主たる債務者の商行為によって生じたものであるとき(例えば、会社が債務者の場合)、又は保証が商行為であるときは(例えば、保証人あるいは債権者が会社の場合)、主たる債務者及び保証人が各別の行為によって債務を負担したときであっても、その債務は、各自連帯して負担するものとされている(商511条2項)。
3 単純保証と連帯保証の異同
(1)主債務について生じた事由が全部保証人に及ぶことは単純、連帯保証も同様であるが、単純保証の場合、保証人について生じた事由は、弁済等の債務消滅行為のほかは主債務者に影響を及ぼさない。連帯保証の場合は、連帯保証人について生じた事由は、連帯債務者に関する規定(民434条ないし民440条)が準用され(民458条)、例えば、債権者の連帯保証人に対する請求が主債務者に対し効力が生じ、債権者が連帯保証人に請求すると、連帯保証債務のみならず、主債務の消滅時効も中断する。  
(2)公証実務で扱う保証は、連帯保証が大部分である。前記のように商法511条2項の適用される場合もあり、単純保証の場合には、そのことを明らかにするため催告及び検索の抗弁権を有する旨を記載しておくことも考えられる。また、委託による保証とそうでない保証とでは、求償権の範囲、事前求償権が可能か否かにつき差違があるので、委託による保証の場合には、「委託により」との文言を記載するのが相当であろう。
4 保証人たる資格
   債務者が保証人を立てる義務を負う場合には、保証人は、@行為能力者であること、A弁済をする資力を有することが要件とされ、保証人がAの要件を欠くに至ったときは、債権者は上記要件を具備する者に代えることを請求することができる。しかし、債権者が保証人を指名した場合には、上記要件は必要とされない(民450条3項)。上記@、Aの資格を充たす保証人を立てられないときは、債務者は、他の担保を提供してこれに代えることができる(民451条)。これができないときは、債務者は主たる債務につき、期限の利益を喪失する(民137条3号)。
5 貸金業法上の規制  
(1) 保証契約締結前の書面の交付
     貸金業者は、貸付けに係る契約について保証契約を締結しようとする場合には、当該保証契約を締結するまでに、貸金業法16条の2第3項(完全施行日までは、貸金業法16条の2第1項)の各号に定める事項(7号の内閣府令で定める事項は貸金業者の登録番号等である。)を明らかにし、当該保証契約の内容を説明する書面を当該保証契約の保証人となろうとする者に交付しなければならない。
(2) 保証契約締結時の書面交付
   貸金業者は、貸付けに係る契約(極度方式基本契約を除く。)について保証契約を締結したときは、遅滞なく、内閣府令で定めるところにより、当該保証契約の内容を明らかにする事項で貸金業法16条の2第3項各号に掲げる事項及び貸付けに係る契約の内容を明らかにする貸金業法17条1項各号掲げる事項について記載した書面を当該保証人に交付しなければならない(貸金業法17条3項、同条4項)(完全施行日前も同法17条3項、4項)(同法施行規則13条1項各号)。なお、極度方式保証契約については、貸金業法17条5項を参照。
(3) (1)(2)につき、完全施行日以後は、書面に記載すべき事項については、8ポイント以上の大きさの文字を用いる必要がある(同法施行規則13条15項)。上記保証契約につき公正証書を作成した場合は、公正証書に上記(2)記載の事項を全部記載し保証人に交付すれば、上記書面の交付に代えることができるが、通常は公正証書に全部を記載されることはないであろう。
貸金業者から、本嘱託がなされた場合、前記(1)の義務が履行されているか否かを確認すべきであり、履行されていなければ、上記説明をするように指導すべきである。
    本各条項に違反した場合は、1年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金に処せられ、又はこれが併科される(貸金業法48条1項3号の2)。
6 利益相反行為
  文例1の参考事項7を参照。
 

13根保証契約
(貸金等連帯根保証契約)
(文例14)
貸金等連帯根保証契約公正証書
 保証人丙(以下「丙」という。)は、債務者乙(以下「乙」という。)が債権者甲(以下「甲」という。)と別途締結した銀行取引約定書第○条に規定する取引によって甲に対して現在及び将来負担する一切の債務(以下「主債務」という。)について、乙と連帯して根保証債務を負い、その履行については上記の銀行取引約定書の各条項のほか、次の条項に従うものとする。
第1条 (主債務の存在、内容) 省略(1)
第2条 丙は、甲に対し、主債務につき、極度額○○万円、元本確定期日○年とする貸金等連帯根保証をする旨約し、乙と連帯してこれを支払う。
2 丙は、前項の保証債務の履行を遅滞した場合には、遅滞した日の翌日から支払済みまで年○パーセントの割合による遅延損害金を甲に対して支払う。
第3条 主債務について第三者の保証がある場合、当該第三者の保証債務と丙の保証債務とは別個独立したものとし、丙は、当該第三者がその保証債務を履行しないときにもこの保証債務を免れず、また、当該第三者がその保証債務を履行したときにもこの保証債務は減額されない。
第4条 主債務に係る乙の取引が複数存する場合、甲は、丙に対して、極度額の限度で、当該各取引のどの部分について保証履行を請求するかをその裁量により決定することができる。丙及び乙は、甲の当該決定に対して何らの異議を述べない。
第5条 (主債務につき期限喪失約款等) 省略(2)
 
(注)
(1) 主債務の存在、内容が明らかでなければ、保証債務が存在し、内容も明らかにならないので、公正証書に記載することが必要である。
(2) 根保証は「金額の一定性」がなく、執行認諾はつけられないことに注意。
[参考事項]
 1 根保証契約については、「民法の一部を改正する法律」(平成16年法律第147号)により、貸金等根保証契約に関する規定が新設された。
   根保証とは、銀行と商人間の手形取引、当座貸越取引等の継続的な取引の過程において、債務が増減変更することが予定される場合のように、一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約をいう。
貸金等根保証契約とは、@一定の範囲に属する不特定の債務(一般には、根抵当権の「一定の範囲に属する不特定の債権」と同義であり、特定の継続的取引契約から生じるものや一定の種類の取引から生じるものを意味するが、「債務者の債権者に対する一切の債務」もこれに当たる。)を主たる債務とする根保証契約であること、A主債務の範囲に金銭の貸付け又は手形の割引を受けることによる債務を含むこと(「金銭の貸渡し」は金銭消費貸借契約がその代表であるが、準消費貸借契約、債務承認弁済契約も含まれる。「手形の割引を受ける債務」とは、手形買戻債務を指す。支払いのために、あるいは支払いに代えて手形を振り出すことはこれに当たらない。)、B保証人が法人でないことが要件である。
2 貸金等根保証契約は、書面で極度額を定めなければ、その効力を生じない(民465条の2第3項、同446条2項、3項)(もっとも、貸金等根保証契約自体書面でする必要があり、その書面に極度額の定めを記載すればよく、それが通常であろう。)。貸金等契約の根保証人は、主債務の元本、利息、違約金、損害賠償その他主債務に従たるすべてのもの及び保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額につき、極度額を限度として責任を負う。主債務を元本のみに限定し、その利息、遅延損害金について保証債務を負担させない特約は有効である。明文の規定はないが、極度額を書面で変更することは可能である。
3 元本確定期日
(1)「元本確定期日」とは、保証期間と同義であり、主債務の元本の確定すべき期日をいう(平成21年10月18日を元本確定期日とした場合には、平成21年10月17日の経過(同月18日午前0時)をもって元本が確定する。)。
   元本確定期日を定めることは不可欠の要件ではない。元本確定期日を定める場合は、保証契約締結の日から5年を経過する日以前の日として定めれば有効であるが、元本確定期日がその貸金等根保証契約の締結の日から5年を経過する日より後の日と定められているときは、その元本確定期日の定めは無効とされ(民465条の3第1項)、元本確定期日の定めがないものとされる(民465条の3第2項)。なお、元本確定期日の定めは、書面又は電磁的記録によらなければその効力がない(民465条の3第4項、同446条2項、3項)。
   合意による元本確定期日の定めがない場合(その定めが効力を生じない場合を含む。)には、元本確定期日は、当該貸金等根保証契約の締結の日から3年を経過する日とされる(民465条の3第2項)。
 (2)  元本確定期日を変更する場合には、変更後の元本確定期日がその変更をした日から5年を経過する日より後の日となるときは、その元本確定期日の変更は、その効力を生じない。ただし、元本確定期日の前2箇月以内に元本確定期日の変更をする場合において、変更後の元本確定期日が変更前の元本確定期日から5年以内の日となるときは、この限りでない(民465条の3第3項)。なお、元本確定期日が到来したときは、自動的に更に5年後の期日が元本確定期日となるというような、自動延長特約は無効である。
    元本確定期日の定めと同様、その変更も書面によらなければ、原則としてその効力を生じない。
 (3)  前記(1)以外に、民法456条の4の各号は、主債務者又は保証人が破産手続開始の決定を受けた場合等法定元本確定事由を規定している。この法定元本確定事由は、当事者間の特約で排除することはできないが、法定元本確定事由以外の事由を主債務の元本確定事由とすることは可能である。例えば、特約により、債権者の死亡や、債務者又は保証人が民事再生手続開始の決定を受けたことなどを元本確定事由とすることは許される。
4 元本確定前に保証人に対し履行請求できるかについては、@根保証は、基本の取引関係から生ずる増減変動する一団の債務を全体として保証するものであるから、特約(本文例第3条)がない限り、元本確定前は基本の取引契約から発生する個々の債務について、債権者は保証人に対して保証債務の履行を請求することができないとする消極説と、A「元本確定」の意義は、それ自体は、その後において発生する債権は担保される債権とはならないことを意味し、元本確定前に保証人に履行請求できるかどうかとは直接関係ないこと、民法465条の4第1号は、元本確定前においても、債権者が保証人に対し強制執行の申立てをすることができること旨規定していることから、債権者は、元本確定前においても、保証人に対して保証債務の履行を請求することができ、保証人が保証債務を履行したときは、当然にその極度額から当該弁済額を控除することになるとする積極説とが考えられる。両説考えられるところであり、公証人としては、いずれにしろ、事前に嘱託人に上記の点を説明し、確定前に保証人に対して履行請求できるかどうか明確にし、履行できるかどうかの規定を設け、更に、履行請求できる場合は、当該弁済額が極度額から控除されることも規定すべきである、本文例第3条は、上記の点を明記したものである。
 5 貸金等根保証契約の当事者である保証人ではないが、根保証人の主債務者に対する求償権についての個人保証人も同様に保護する必要があることから、民法465条の5によれば、@主債務の範囲に貸金業等債務が含まれること、A 当該根保証契約の保証人が法人であること、B 貸金等根保証契約に極度額の定め又は元本確定期日の定めがないこと、又は元本確定期日の定め若しくはその変更が民法465条の3第1項若しくは3項の規定を適用するとすれば効力を生じないものであるときは、その法人根保証人の主債務者に対する求償権についての個人を根保証人とする保証契約(求償権保証契約)は、効力を生じない。
 
(非貸金等連帯根保証契約)  
(文例15)
非貸金等連帯根保証契約公正証書
保証人丙(以下「丙」という。)は、債務者乙(以下「乙」という。)が債権者甲(以下「甲」という。)と別途締結した銀行取引約定書第○条に規定する取引によって甲に対して現在及び将来負担する一切の債務(以下「主債務」という。)について、乙と連帯して根保証債務を負い、その履行については上記の銀行取引約定書の各条項のほか、次の条項に従うものとする。
第1条 (主債務の存在、内容) 省略
第2条 丙は、甲に対し、主債務の元本、利息、違約金、損害賠償金につき限度額○○万円とする連帯根保証契約をする旨約し、乙と連帯してこれを支払う。
2 丙は、前項の保証債務の履行を遅滞した場合には、遅滞による損害金(年14パーセント)を前項に定めた限度額にかかわらず、甲に対して支払う。
第3条 乙が弁済期の到来した債務の履行を怠った場合、又は乙及び丙が本銀行取引契約に違反した場合は、甲は、他の担保の存在の有無を問わず、丙に対してその都度直ちに債務の全部又は一部の請求ができるものとする。ただし、その債務の合計額が前条に定める限度額を超えないものとし、限度額は、丙の保証債務の履行により、又は丙の提供した他の担保の実行によりその限度で当然に消滅するものとする。
第4条 主債務に係る乙の取引が複数存する場合、甲は、丙に対して、限度額の限度で、当該各取引のどの部分について保証履行を請求するかをその裁量により決定することができる。丙及び乙は、甲の当該決定に対して何らの異議を述べない。
第5条 (主債務につき期限喪失約款) 省略
 
[参考事項]
 1 民法465条の2以下の規定は、同条1項に定める貸金等根保証契約に限って適用される規定である。貸金等根保証契約に該当しない根保証契約(例えば、保証人が法人である場合、主債務の範囲に貸金等が含まれない場合等)(以下「非貸金等根保証契約」という。)には適用されない。非貸金等根保証契約も書面でされる必要はある(民446条2項)。
2 根保証は、基本の取引関係から生ずる増減変動する一団の債務を全体として保証するものであるから、本文例第3条のような特別の定めがない限り、基本の取引関係が継続している間は、その取引の過程において発生する個々の債務について、債権者は保証人に対して保証債務の履行を請求することができない。債権者と債務者との間の基本の取引関係が終了した場合又は保証人の保証期間が終了した場合において、始めて保証債務の履行を請求することができると解される。
   本文例第3条は、基本の取引の過程において発生する個々の債務についても保証の責めに任ずる旨特約したものである。このような特約をすることは、前記のように根保証契約の場合でも妨げない。
 3 根保証契約が有効に成立するには、保証債務の範囲を確定できる基準が示されることが必要であるが、その基準は、根抵当の場合より緩やかでよく、また、保証する期間、限度額を定めることも要件とはされていない(最判昭和33・6・19民集12・10・1562)。しかし、限度額を定めない場合でも、保証人の責任が無限に及ぶわけではなく、当該保証契約のされた事情、保証される取引の実情などを考慮して合理的な制限を加えて解釈されるので、保証人はその限度において責任を負うことになる(大判昭和13・12・28判決全集6・4・33)。
 4 保証人が責任を負うべき限度額が定められているときは、保証人が責任を負うべき時点において存在する債務の全部について、保証限度額の範囲内で責任を負うことになる。残存債務額が保証限度額を超えるときは、一種の一部保証の関係になる。
 5 保証期間が定められていない場合には、保証人は、保証契約締結後相当の期間を経過したときは、一方的に保証契約を解約することができる(大判昭和7・12・17民集11・22・2334)。これは任意解約権と呼ばれ、解約の申し入れによって直ちに効力を生ずるのではなく、相当の期間(債権者が債務者に対して他の担保を供することを要求するかどうかなどを考慮するに必要な期間)を経過することによってその効力を生じ、保証人は、その後の取引について責任を負わない(大判昭和9・2・27民集13・3・215)。
   保証期間の有無にかかわらず、債務者の資産状態が急激に悪化したなど保証契約締結の際には予測できなかったような特別の事情があれば、相当の期間を経過しなくても保証人が一方的に解約することができる。これは特別解約権と呼ばれ、原則として予告期間を置くことなく直ちに効力を生ずる(大判昭和9・2・27民集13・3・215)。最判昭和39年12月18日(民集18巻10号2179頁)も、「期間の定めのない継続的保証契約は、保証人の主債務者に対する信頼が害されるに至った等保証人として解約申し入れをするにつき相当の理由がある場合には、上記解約により債権者が信義則上看過できない損害を被るような特段の事情がある場合を除いて、保証人から一方的に解約することができる」旨判示する。
6 責任の限度額及び保証期間の定めのない根保証における保証人たる地位ついては、特段の事情のない限り、相続性を認めないのが、判例(最判昭和37・11・9民集16・11・2279)・通説である。 
7 保証期間が定められている場合に、債権者と主債務者だけの契約で基本の取引契約の存続期間が延長されたときは、延長後に発生した債務について保証人は責任を負わない。しかし、債権者と主債務者との基本の取引契約に当初から特別の事情がない限り期間を更新する旨の特約があり、保証人がその特約のあることを承知していて、期間が更新された場合は、更新後の取引について発生した債務についても保証人が責任を負うことになるとの説がある。
8 保証債務の履行を確実にするためには、その不履行の場合の違約金の定め又は損害賠償の額を予定することができる(民447条2項)。この場合でも、主たる債務が未だ発生しておらず、したがって保証契約も現実に発生していないので、違約金等につき強制執行認諾条項を付することはできない。
 

14共同保証契約(保証人を追加する場合も含む。)
(一個の契約で共同保証をする場合)
(文例16―1)
共同保証契約公正証書
第○条 共同保証人丙及び同丁は、甲に対し、債務者乙の債権者甲に対する前記債務について保証する旨約し、これを支払う(注)。
(注) 共同保証人間に連帯関係がある保証連帯の場合は、「共同保証人丙及び同丁は、連帯して、甲に対し、債務者乙の債権者甲に対する前記債務について保証する旨約し、これを支払う」等とする。また、共同保証人の各自が主たる債務者と連帯する場合は、「共同保証人丙及び同丁は、甲に対し、債務者乙の債権者甲に対する前記債務について連帯して保証する旨約し、これを連帯して支払う」とする。参考事項3を参照。
 
(保証人を追加する場合)
(文例16―2)
第1条 共同保証人丁(以下「丁」という。)は、債務者乙(以下「乙」という。)の委託により、甲に対し、平成○年○月○日、乙(住所××)(1)が債権者甲(以下「甲」という。)に対して負担する下記債務につき連帯して保証する旨約し、乙と連帯してこれを履行する。
     被保証債務の表示
 (1) 債務額 金○○万円
   ただし、平成○年○月○日○○法務局所属公証人○○作成同年第○号債務弁済契約公正証書記載の契約に基づいて負担する債務元本
 (2) 弁済期 平成○年○月○日
 (3) 利息 年○パーセント、毎月末日限りその月分を持参又は送金して支払う。
 (4) 遅延損害金 年○パーセント
 (5) 乙は、次の事由が生じたときは、期限の利益を失い、直ちに上記(1)の債務及び同(3)の既発生の利息(いずれも既払分を控除する。)を支払う。
(各号省略)
(6) 連帯保証人丙は、乙と連帯して、本件金銭債務を支払う(2)。
(7) その他の契約条項は、前記公正証書記載のとおりとする。
第2条 (丁に対し強制執行認諾条項) 省略
 
(注)
(1) 債務者(乙)が当事者にならない場合は、住所等を記載し特定することが考えられる。本件は原公正証書記載の債務者であるので、敢えて住所等を記載しなくても特定は可能である。
(2) 誰と共同保証であるか明確にするためであるが、丁に対する執行証書を作成するための必要的記載事項ではない。
[参考事項]
 1 共同保証とは、一個の債務について複数の保証人がいる場合であり、一個の契約で複数の者が同時に保証人になる場合と一部の者が後から保証人になる場合等がある。各共同保証人は、原則として、分別の利益を有し、主たる債務の額を保証人の頭数で割った額についてのみ保証債務を負担する(民456条)が、@主たる債務が不可分債務である場合(民465条1項)、A共同保証人間で各人が全額を弁済するとの特約がある場合(保証連帯)(いずれも連帯保証ではないから、補充性はあり、各保証人は催告・検索の抗弁権を有する。)(民465条1項)、B共同保証が連帯保証の場合は、分別の利益を有しない。
2 共同保証人間でも求償することが認められており、@分別の利益のない保証人間の場合は、連帯債務者の求償に関する規定(民442条から同444条)が準用される(民465条1項)が、弁済額が自らの負担部分を超えることが必要とされている(連帯債務者間の求償とは異なる。)。後記Aの場合と異なり、弁済時からの利息、費用及び損害賠償を請求できる。A分別の利益のある保証人間では、自己の負担部分を超えて弁済すれば、委託のない保証の規定(民462条)に従って求償がなされる(民465条2項)。
3 保証契約は債権者との間の契約であるから、保証人追加の契約においても債務者あるいは他の保証人の参加・同意を要しない。共同保証であることを示すため、共同保証人丁とする表示する方が分かり易いであろう。また、保証連帯の場合は、連帯保証と区別するため、誰と連帯するかを明確にする。例えば、「共同保証人丙及び同丁は連帯して、・・の債務につき保証し」あるいは「共同保証人丙及び同丁は、・・の債務につき保証連帯し」とするとよい。
 4 保証人の追加の場合、新保証人において原公正証書の各条項を承認する旨の記載があっても、それだけでは執行を認諾したことにはならないから、強制執行認諾条項を新たに付することが必要である。また、強制執行の対象たる債務にするには、当該公正証書にその内容を具体的に記載する必要があり、保証人追加契約公正証書には主たる債務の弁済方法に関する給付内容を具体的に表示し(原公正証書中債務弁済方法に関する部分の写しを作成し、追加契約公正証書の一部として引用するのも1つの方法である。)、強制執行認諾条項を付する必要がある。
 

15 一部保証契約
(一部保証契約)
(文例17―1)
一部保証契約公正証書
第1条から第5条 文例2の第1条から第5条まで(主債務の存在、内容等)と同一である。
第6条 連帯保証人丙(以下「丙」という。)は、債権者甲(以下「甲」という。)に対し、甲の債務者乙(以下「乙」という。)に対する前条各記載の債務を金○○万円の限度で連帯して保証する旨約し、乙と連帯してこれを支払う。なお、丙は主債務が残存する限り保証人としての責任を負うものとする。
第7条 乙及び丙は、本件金銭債務の支払いを怠ったときは、直ちに強制執行に服する旨陳述した。
 
(割合保証)
(文例17―2)
割合保証契約公正証書
第1条から第5条 文例1の第1条から第5条まで(主債務の存在、内容等)と同一である。
第6条 連帯保証人丙(以下「丙」という。)は、債権者甲(以下「甲」という。)に対し、債務者乙(以下「乙」という。)が甲に対して負担する前条各記載の債務(以下「主債務」という。)を同債務の○○パーセントの限度で連帯して保証する旨約し、乙と連帯してこれを支払う。なお、主債務が乙の弁済等で一部消滅した場合は、弁済額につき丙の負担割合に応じた部分は保証債務の弁済に充てられたものとする。
第7条 主債務について第三者の保証がある場合、当該第三者の保証債務と丙の保証債務とは別個独立したものとし、丙は、当該第三者がその保証債務を履行しないときにもこの保証債務を免れず、また、当該第三者がその保証債務を履行したときにもこの保証債務は減額されない。
第8条 丙が本件保証債務の履行を遅延したときは、年○パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
第9条 (乙及び丙に対し強制執行認諾条項) 省略
 
[参考事項]
1 一部保証とは、主債務の一部を保証するものである。そのうち、限度額保証は、主債務額のうち一定金額部分について保証する契約である。例えば、主債務額金100万円のうち60万円について保証することを約する場合である。この場合に、40万円の範囲で主債務者の任意弁済又は債権者の主債務者の財産に対する執行により弁済されたときに、保証人の責任がどの範囲で残存しているかが問題となるが、特段の合意がない場合には、残存債務がある限り、60万円の範囲内で責任を負うと解するのが、当事者の意思に合致するものと考えられるが、できるだけその責任の範囲を契約等で明確にしておくことが望ましい。
2 割合保証は、債務の一定割合を保証するもので、本人の弁済や担保による回収、相殺の場合等の充当関係について、次の3つの種類がある。すなわち、@ 保証部分から充当するもの(保証優先型)、A 非保証部分から充当するもの(保証劣後型)、B 債権者と保証人(ないし複数の割合保証人間)で保証割合により分け合うもの(保証保険型)があり、Bが当事者の意思に合致するものと考えられるが、前記と同様にどの型によるかその責任の範囲を契約等で明確にしておくことが望ましい。
  

16 保証契約に関する各種の特約
(文例18)
第○条 保証人は、債権者がその都合によって担保若しくは他の保証を変更、解除しても、免責を主張しない(民504条、同500条)。
第○条 保証人は、債務者の債権者に対する預金その他の債権をもって相殺をしない(民458条、同436条)。
第○条 保証人がこの保証債務を履行した場合、代位によって債権者から取得した権利は、債務者と債権者との取引継続中は債権者の同意がなければこれを行使しない。もし債権者の請求があれば、その権利又は順位を無償で譲渡する(民500、同501条)。
第○条 保証人が債務者と債権者との取引について他に保証している場合には、その保証はこの保証契約によって変更されないものとし、また、他に極度額の定めのある保証をしている場合には、その保証極度額にこの保証の額を加えるものとする。保証人が債務者と債権者との取引について、将来他の保証をした場合にも同様とする。
 
[参考事項]
1 前記の各特約を組み合わせる場合もある。 
2 民法500条の規定により代位をすることができる者がある場合において、債権者が故意又は過失によってその担保を喪失し、又は減少させたときは、その代位をすることができる者は、その喪失又は減少によって償還を受けることができなくなった限度において、その責任を免れるが(民504条)、保証人に対する関係における債権者の担保保存義務を免除し、又は保証人が民法504条によって享受すべき利益をあらかじめ放棄する旨を定めた特約は有効である(最判昭48・3・1金法679・34)。
3 「債権者の請求があれば、その権利又は順位を無償で譲渡する」旨の代位権譲渡等の特約は銀行取引約定書等にみられる。一般的には、債権者の地位を害するような保証人の行為を制限するのであるから、やむを得ないものとされているが、保証人の保護の観点から信義則によって特約の効力を制限すべきとの見解もある。公証人としては、問題点を指摘し、当事者間に異論がなければ、前記特約を公正証書に記載することもやむを得ないであろう。
 

17 身元保証契約
(文例19)
 使用者甲(以下「甲」という。)は、平成○年○月○日、当事者外乙(以下「乙」という。)と雇用契約を締結するに当たり、同日乙の身元保証人丙(以下「丙」という。)と以下の条項に従い身元保証契約を締結する。
第1条 丙は、甲がその業務のために使用する乙が雇用契約上の義務に違反し、又は故意若しくは過失によって甲に損害を与えたときは、その損害を乙と連帯して賠償する。
第2条 本契約の存続期間は、契約成立の日から○年間とする。ただし、更新することができる。
第3条 甲は、次の場合には遅滞なく丙に通知するものとする。
  @ 乙に業務上不適任又は不誠実な事跡があり、そのために丙の責任を惹起するおそれがあることを知ったとき。
  A 乙の任務又は任地を変更し、そのため乙の責任が加重されたとき。
第4条 次の各号の1つにでも該当した場合は、丙は本契約を解約することができる。
   @ 丙が甲から前条の通知を受けたとき。
   A 丙が自ら前条各号の事実を知ったとき。
   B 丙と乙との養親子関係が解消したとき。
   C 丙の身上に変化があり、その資産状態が著しく悪化したとき。
 
[参考事項]
1 被用者の行為によって使用者が受けることがある損害を担保するための物的・人的の方法は、その方法としては、@身元保証、A身元引受、B身元保証金が考えられる。
  身元保証は、被用者が雇用契約上損害賠償債務を負担する場合にこれを賠償することを約する契約である。一種の将来の債務の保証である。
  身元引受は、被用者が損害賠償債務を負う場合はもちろん、それ以外にも、およそ被用者故に使用者が損害を被ったという場合(例えば、被用者の病気の場合)には、それをすべて引き受けるという一種の損害担保契約(独立的保証契約)である。現代においては、附従的保証たる性質を有する身元保証が原則的であるといわれている。
  身元保証金は、雇用契約に関連して被用者が使用者に被らせる損害の賠償を確保するため、あらかじめ被用者又は第三者から使用者に交付する金銭又は有価証券をいう。民法629条2項は「身元保証金」について触れているが、実際に行われることはほとんどないようである。
2 身元保証ニ関スル法律(身元保証法)は、「引受、保証其ノ他名称ノ如何ヲ問ハズ期間ヲ定メズシテ被用者ノ行為ニ因リ被用者ノ受ケタル損害ヲ賠償スルコトヲ約スル」身元保証契約につき、規定している。
  判例(大判昭18.9.10民集22・948)は、身元保証契約は、身元保証人と本人との相互の信用を基礎とするとして成立し、存続すべきものであるから、特別の事情のない限り、当事者本人と終始すべき専属的性質を有するものであるとの理由により、身元保証責任の相続性を否定している。なお、最判昭和60年5月23日(民集39巻4号972頁)は、身元保証人相互間の求償関係について、「連帯保証の性質を有する身元保証をした甲乙2名のうち甲のみにつき身元保証に関する法律5条に基づいて賠償額が定められ、甲がこれを弁済したのち乙に求償請求をした場合には、裁判所は、同条により乙の賠償額を定め、これと甲の賠償額との合算額が主債務額を超えているときにおいてのみ、甲の弁済額のうち、主債務額をそれぞれの賠償額に応じて按分した甲の負担部分を超える金額について、甲の請求を認容すべきである」としている。
3 契約において保証期間を定めていないときは契約成立の日から3年間(被用者が商工業見習者の場合は5年間)に限りその効力を有する(身元保証法1条)。契約で期間を定める場合は、5年を超えることができず、5年を超える期間を定めたときは、5年に短縮される(同法2条1項)。
  また、身元保証契約は更新することができるが、更新後の期間は5年を超えることができない(同条2項)。
   更新の予約、例えば、期間満了の何か月前に又は満了に際し、別段の意思表示をしなかったときは、当然に更新の効力を生ずるという特約は、同法2条1項の趣旨に反する特約として、片面的強行規定(同法6条)に反するものとして無効と解される。身元保証人としては、期間満了を失念するとか、本人に対する影響を考えて別段の意思表示をすることを躊躇するなどにより、全く自由な立場で更新すべきかどうかの判断をすることができないと考えられるからである。
4 使用者は、次の場合には、遅滞なく身元保証人に通知しなければならない(同法3条)。身元保証人をして、適時に解約権を行使する機会を与えるためである。
  @ 被用者に業務上不適任又は不誠実な事跡があり、そのために丙の責任を惹起するおそれがあることを知ったとき。
  A 乙の任務又は任地を変更し、そのため乙の責任が加重されたとき。
5 身元保証人は、上記の通知を受けたとき又は自らその事実を知ったときは、将来に向かって身元保証契約を解約することができる(同法4条)。
 

18 求償権
(文例20―1)
 保証委託及び求償権の行使等に関する契約公正証書(事前、事後の求償権を含む。)
第1条(保証委託)
 債務者乙(以下「乙」という。)は、平成○年○月○日、債権者甲(以下「甲」という。)から後記表示(省略)の金銭消費貸借契約に基づき金員を借り受ける(以下「原債務」という。)に当たり、平成○年○月○日、連帯保証人丙(以下「丙」という。)に対し、丙が原債務について連帯保証することを委託し、丙はこれを受託した。
第2条(連帯保証)
 丙は、甲に対し、平成○年○月○日、原債務について連帯保証する旨約し、乙と連帯してこれを支払う。
第3条(事前通知の省略)
 丙は、乙に通知、催告することなく、甲に対し、保証債務を履行し、原債務を代位弁済することができる(1)。
第4条(事後求償権)
 丙が乙のために保証債務を履行し原債務を代位弁済したときは、乙は、丙に対し、丙の代位弁済金及びこれに対する代位弁済の日の翌日から支払済みまで年18、25パーセントの割合による遅延損害金並びに丙が保証債務を履行するために要した費用(2)を支払う。
第5条(事前求償権)
 主債務が弁済期にあるとき、又は乙が原債務について期限の利益を失い残存債務の全部を弁済すべきときは(3)、丙は、乙に対し、原債務を代位弁済する前であっても、原債務の全額及び遅延損害金について求償権を行使することができ、乙は、丙に対し、直ちに上記求償金全額を支払う。
第6条(抵当権設定)
 乙は、丙に対し前2条の求償権を担保するため、乙所有の後記表示(省略)の不動産について抵当権を設定することを承諾し、上記不動産について直ちに抵当権設定登記手続をする。
第7条(丙の事後通知義務)
 丙は、甲に対し乙のために原債務を代位弁済したときは、直ちに、その旨を書面で乙に通知しなければならない。
第8条(乙の事後通知義務)
 乙が甲に対し原債務の全部又は一部を弁済したときは、乙は、直ちに、その旨を書面で丙に通知しなければならない。
第9条(執行認諾)
 乙及び丙は、本公正証書に定める金銭債務の履行を怠ったときは、直ちに強制執行に服する旨を陳述した(4)。
(注)
(1) 参考事項9を参照。
(2) 弁済費用、弁済のために送金した費用等が当たる。
(3) 原債務に期限の利益喪失条項が付されている場合を前提とする。
(4) 連帯保証人丙は、執行債権者(事前求償権者)であるともに執行債務者(連帯保証人)である。
 
(文例20―2) 
保証債務を履行し、主債務を弁済した保証人丙は、債権者甲が債務者乙に対し有する保証の対象債権及びその担保権を当然取得し、求償権の範囲内で、乙に対し、取得した上記権利に基づき権利を行使する場合
第○条(原債権の代位取得)
 第4条に定めるところにより保証人丙が保証債務を履行したときは、丙が債務者乙に対して取得した求償権の範囲で、債権者甲が乙に対して有する第1条に記載する債権を当然に取得する。
 
(文例20―3)
 原債務について担保を徴し、法定代位により原債権及びその担保権を行使するについて求償権の範囲及び代位割合について特約を付す場合(契約当事者として、保証委託契約の当事者(甲、乙、丙)のほか原債務についての保証人(以下「丁」という。)及び物上保証人(以下「戊」という。)が加わる。)
第○条(代位割合についての特約)
   連帯保証人丙(以下「丙」という。)が債務者乙(以下「乙」という。)のために保証債務を履行し原債務を代位弁済したときは、丙は、第4条の求償権の範囲内で、原債権及びその担保権の全部について代位しこれらを行使することができ、丁及び戊は、これに同意する。
(文例21)
求償債務履行に関する契約公正証書
(求償債務履行の合意)
第1条 債務者乙(以下「乙」という。)が、平成○年○月○日、債権者甲(以下「甲」という。)から後記表示(省略)の金銭消費貸借契約により金員を借り受ける(以下「原債務」という。)に当たり、乙の委託で保証人丙(以下「丙」という。)が連帯保証をしたので(1)、丙の乙に対する事前及び事後の求償権について、次条以下の契約をする。
(事後求償権)
第2条 丙が乙のために保証債務を履行し原債務を代位弁済したときは、乙は、丙に対し、丙の代位弁済金全額及びこれに対する代位弁済の日の翌日から支払済みまで年18、25パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
(事前求償権)
第3条 原債務が弁済期にあるとき、又は乙が原債務について期限の利益を失い残存債務の全部を弁済すべきときは、丙は、乙に対し、原債務を代位弁済する前であっても、原債務及び遅延損害金について求償権を行使することができ、乙は、丙に対し、直ちに右求償金額を支払う。
(連帯保証)
第4条  連帯保証人丁(以下「丁」という。)は、平成○年○月○日、丙に対し、前2条の求償権について連帯保証し、乙と連帯して上記求償債務を支払う。
2 丁は、原債務を代位弁済した場合でも、丙に対しては求償権の行使をしない(2)。
(注 丁は、原債務についての連帯保証人でもある。)
(丙の事後通知義務)
第5条 文例20―1の第7条に同じ
(乙の事後通知義務)
第6条 文例20―1の第8条に同じ
(執行認諾)
第7条 乙及び丁は、本公正証書に定める金銭債務の履行を怠ったときは、直ちに強制執行に服する旨を陳述した。
(注)
(1) 既に甲丁間で連帯保証契約がなされている。
(2) 共同保証人間で求償権(民465条)を放棄することは可能である。
 
[参考事項]
1 事後求償権につき執行力を付与することができるかどうかは対立がある。裁判例の多くは消極説を採り、その理由の概略は、「執行証書の要件である「金額の一定性」(民執法22条5号)を充たすには、その証書に金額を明記してあるかあるいは証書自体によりその数量を算出し得る場合が必要であるところ、事後求償権は、受託者である保証人が将来、主債務を弁済したとき請求できるものであるから、公正証書作成時点では、保証人が幾ら弁済するか不明であり、具体的な金額は明らかでなく、これを記載することができない。執行文付与の段階で金額は確定できるが、金額の一定性は執行証書の要件であるから、その要件の不備を執行文付与の段階で補うことはできず、また、執行文付与機関に弁済の有無、額を判断させるのも相当ではない」というにある。
  これに対し、積極説は、「求償債権の発生の基礎となる法律関係は存在し明確であること及び求償債権額の上限は主債務の全額であり、その意味では「定まった額」といえ、執行債権の具体的金額は執行文付与に際し債権者が証明すれば足り、積極説を採っても、実務上執行の障害となり、債務者の保護に欠けることにはならない」とする。
  理論的には、どちらの説も採りうるが、前記のように裁判例の多くは消極説を採っている現状では、実務上は執行できない証書の作成を避けるためには、事前求償権(後記のように「金額の一定性」は問題がない。)及び事後求償権双方に関する公正証書を作成する方法により対処するのが相当である(事後求償権は法律上当然発生するが、それを明確に公正証書に記載すること、特に、その範囲、例えば、遅延損害金を定めることは意味のあることである。)。
2 事前求償権については、その基礎となる法律関係は、保証委託契約と保証契約の成立によって既に存在しており、請求の一定性も問題はなく、執行力を肯定するのが、判例・通説である。
3 最判昭和60年2月12日(民集39巻1号89頁)は、求償権の時効起算点を判断するにあたり、「主たる債務者から委託を受けた保証人が、主たる債務者に対し、民法459条1項前段若しくは同法460条の規定又は主たる債務者との合意に基づき、いわゆる事前求償権を取得した場合であっても、右保証人が弁済その他自己の出えんをもって債務を消滅させるべき行為をしたことにより同法459条1項後段の規定に基づいて取得する求償権の消滅時効は、右行為をした時から進行するものと解すべきである」と判示し、事前求償権と事後求償権は別個の権利であるとしている。この両者の関係をどのように解するかは、上記判決の直接判断するところではないが、事前求償権は、事後求償権が発生しても存続し(事後求償権が発生した場合、事前求償権は、その役割を終えて消滅、あるいは事後求償権に吸収されることはない。)、事前求償権と事後求償権とが併存し、いずれかの債権内容が実現することにより、その限度で他方の求償権も消滅すると解するのが相当であろう。
4(1) 委託保証の場合の債務者と保証人との法律関係は、委任契約であり、原則として民法の委任に関する各規定の適用がある。受託保証人の事前求償権(民460条)は受任者の費用前払請求(民649条)に、事後求償権(民459条)は受任者の費用償還請求(民650条1項)に対応し、委託を受けない保証人の事後求償権(民462条1項)は事務管理者の費用償還請求(民702条1項)に、債務者の意思に反する保証人の事後求償権(民462条2項)は不当利得の返還義務(民702条3項、同703条)に対応する。なお、委託を受けない保証人には事前求償権はないので(民460条本文)、事前求償権の公正証書を作成する場合は注意を要する。
(2) 受託保証人の事前求償権を定めた民法460条は、無条件で受任者の費用前払請求を定めた同法649条の規定を修正したものであるが、任意・補充規定と解されている。事前求償権の発生要件(民460条各号)を特約により緩和することはできるが、保証人の保証引受の趣旨を没却するような定め、例えば、無条件とすること、あるいは「原因の如何を問わず求償権者が求償権の行使が困難であると認めたとき」との定めは許されない。
(3) 受託保証人の事後求償権の範囲を定めた民法459条2項、同442条2項も任意・補充規定であり、約定利率により遅延損害金を支払う旨の特約をすることも可能である(最判昭和59・5・29民集38・7・885)。また、保証人の取得する求償権は、保証委託契約に基づくものであり、利息制限法の適用はない。
   文例20―1の第4条は、特約で遅延損害金を定める例である。
5 保証人の求償権を確保する方法としては、@直接担保を徴する方法、A法定代位により原債権及びその担保権を行使し、更には、求償権の範囲(民442条2項)及び法定代位の割合(民501条各号)を特約で変更する方法がある(最判昭和59・5・29民集38・7・885)。
 文例20―1の第6条は@の方法、文例20−1の第4条及び文例20―3はAの方法によるものである(民501条5号を特約で変更)。
  @については、普通抵当権を設定する方法(この場合の登記原因は、「年月日保証委託契約による求償債権の年月日設定」となる。)と根抵当権(求償権が不特定の場合)を設定する方法(この場合の登記原因は、特定の継続的取引契約たる「年月日保証委託契約」又は種類取引たる「保証委託取引」となる。)がある。
6 代位弁済した(受託)保証人は、代位弁済をしたことにより求償権を取得するほか、民法499条、同500条、同501条本文により原債権及びその担保権を代位取得する(法定代位)。
  最判昭和61年2月20日(民集40巻1号43頁)は、「弁済による代位制度は、代位弁済者の債務者に対する求償権を確保することを目的として、弁済によって消滅するはずの債権者の債務者に対する債権(以下「原債権」という。)及びその担保権を代位弁済者に移転させ、代位弁済者がその求償権を有する限度で右の原債権及びその担保権を行使することを認めるものである。それゆえ、代位弁済者が代位取得した原債権と求償権とは、・・・・別異の債権ではあるが、代位弁済者に移転した原債権及びその担保権は、求償権を確保することを目的として存在する附従的な性質を有し、求償権が消滅したときはこれによって当然に消滅し、その行使は求償権の存する限度によって制約されるなど、求償権の存在、その債権額と離れ、これと独立してその行使が認められるものではない」と判示している。文例20―2は、代位権を取得した場合の例である。代位によって取得する原債権は、現実に代位弁済するまでは額が定かでなく一定性がなく、それ自体を執行債権とする執行証書を作成することはできない。
7 代位の割合は、特約のない限り、保証人間及び保証人と物上保証人間においては頭数により、物上保証人間においては各財産の価額割合によるから、例えば、保証人2人、物上保証人1人の場合は、2+1=3で、3分の1しか代位できないことになる。
 文例20―3は、特約により全部について代位できるとしたものである。
  代位の割合を計算するについて、保証人と物上保証人とを兼ねる者については、1人と数えるか2人と数えるかについて説が分かれていたが、最判昭和61年11月27日(民集41巻7号1205頁)は1人説を採ることを明らかにした。
8 債務者が保証人の求償権を担保するために抵当権等の担保権を設定している場合(文例20−1の第6条)には、保証人は、事前求償権を行使することができないが(民461条2項、大決昭和15・8・23判決全集7・29・9)、主債務の弁済期の到来後は、上記担保権によって配当に加入することができる(最判昭和34・6・25民集13・6・810)。
  また、民法461条2項は任意規定であるから、特約により排除することができ、文例20−1の第5条は、この特約に当たる。
9 保証人は、委託を受けたか否かを問わず、常に、事前及び事後の通知義務を負う(民463条1項による連帯債務者の通知義務を規定する同法443条を準用)。例えば、保証人丙が通知をしないで債権者甲に弁済した場合、主たる債務者乙が債権者甲に相殺しうる反対債権を有しているときは、乙は、甲に対する債権で、丙の求償権と相殺することができ、乙の甲に対する債権は、その限度で丙に移転し、丙は甲に対し請求することができる。また、保証人丙が債権者甲に弁済したが、通知しない間に主たる債務者乙が善意で二重に弁済した場合、丙は、乙に対し求償権を行使することはできず、甲から不当利得請求をしなければならないが、これらの規定は、いずれも任意規定であり、特約により排除することができる。
なお、上記事前通知、事後通知に関する民法443条の規定は分別の利益を有しない共同保証人間の求償にも準用されている(民465条1項)。 
文例20―1の第3条は、特約により保証人の債務者に対する事前通知義務を排除したものである。
なお、主たる債務者は、受託保証の場合にのみ事後通知義務を負う(民法463条2項による同法443条の規定の主たる債務者についての準用)。また、民法463条2項は、同法443条を準用しているが、本来の債務者である主たる債務者が原債務を弁済するのは当然のことであるから、通説は事前通知不要と解している。
10 物上保証人については、事後求償権は認められる(民法351条、同372条)が、事前求償権は認められない(最判平成2・12・18民集44・9・1686)。もっとも、民法460条各号に準じるような要件である限り、すなわち、履行期の到来又は債務者の信用について重大な不安が生じるような場合に、特約によって事前求償権を認めることはできると解される。
  なお、最判昭和42年9月29日(民集21巻7号2034頁)は、物上保証の目的物件の第三取得者が債権者に対し弁済した場合において、上記第三取得者が有する求償権の範囲については、物上保証人に対する債務者の委任の有無によって、民法459条ないし同462条の規定が準用されると判示している。
11 主たる債務者から委託を受けた保証人が取得した求償権については、保証委託契約に求償権の成否、内容等の特約(文例20−1の第4条は、求償権の範囲についての特約に当たる。)があればそれによるが、特約がない場合は、民法459条1項、2項による同442条2項の準用により求償権及びその範囲(連帯債務の規定が準用)が定められる。それによれば、保証人は、債権者に対して出●えんした額を求償できると共に、弁済をした日以後の法定利息並びに避けることのできなかった費用を請求できる。
12 代位弁済者が、弁済により代位取得した原債権は、求償権を確保することを目的とするものであるから、求償権の債権額の範囲で行使することになる。前掲最判昭和61年2月20日は、「代位弁済者が債権者から代位取得した原債権又はその連帯保証債権の給付を求める訴訟において、裁判所が請求を認容する場合には、求償権の額が原債権の額を常に上回ると認められる特段の事情のない限り、主文において、請求を認容する限度として求償権を表示すべきである」と判示している。
 
  
【物的担保】

19 抵当権設定契約
(文例22)
抵当権設定金銭消費貸借契約公正証書
(金銭消費貸借)
第1条 債権者甲(以下「甲」という。)は、平成○年○月○日、債務者乙(以下「乙」という。)に対し、金○○万円を、弁済期平成○年○月○日一括弁済、利息年○パーセント、遅延損害金年○パーセントの約定で貸し渡した。
(抵当権設定)
第2条 甲と乙は、本日、前条の債務を担保するため、乙所有の後記表示(省略)の不動産(以下「本件不動産」という。)に順位第○番の抵当権設定契約をし(注)、乙は、直ちに、その旨の抵当権設定登記手続をする。ただし、登記手続費用は乙の負担とする。
(担保保全)
第3条  乙は、次の事項を履行することを約した。
(1)乙は、速やかに、本件不動産につき甲の指定する保険会社の火災保険に付し、その保険金請求権に甲のために質権を設定し、その証書を甲に交付し、その旨を保険会社に確定日付を付した証書で通知するものとすること。
(2)本件不動産が罹災し、甲が保険金を受領したときは、乙は、弁済期前に本件債務の弁済に充当されても異議はないこと。
(3)甲の承諾を得ずに本件不動産の所有権移転、賃借権設定又は形状変更その他甲に損害を及ぼす行為をしないこと。
(4)本件不動産が毀滅減少し又はその価額が低落したときは、遅滞なくその旨を甲に通知すること。この場合において、甲から請求があったときは増担保又は代わり担保を提供すること。
第4条 (期限の利益喪失) 省略
第5条 (強制執行認諾) 省略
 
(注) 登記実務は、抵当権設定登記申請書に、先順位の抵当権等の登記がある旨の記載を要しない取扱いであるが、抵当権を設定する場合、抵当権の順位は重要な事項であり、当事者間で合意されるのが通常である。契約書にもその順位を記載するのが通常であるが、先順位の登記があって記載どおりの順位の登記ができないと、当該公正証書は、登記原因証明情報にならないことに注意。
〔参考事項〕
1(1) 抵当権によって担保される債権(被担保債権)は、抵当権設定時点で存在している必要はなく、将来の債権や条件付債権でもよい。
(2) 債権額の一部を被担保債権とする抵当権を設定することはできる。登記原因は、「平成○年○月○日金銭消費貸借金1000万円のうち金500万円同日設定」となる。
(3) 被担保債権の範囲は、「利息その他の定期金」については通算して2年分を超えることができない(民375条)。これは、後順位権者の予測可能性のための規定であるから、債務者が任意弁済するには債務の全額を弁済することが必要であり、また、競売手続に他の債権者が関与していない場合には、民法375条の制限は働かないと解されている。
2(1) 抵当権の目的物となるのは、不動産(所有権)・地上権・永小作権である。土地・建物の量的一部(例えば、ある土地の所有権の3分の1)については抵当権を設定できない。未完成の建物について抵当権設定契約がなされた場合、登記実務は、未完成時に締結された設定契約の効力を否定し、建物となった時点で改めて設定契約することを要求するが、将来完成予定の建物につき停止条件付きの抵当権を設定することができ、建物が完成した時点で設定者が処分権限を取得することにより、当然に抵当権が成立したと解することもできると思われる。
(2) 抵当権は、抵当地の上に存する建物を除き、その目的である不動産に付加して一体となっている物に及ぶ(民370条)。最判昭和44年3月29日(民集23巻3号699頁)は、抵当権の効力は、設定当時の宅地の構成物は勿論、特段の事情のない限り、従物に及ぶとしている。従たる権利である賃借権も同様であり、土地賃借人の所有する建物についての抵当権の効力は、特段の事情のない限り、土地の賃借権にも及ぶ(最判昭和40・5・24民集19・4・811)。また、学説の多数説は抵当権設定後の従物についても抵当権は及ぶとする。なお、設定行為で当該抵当権の対象にしない旨の合意をすることができるが、その旨の登記をしないと第三者に対抗できない(民370条ただし書)。
(3)果実については、天然果実・法定果実を問わず、被担保債権の債務不履行が生じた後には抵当権の効力が及ぶ(民371条)から、それ以降は物上代位権を行使できることになる。
(4)不動産の一部(物理的な一部。独立して物権の対象になることが必要である。)について抵当権を設定することは可能であるが、独立して登記の対象となっていない場合は、不動産の一部につき抵当権設定登記をすることはできず、対抗要件を具備することはできない。また、執行手続上も、不動産の一部についての執行の申立てをすることはできない。したがって、目的物が土地の場合には、分筆登記をした上で対象土地につき抵当権設定登記をすることになる。また、建物の場合には、当該対象部分に独立性が認められ、区分所有登記、分割登記が可能であれば、これらの登記をしてから抵当権の設定登記をすることになる。
(5)不動産の所有権ないし持分権の一部(例えば、所有権の2分の1、持分権の3分の1)に抵当権を設定することはできない。
(6)未登記建物について抵当権を設定することは可能であるが、第三者に対抗要件を備えるためには登記する必要がある。したがって、設定者に表示登記・保存登記手続をさせるか、債権者代位権に基づき債権者が代位により上記登記手続をする必要がある。
(7)更地に抵当権を設定した場合、抵当権設定後、抵当地に建物が築造されたときは、抵当権者は土地とともに建物を一括して競売にかけることができる(民389条)が、優先弁済権は土地の代価にのみに生じる。
3 同一の債権を目的として数個の不動産につき抵当権を設定する場合を共同抵当という。共同抵当は、配当において特別な扱いがなされるため(民392条、同393条)、各物件の負担割合等を第三者に知らせる手掛かりを与える目的で、その旨公示(不登法83条1項4号)がなされる。この公示の登記は、後順位抵当権者にとって有益であるが、抵当権者にとっては共同抵当の登記をする実益はなく、共同抵当の登記は対抗要件ではないと解されている。根抵当権の場合は、設定と同時に上記登記をすることが共同根抵当の成立要件である(民398条の16)。
4(1)抵当権の実行として、担保不動産の競売(民執法180条1号)と担保不動産収益実行(民執法188条で同法180条2号の強制管理の規定が準用される。)が認められており、抵当権者はいずれを選んでもよく、両者を同時に行うことも可能である。
(2)抵当権は、その担保する債権について不履行があったときは、その後に生ずる抵当不動産の果実(天然、法定果実)に及び(民371条)、それ以降は果実に対し物上代位権を行使できることになる。抵当権者が、抵当不動産の収益から債権を回収する手段として、前記の担保不動産収益執行(民執法188条、同180条2号)と物上代位(民372条、同304条1項)による方法がある(両者の調整は民執法93条の4に規定されている。)。
5 抵当権につき公正証書を作成すると、未登記でも競売申立てができ(民執法181条1項2号)、また、執行証書を作成していれば、配当要求(民執法51条、同105条1項)をすることができる。
6 物上代位の目的となる債権の譲渡、質権設定、差押え等がされた場合でも、抵当権者がその後に対象債権を差押え、物上代位権を行使することは妨げらない。すなわち、債権譲渡、質権設定、差押え等は、民法373条で準用する民法304条に規定する「払渡し又は引渡し」に該当しないとするのが、最近の有力説である。最高裁の判例はない。
 

20 根抵当権設定契約
(文例23)
根抵当権設定契約公正証書
根抵当権者甲(以下「甲」という。)と根抵当権設定者乙(以下「乙」という。)は、平成○年○月○日、次のとおり根抵当権設定契約を締結した。
第1条 乙は、その所有する後記表示の不動産(省略)を目的として(共同担保として)、甲のために次の内容の根抵当権を設定した。
 1 極度額  金○○○万円
 2 被担保債権の範囲
@ 金銭消費貸借取引による一切の債権
A 甲が第三者から取得する手形上、小切手上の債権
B 確定債権 金○○万円(平成○年○月○日付金銭消費貸借)
3 債務者(住所、氏名・名称)(1)
4 確定期日 平成○年○月○日(あるいは「定めなし」)(2)
第2条 乙は、直ちに前条の根抵当権設定登記手続をする。今後、本根抵当権につき各種の変更等の合意がなされたときも同様とする。
2 乙は甲から要求があったときは、極度額の増額に代えて本件不動産のうえに、増額分相当額を極度額とする別個の根抵当権を設定することに同意する(3)。
第3条 乙は、本根抵当権につき、甲から被担保債権の範囲の変更、極度額の増額、根抵当権の譲渡・一部譲渡、確定期日の延期等の申し出があったときには、特別の事情のない限り、直ちにこれに同意することを約した。
第4条 乙は、この契約による根抵当権について被担保債権の範囲、債務者若しくは極度額の変更又はその譲渡若しくは一部譲渡するときは、共同担保の関係にあるすべての根抵当権について同一の契約をし、かつ登記手続をすることに協力することを約した(4)。
第5条 乙は甲に対し次の事項を約した。
  (1) 甲の承諾なくして根抵当物件につき現状を変更し又は第三者のために権利を設定し若しくは譲渡する等、甲に損害を及ぼす行為をしないこと。
  (2) 根抵当物件が原因の如何を問わず滅失、毀損し若しくはその価格が低落したとき又はそのおそれがあるときは、遅滞なくその旨を甲に通知すること。
  (3) 根抵当物件について収用その他の原因により補償金、清算金等の債権が生じたときは、その債権を甲に譲渡すること。この場合、甲がこれらの金員を受領したときは、弁済期日前でも法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当しても異議を述べないこと。
  (4) 本根抵当権が存続する間、根抵当物件に対し甲の同意する保険会社と甲の指定する金額の損害保険契約を締結し又は継続し、その保険契約に基づく権利のうえに甲のため質権を設定し、その証書を甲に交付し、かつその旨を保険会社に確定日付を付した証書で通知すること。
  (5) 根抵当物件が罹災し甲が保険金を受領したときは、弁済期日前でも法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当しても異議を述べないこと。
  (6) 甲が債権保全のために必要な保険契約を締結し、若しくは乙に代わって保険契約を締結し、又は継続してその保険料を支払ったときは、年○パーセントの割合による損害金を付して立替保険料を甲に直ちに償還すること。
第6条 (合意管轄条項) 省略
 
(注)
(1) 登記の関係もあるので、氏名のほか住所を記載するとよい(不登法83条1項2号)。
(2) 担保すべき元本の確定期日は設定契約で定めてもよいし、定めなくてもよい(民398条の6第1項)。確定期日を定める実益は、主として根抵当権設定者の確定請求を排除できることにある(民398条の19第3項)。
(3) 極度額は元本の確定の前後を問わず利害関係人の承諾があれば変更することができる。極度額の増額につき利害関係人の承諾が得られない場合を考慮した規定である。
(4) 共同担保の場合の条項である。民法398条の16に対応するものである。 
〔参考事項〕
1 根抵当権設定契約の当事者は根抵当権者と根抵当権設定者である。債務者を加え三面契約をすることは差し支えないが、債務者を当事者とする必要はない。
2 根抵当権は、成立・存続・消滅における被担保債権に対する附従性がなく、一定の範囲に属する不特定の債権(入れ替わり可能な債権)を極度額の限度で担保するものである(民398条の2)。したがって、根抵当権を設定するためには、@担保すべき不特定債権の範囲、A債務者、B極度額を定める必要があり、この一つでも欠く設定契約は無効である。特定債権の担保(不特定債権と併せて根抵当権の被担保債権とすることは可能である。後記3(3)参照)は将来債権でも、普通抵当権を設定することになる。
3 被担保債権の範囲の定め方
いわゆる包括根抵当は認められず、担保すべき不特定債権の範囲を指定し、これによって範囲を限定する必要がある(民398条の2)。
(1) 取引に基づいて生じる債権(取引債権が原則である。)につき、次の2つの類型が認められる
@「特定の継続的取引契約」から生じる債権。特定の継続的取引契約をもって限定する場合には、当該契約の成立年月日とその名称を記載すれば足り、契約の名称は当事者の任意に付したものでよい。例えば、平成○年○月○日当座貸越契約、平成○年○月○日継続的手形割引契約、平成○年○月○日電気製品供給契約等の特定の契約(基本契約)から生じる債権である。
A「債権者との一定の種類の取引」から生じる債権。例えば、銀行取引、電気製品売買取引、証書貸付取引、石油供給取引等、取引の種類が限定されている場合である。基本契約の存在は要件ではない。なお、「信用金庫取引による債権」は根抵当債務者に対する信用金庫の保証債権も含まれる(最判平成5・1・19民集47・1・41)。
(2) 取引外の債権につき、次の2つの類型が認められる。
@ 「特定の原因に基づいて債務者との間に継続して生じる債権」は被担保債権とすることができる(民398条の2第3項前段)。例えば、空港の騒音から継続的に損害を受ける者は、空港に対し継続的に損害賠償請求権を取得することになるが、この請求権を被担保債権とすることができる。
A 「手形上若しくは小切手上の請求権」(民398条の2第3項後段)。第三者から取得するいわゆる回り手形・小切手上の債権をいう。例えば、根抵当設定者Bが振り出した手形をCらを経て根抵当権者Aが取得した場合,AはBに対しいわゆる回り手形上の債権を取得することになる。
(3) 根抵当権設定の際に現存する特定の債権を当事者の合意で被担保債権に加えることは可能であり、根抵当権設定後であっても可能である。この場合には、当該債権を特定するに足りる事項を記載する。一般的には、債権発生の原因である事実を記載する。契約による債権の場合には契約の成立年月日、契約の名称、債権額を記載する。
4 債務者は複数であってもよい。また、各個の債務者についてそれぞれ異なる被担保債権の範囲を定めてもよい。例えば、「債権の範囲 債務者甲につき
 平成○年○月○日当座貸越契約 債務者乙につき 銀行取引」のように記載する。
5 被担保債権の範囲については、民法375条の適用はなく、極度額の範囲で元本、利息、遅延損害金の全てを担保する。したがって、利息、損害金の定めを登記する必要はない。
6 根抵当権の元本の確定
根抵当権は、その被担保債権の入替りが可能であることが特徴であるが、根抵当権の元本の確定により、元本が幾らであるかが確定し、また、担保される債権が特定され普通抵当権に近い状態になる(民375条が適用されない点は普通抵当権と異なる。)。
民法が定める確定事由は次のとおりである。
@確定期日の到来(民398条の6第1項)。確定期日を変更することは可能である。確定期日はこれを定め又は変更した日から5年以内でなければならない(民398条の6第3項)。A根抵当権者からの確定請求(民398条の19第2項)。何時でもできる。B設定者からの確定請求(民398条の19第1項)。設定時から3年経過後できる。C目的不動産について競売・担保不動産収益等の執行手続が開始されたとき(民398条の20第1項1号〜3号)。D債務者又は設定者が破産手続開始の決定を受けたとき(民398条の20第1項4号)。E根抵当権者や債務者の相続(民398条の8第4項)、合併(同条の9第3,4項)があったときの確定
7 確定前の内容の変更
  根抵当権は、継続的な取引から生じる不特定の債権を担保することが多いことから、長期間にわたって存続することが想定される。そのため、取引途中で、根抵当権に関わる様々な要素(債務者、被担保債権の範囲、極度額)に変更が生じる可能性がある。そのような状況に対応するため、次のような規定が置かれている。
(1) 債務者の変更、被担保債権の変更(民398条の4)。いずれも、元本確定前に登記をしなかったときは、その変更をしなかったものとみなされる(同条の4第3項)
(2) 極度額の変更(民398条の5)。根抵当権の極度額を増額し又は減額するには、後順位の抵当権等の利害関係人の承諾を必要とする。極度額の変更は利害関係人の承諾がない限りこれをすることができず、その登記は附記登記によってする。
8 根抵当権の処分
転抵当(民398条の11第1項ただし書)は可能であるが、原抵当権の被担保債権の弁済を制限する民法377条2項が適用されないため(民398条の11第2項)、余り有用な制度ではない。
根抵当権の譲渡:根抵当権者甲、譲受人を乙とすると、@全部譲渡(民398条の12第1項)の場合は乙が単独で当該根抵当権を取得する。A分割譲渡(同条の12第2項)の場合は、甲が極度額(1000万円)の4割を乙に譲渡すると、甲が極度額600万円、乙が400万円の同順位の根抵当権を取得する。B一部譲渡(民398条の13)の場合は、甲乙が当該根抵当権を準共有する。持分割合は当事者の合意がなければ債権額に応じることになる。いずれも、譲渡人(根抵当権者)と譲受人との合意によってすることができるが、根抵当権設定者の承諾がないと譲渡の効力は生じない。
9 共同根抵当
数個の不動産に根抵当権を有する者は、原則として、各根抵当権につき優先弁済権を行使することができる(累積根抵当)。割り付けを行う共同根抵当を設定するためには、設定と同時に共同根抵当の登記をする必要がある(民398条の16)。登記実務は、共同根抵当設定の仮登記を認めない。その理由は、「共同担保である旨の登記は、共同担保関係の効果を生じさせるための効力要件」であるから、「予備的登記にすぎない仮登記に効力発生要件である共同関係の登記を認めることは、登記制度を混乱させ・・・、種々の弊害が発生することにもなる」というにある。
10 根抵当権者の保護措置として民法により認められた確定請求権(民398条の19第1項)、減額請求権(民398条の21)、消滅請求権(民398条の22)を予め放棄する旨の合意は無効である。ただし、債権者・債務者間の継続的取引契約、取引約定書等で上記の請求権の行使を期限の利益の喪失事由ないし解約事由として定めることは許されると解されている。
11 一般的に継続取引契約等においては、公正証書の記載から一定額を算出できず、強制執行認諾条項を付することはできない。ただ、例えば、当事者が相当期間取引をした後に公正証書を作成する場合、その作成時に、買主が売主に対し負担する従前の取引による債務を確定し買主に承認させ、弁済方法を定めたうえ、その確定額を根抵当権の被担保債権の範囲に含ませ、その確定額(一定額)に限って執行認諾をすることはできる。
 

21 質権設定契約
(文例24)
動産質権設定契約公正証書(被担保債権が商行為によって生じた場合)(1)
第1条 債務者乙(以下「乙」という。)は、債権者甲(以下「甲」という。)に対し現在負担し、また将来負担する一切の債務(以下「本件債務」という。)(2)を担保するため、本日、乙が所有する別紙記載の○○(以下「本件物件」という。)(省略)に質権を設定し、甲はその引渡を受けた。
第2条 前条の質権により担保される債務は次のとおりとする(3)。
   (1) 本件債務の全部
(2) 質権実行の費用
(3) 質権保存のための費用
(4) 本件債務についての乙の債務不履行、又は質物の隠れたる瑕疵によって生じた乙の損害賠償債務
第3条 甲は、善良な管理者の注意をもって質物を保管する(4)。
第4条 甲は、本件債務について、甲乙間の約定どおりに弁済しないときは、本件物件を任意に売却のうえ(5)、その代金を第2条の債務の弁済に充当することができる。ただし、甲は、その充当の順序等については任意にこれを指定することができる。
2 甲は、前項の場合、任意売却に代えて、代物弁済として本件物件の所有権を取得することができる。
3 甲乙は、前項の場合、本件物件の代物弁済として価額は金○○万円とすることに合意する。
第5条 甲は、前条による本件物件の処分を行ったときは、乙に対し、その清算内容が明らかになるように書面をもって通知をする。
2 前項による清算の結果、甲が乙に対し返還すべき余剰金があるときは、甲は、前条による処分後○日以内に乙に対し返還する。
3 第1項による清算の結果、乙が甲に対し支払うべき不足金があるときは、乙は、第1項の通知を受けてから○日以内に甲に対し支払う。
第6条 (管轄合意条項) 省略
(注)
(1) 債権者又は債務者にとって商行為によって生じた債権を指す。設例では、甲又は乙が商人の場合を想定している。
(2) 動産質権においては包括根質権の設定は可能である。
(3) 民法346条の規定によれば、質権の被担保債権の範囲は広く、抵当権の民法375条のような制限はない。なお、不動産質権者は利息を請求できないが(民358条)が別段の合意は可能である(民359条)。
(4) 民法350条で同法298条1項(留置権者の保管義務)を準用している。
(5) 被担保債権が商行為によって生じたものである場合は、このような流質契約は許される。参考事項第2の5(1)を参照。
 
(文例25)
債権質権設定契約公正証書
第1条から第5条 文例1の第1条から第5条(主債務の存在、内容等)と同一である。
第6条 債権者甲(以下「甲」という。)と債務者乙(以下「乙」という。)は、本日、第1条の金銭消費貸借契約に基づく元本、利息、損害金等の債務(以下「本件債務」という。)を担保するため、乙の有する債務者丙に貸し付けた平成○年○月○日付別紙債権目録記載(省略)の貸付金債権につき債権質を設定した(1)。
第7条 乙は、直ちに丙に対し、上記債権質を設定した旨を確定日付のある証書で通知する(2)。
第8条 乙において本件債務を弁済期に弁済しないときは、甲は乙に対して何らの通知催告を要せずして、第6条の質権を実行することができる(3)(4)。
第9条 甲から増担保の請求があった場合、乙は直ちに甲の承諾する担保を差し入れるものとする。
第10条(連帯保証条項)省略
第11条(強制執行認諾条項)省略
(注)
(1) 債権証書の引渡しは、平成15年の民法改正(平成15年法律134号)により、債権譲渡にその交付を要するものを除き、質権設定の要件とはされなくなったため、上記以外の証書の交付は法律上は不要であるが、実務的には、債権証書があれば徴求した方がよい。
(2) 指名債権の質入れには、債権譲渡に関する民法467条の規定に従った通知・承諾が対抗要件とされる。
(3) 質権者は、直接質入債権を取り立てることができるが(民366条1項)、質入債権、被担保債権の双方につき実行の要件が具備することを必要とする。
(4) 質入債権が弁済期にあっても被担保債権が弁済期にならなければ、第三債務者に対して弁済金の供託を請求できるに過ぎない(民366条3項)。したがって、債権質権設定契約の際に、「質入債権の弁済期が到来したときは、その弁済期の到来した金額の範囲で、被担保債権の弁済期も到来する」との特約を付ける場合もある。
 
(文例26)
株式質権設定契約公正証書(株券不発行会社、非上場会社)
第1条から第5条 文例1の第1条から第5条(主債務の存在、内容等)と同一である。
第6条 債権者甲(以下「甲」という。)と債務者乙(以下「乙」という。)は、本日、第1条の金銭消費貸借契約に基づく元本、利息、損害金等の債務(以下「本件債務」という。)を担保するため、乙の有する別紙株式(省略)(以下「本件株式」という。)につき質権を設定した(1)。
第7条 乙は、直ちに本件株式について株主名簿に会社法148条所定の事項を記載又は記録されるよう措置を講じる。ただし、株主名簿への記載又は記録に要する費用は乙の負担とする(2)(3)。
第8条 乙において、本件債務を弁済しないときは、甲は乙に対して何らの通知・催告を要せずに、第6条の質権を実行することができる。
第9条 (連帯保証条項)省略
第10条(強制執行認諾条項)省略
(注)
(1) 非上場会社で、@株券不発行会社の場合は、当事者の合意によって質権が成立する。A株券発行会社の場合は、当該株式に係る株券の交付が質権設定の効力要件である(会146条2項)。参考事項第3の5(1)を参照。
(2) 会社法148条の所定の事項は、@質権者の氏名又は名称及び住所、A質権の目的である株式である。
(3) 株券不発行会社の場合は、株主名簿への記載・登録が第三者に対する対抗要件である(会147条1項)。株券発行会社の場合は、質権者による株券の継続的占有が第三者に対する対抗要件である(会147条2項)。参考事項第3の5(1)を参照。
 
(文例27)
特許権質権設定契約公正証書
第1条 債務者乙(以下「乙」という。)は、債権者甲(以下「甲」という。)との間に締結した平成○年○月○日付金銭消費貸借契約(以下「原契約」という。)に基づき甲に対して現に負担している元本債務金○○万円及びこれに付帯する一切の債務の担保として、特許権(特許番号 第○○○○○号 発明の名称 ×××)(以下「本件特許権」という。)の上に第1順位の質権(以下「本件質権」という。)を設定した。
2 乙は、前項の合意に基づき、本件質権の登録手続を速やかに完了し(1)、その特許登録原簿の謄本を甲に提出する。
3 乙は、本件特許権について、登録料の滞納及び本件質権に優先する又は本件質権を害すべき一切の権利が存在しないことを保証した。
第2条 乙は、本件特許権について特許料を負担するものとし、その納付方法は甲の指示するところに従う。
第3条 乙は、本件特許権に対し無効審判請求があった場合、又は本件特許権について第三者による権利侵害若しくは権利侵害の可能性が認められる場合には、直ちにその旨を甲に通知する。
2 乙は、前項の報告をした場合には、遅滞なく、甲と協議のうえ、侵害排除及び危険防止の手段並びにその他必要な手段をとるものとし、甲の指示があるときはこれに従うものとする。
3 乙は、前2項の場合、甲の承諾なく第三者との和解又は示談に応じないものとする。
4 本件特許権に対し無効審決があったとき又は本件特許権に著しい価値の減少があったと甲が認めて請求したときは、乙は、甲の指示するところに従って増担保若しくは代わり担保を提供し、又は原契約に基づく債務の全部若しくは一部を繰り上げ弁済する。
第4条 乙は、原契約に基づく債務の全部を弁済するまでに、本件特許権についての改良発明など関連する知的財産権を出願した場合又は関連する実施権の設定を受けた場合(以下「関連出願等」という。)には、甲の指示するところに従い、関連出願等を原契約に基づく債務の担保に供する。
第5条 乙は、本件特許権を譲渡若しくは放棄する場合、又は本件特許権について第三者が使用することを許諾する場合には、あらかじめ甲の承諾を得なければならない。
2 乙は、前項の使用許諾の対価等本件特許権について第三者から金銭その他の給付を受ける債権を取得したときは、直ちに甲にその旨を通知し、甲が請求したときは、その権利を甲に対し譲渡する。
3 甲は、前項の規定に基づき第三者から金銭等を受領したときは、原契約に定める弁済期限にかかわらず、原契約に基づく債務の弁済に充当することができる。
第6条 乙が原契約に基づく債務の履行を怠ったときは、甲は、一般に適当と認められる方法、時期、価格等により本件特許権を処分し、処分費用を控除した取得金額を原契約に基づく債務の弁済に充当することができる(2)。
2 甲は、前項によるほか、乙に通知のうえ、一般に適当と認められる方法、時期、価格等により原契約に基づく甲の債務の弁済に代えて、本件特許権を取得することができる。
3 第1項による取得金額が甲の債権額を超過したときは、甲はその超過額を乙に返戻し、また、甲の債権額に不足したときは、乙は、直ちにその不足額を甲に弁済する。前項の場合もこれに準じるものとする。
第7条 乙は、前条の規定に従って本件特許権が移転する場合には、本件特許権の移転登録手続に必要な一切の書類を譲受人に交付する。
第8条 甲は、本公正証書の作成その他この契約に属する一切の費用を負担する。
(注)
(1) 特許権又は専用実施権を目的とする質権の設定、移転、変更、消滅は、その旨の登録をしなければ効力を生じない(特許98条1項3号)
(2) 本件は商事質権(商515条)を前提としている。民事質権であれば、民民事執行法193条、同167条の規定により債権執行の例による(民349条)。
 
(文例28)
著作権質権設定契約公正証書
第1条 債務者乙(以下「乙」という。)は、債権者甲(以下「甲」という。)との間に締結した平成○年○月○日付金銭消費貸借契約(以下「原契約」という。)に基づき甲に対して現に負担している元本債務金○○万円及びこれに付帯する一切の債務の担保として、著作権(著作物の題名 ○○○)(以下「本件著作権」という。)(1)の上に第1順位の質権(以下「本件質権」という。)を設定した。
2 乙は、前項の合意に基づき、本件質権の登録手続を速やかに完了し(2)、その登録原簿の謄本を甲に提出する。
3 乙は、本件著作権について、本件質権に優先する又は本件質権を害すべき一切の権利が存在しないことを保証した。
第2条 乙は、本件著作権につき第三者による権利侵害若しくは権利侵害の可能性が認められる場合には、直ちにその旨を甲に通知する。
2 乙は、前項の報告をした場合には、遅滞なく、甲と協議のうえ、侵害排除及び危険防止に手段並びにその他必要な手段をとるものとし、甲の指示があるときはこれに従うものとする。
3 乙は、前2項の場合、甲の承諾なく第三者との和解又は示談に応じないものとする。
4 本件著作権に著しい価値の減少があったと甲が認めて請求したときは、乙は、甲の指示するところに従って増担保若しくは代わり担保を提供し、又は原契約に基づく債務の全部若しくは一部を繰り上げ弁済する。
第3条 乙は、原契約に基づく債務の全部を弁済するまでに、甲に対して本件著作権に関連する事業の状況等を少なくとも年○回以上定期的に甲の指示に従い報告するとともに、本件著作権についてバージョンアップ等の改良によって成立する本件著作権の二次的著作物に関連する著作権又は新たな著作権(以下「関連著作権等」という。)については、甲の指示するところに従い、関連著作権等を原契約に基づく債務の担保に提供する(3)。
第4条 乙は、本件著作権を譲渡若しくは放棄する場合、又は本件著作権について第三者が使用することを許諾する場合には、あらかじめ甲の承諾を得なければならない。
2 乙は、前項の使用許諾の対価等本件著作権について第三者から金銭その他の給付を受ける債権を取得したときは、直ちに甲にその旨を通知し、甲が請求したときは、その権利を甲に対し譲渡する。
3 甲は、前項の規定に基づき第三者から金銭等を受領したときは、原契約に定める弁済期限にかかわらず、原契約に基づく債務の弁済に充当することができる。
第5条 乙は、第4条の規定にかかわらず、第7条に基づく本件質権の実行が 
行われない限りにおいて、本件著作権の複製物を製造、販売し、通常のユーザーに対して使用権を設定し、販売代金を回収する等通常の利用行為を行うことができる。
第6条 乙は、甲に対し、遅滞なく本件著作物の対象物(プログラム著作物にあってはソーズコードを含む。)の複製物を甲の希望する適宜の方法、形態で交付する。
 2 甲は、善良なる管理者の注意を持って、前項の複製物を保管するものとする。
第7条 乙が原契約に基づく債務の履行を怠ったときは、甲は、一般に適当と認められる方法、時期、価格等により本件著作権を処分し、処分費用を控除した取得金額を原契約に基づく債務の弁済に充当することができる。
2 甲は、前項によるほか、乙に通知のうえ、一般に適当と認められる方法、時期、価格等により原契約に基づく甲の債務の弁済に代えて、本件著作権を取得することができる。
3 第1項による取得金額が甲の債権額を超過したときは、甲はその超過額を乙に返戻し、また、甲の債権額に不足したときは、乙は、直ちにその不足額を甲に弁済する。前項の場合もこれに準じるものとする。
第8条 乙は、前条の規定に従って本件著作権が移転する場合には、本件著作権の移転登録手続に必要な一切の書類を譲受人に交付する。
第9条 乙は、第7条の規定に従い甲から本件著作権を取得した者に対し、著作権法18条、19条及び20条に定める著作者人格権を行使しないものとする(4)。
第10条 乙は、本公正証書の作成その他この契約に属する一切の費用を負担する。
(注)
(1) 著作権の対象となる著作権法10条に例示する著作物を題名、曲名等で特定する。
(2) 質権設定を第三者に対抗するためには、質権登録手続が必要である。参考事項第4の8を参照。
(2) プログラムの著作物等バージョンアップがされるものを想定している。
(3) 参考事項第4の9を参照。
 
 
[参考事項]
第1 質権一般
1 質権は、債権者がその債権の担保として債務者又は第三者(物上保証人)から受け取ったものを債務が弁済されるまで留置して、債務の弁済を間接に強制するとともに、弁済されない場合には、目的物の交換価値によって優先的弁済を受けることのできる約定担保物件である(ただし、債権質には留置的効力はない。)。目的物の引渡しが効力要件であり、一般に「要物契約」といわれている。
2(1) 質権の目的物は、譲渡性のない物・権利以外であれば何でもよく(民343条)、動産(動産質)、不動産(不動産質)、財産権(権利質)につき認められる。民事執行法131条の差押禁止財産は譲渡が禁止されている訳ではなく、質権を設定することができる。譲渡することのできないものは目的物にはなり得ず、麻薬等の禁制品、譲渡性のない債権(自分の肖像画を描いてもらう債権)、法律で譲渡が禁止されている債権(扶養を受ける権利(民881条)、恩給を受ける権利(恩給11条1項、同項但書に注意))は、質権の目的にはならない。譲渡禁止特約の付いている債権については、質権者が善意である場合には、質権は有効に成立する(民466条2項ただし書)。また、譲渡その他の処分について一定の者の同意又は許可を必要とする財産は、質権を設定する場合にも同意又は許可が必要である(農地3条、宗教法人23条、同24条、文化財保護43条)。
(2) 特別法において質権設定が禁じられているものとして、動産としては、登記船舶(商850条)、製造中の船舶(商851条)、登録済自動車(自抵20条)、航空機(航抵23条)、建設機械(建抵23条)がある。また、一定の立木(立木2条1項)、工場財団(工抵14条1項)は、各法律で不動産とみなされるが、不動産質権の目的とはならない。
(3)倉荷証券は、倉庫営業者が貨物の受取りの事実を証し、かつ、寄託者又はその指図人への寄託物引渡しを約する有価証券であり(商627条)倉荷証券発行後は、寄託物に関する処分をこの証券の交付のみによってなされることになる(商627条、同604条、同573条)。質権設定契約に基づき質権者に倉荷証券が交付されると、寄託物について引渡しがされたものとされ、寄託物につき質権設定の効力が生じる(商627条、同604条、同575条)。
3 質権は、特約のない限り、元本、利息、違約金、質権実行の費用、質物保存の費用、債権の不履行又は質物の隠れたる瑕疵に因り生じた損害の賠償を担保する(民346条)。抵当権よりも広い。
4(1)被担保債権が弁済されない場合は、質権者は目的物を換価して優先弁済が受けられる。換価方法としては、原則として競売手続によるが(動産については、民法354条で簡易な弁済充当が認められている。)、被担保債権が商行為による場合若しくは弁済期到来後の場合は、当事者間の合意により、債権者が目的物を取得したりその他任意の方法で処分することができる、いわゆる流質契約が認められている(民349条、商515条)。
(2)質権者は、優先弁済を受けることができるが、通常の債権者として債務者の一般財産から弁済を受けることができる。したがって、質権者は、質物から完全な弁済を受けられないときは、不足分を一般財産に対し強制執行をすることができるし、質物から弁済を受けずに直接一般財産に対し強制執行をすることができる。
第2 動産・不動産質権
1(1)動産・不動産質権は目的物の引渡しをその成立要件とする(民344条)(いわゆる「要物契約」である。)。成立要件としての引渡は、現実の引渡、簡易の引渡は勿論、指図による占有移転(第三者が質権設定者のために代理人として占有する物を爾後質権者のために占有することとする。)(民184条)でもよいが、占有改定は許されない(民345条)。なお、「動産及び債権の譲渡の対抗要件の関する特例等に関する法律」(以下「動産・債権譲渡特例法」という。)による登記の効力は、法人が動産を譲渡した場合に限定されており(動産・債権譲渡特例法3条1項)、動産質権の設定については認められていない。
(指図による占有移転の場合の文例)
第○条 乙(質権設定者)は、丙(占有代理人)に対し、爾後、本件物件を甲(質権者)のために占有する旨を命じた。
(2)動産質権においては、継続して占有しなければ、その質権を第三者に対抗できず(民352条)、質権者が目的物の占有を失った場合は第三者に対し質権を主張できない。通説は、民法352条の趣旨を徹底し、質権者が目的物の占有を継続することが質権の存続要件と解し、目的物を設定者に返還すると、質権は消滅することになるとしている。これに対し、判例(大判大正5・12・25民録22・2509)は、動産質権においては返還により対抗要件が消滅するだけであり、不動産質権では質権の効力に影響を及ぼさないとしている。
同一の動産上に数個の質権が設定された場合、その質権の順位は、引渡しの前後による(指図による占有移転のような場合は二重設定されることはあり得る。)。
(3)不動産質権においても占有の取得をもって成立要件とし、登記が対抗要件である。不動産質権においては、存続期間は10年を超えることができず、それ以上の期間を定めても10年に短縮される(民360条1項)。期間を定めない場合は、10年の存続期間になるとするのが通説である。
二重に設定された場合は、その順位は登記の先後による。
2 被担保債権は、将来債権でも、金銭債権以外の債権でもよい。不特定の債権を担保する根質権も有効である。不動産質権では抵当権の規定が準用され(民361条)、包括根質権は禁止され、極度額の定めが必要になる(民398条の2)。一方、動産質権では、後順位担保権者、設定者の利益を図る必要がないので、包括根質権も許され、極度額の定めも不要である。
3(1)目的物の範囲については、主たる目的物である動産・不動産のほか、当該動産、不動産に付合した物、設定者から主たる目的物とともに引き渡された従物に効力が及ぶ(民242条、同243条、同87条2項)。不動産質権は、民法361条で同法370条(抵当権の効力が及ぶ範囲)が準用されている。
(2)民法350条で同法304条が準用されており、質権者は物上代位権を行使できるが、準用に当たっては質権の性質に応じた修正が必要とする考えが有力であり、例えば、目的物が売却された場合には、対抗要件を備えた質権は第三者に対抗することができ、質権は消滅せず、目的物に対して質権を行使できるから、原則として、売却代金債権に対する物上代位は認められないとする。他方、修正を不要とし、質権者は、売却代金の上に物上代位権を行使するか、目的物を追求するか選択することができるとする説もある。
4 質権者は、その質権によって担保される債権の全部の弁済を受けるまで目的物を留置(目的物の占有の継続)することができる(民347条本文、民350条による同296条の準用)。
5 実行
(1)動産質権の場合
競売(民執190条)による換価が原則である。また、果実からの回収も可能である(民350条による同297条の準用)。質物の価格が低く競売しても費用倒れになる場合や、競売しても買う者がなく安くなりそうな場合等、正当な理由がある場合に限り、簡易な方法として、「鑑定人の評価に従い質物をもって直ちに弁済に充てることを裁判所に請求することができる。」(簡易な弁済充当)(民354条)。
   弁済期前の「流質契約」は禁止されているが、弁済期到来後は可能である(民349条)。また、商行為によって生じた債権を担保するために設定された質権には流質契約は許容されている(商515条)。不動産質権、債権質権にも、民法349条が適用され、流質契約は禁止されている。
(2)不動産質権の場合
抵当権の規定が準用され(民361条)、質権者は、担保不動産競売と担保不動産収益執行が可能である(もっとも、不動産質権の場合、使用収益ができるので収益執行の実益はない。)。他の債権者による競売が開始された場合は、抵当権と同様に順位に応じた配当を受けることができる。
6 優先弁済権の範囲
(1)動産質権においては、元本、利息、違約金、質権実行の費用、質物の保存の費用、債務の不履行による損害賠償、質物の隠れた瑕疵によって生じた損害の賠償が被担保債権となり、優先弁済権が認められる(民346条)。質権実行の費用とは、簡易な弁済充当(民354条)をする際の費用であり、競売の際の競売費用は競売代金から控除される(民執194条、同42条)。
(2)不動産質権においても、民法346条が適用されるが、「質権実行の費用」は、不動産質権の実行は必ず競売によるので問題にならない。また、利息、違約金、債務不履行による損害賠償については、登記することが必要であり、最後の2年分に制限される(民361条による同375条の準用)。
第3 権利質
1(1)権利質は、通常の指名債権のほか地上権、賃借権、株式、公社債、知的財産権(特許権、意匠権、著作権等)等が対象になる。権利質、とりわけ債権質は、質権の中で最も大きな機能を果たしている。銀行が預金担保貸付をする際に、預金債権に質権を設定する場合、貸付金を保全するため建物に抵当権を設定し、同時に火災保険金請求権に質権を設定する場合等がある。
(2)将来発生する債権でもよく(実際には譲渡担保が利用されることが多い。)、将来債権の成立の可能性の強弱を問わないとするのが判例・通説である。期限付債権、条件付債権でもよい。将来、増減変動する債権を一括して担保するためには、根質権が設定される。
2(1)債権は原則として譲渡しうるものであるから、原則として質権の目的となるが、法律上処分が禁止されている債権、例えば、扶養を受ける権利(民881条)、恩給を受ける権利(恩給法11条1項、同項但し書の例外に注意)については、質権を設定できない。なお、差押禁止債権は譲渡が禁止されておらず質権の設定をすることができる。
(2)譲渡禁止の特約のある債権については、同特約は「物権的効力」を持ち、譲渡禁止特約付債権が譲渡された場合、譲受人が、悪意、重過失の場合は、譲渡は無効であり、質権も成立せず、譲受人、質権者が善意である場合には、譲渡、質権は有効に成立するとするのが判例・通説である(民466条2項)。銀行に対する預金債権は、譲渡禁止特約が付されているのが一般であり、このことは、取引する者は了知していると考えられ、通常の場合は、悪意・重過失が推定されることになろう。なお、最判平成21・3・27(金融法務事情1873・6)は、譲渡禁止の特約に反して債権を譲渡した債権者は、債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らかであるなどの特段の事情がない限り、その無効を主張することはできないと判示している。債権譲渡公正証書を作成する場合、譲渡禁止の特約の付いた債権であるとの疑いがある場合は別として、公証人には、通常の場合は上記特約の有無を調査する義務はないと考えられる。
(3)質権者が債務者である債権も質入れすることができる。銀行が、自行に預金している者に融資をする場合、その定期預金債権を質にとることが行われる。質権の対象となっている定期預金債権が書き換えられた場合にも質権は書換え後の定期預金債権に及ぶ。金額の変動する普通預金債権に質権を設定できるかは問題があるが、金額の変動する一個の債権とみて、積極に解するのが相当であろう。
3 債権は有体物ではなく、それ自体の引渡は考えられない。平成15年の民法改正で、債権質は原則として合意のみで効力を生じ(動産質と異なる。)、譲渡をする場合にその証書を交付することを要する債権につき質権を設定する場合は、証書を交付することにより効力が生じることとされた(民363条)。したがって、商法上の有価証券である手形、小切手、株券、船荷証券、倉庫証券に表章される権利に質権を設定する場合は証書の交付が必要である。もっとも、上記以外の場合でも、質権設定者が通帳、証書を占有している場合は、二重に質権が設定される危険もあり、実務上は、従前どおり質権設定と同時に通帳、証書の交付を受けるのが通常であり、必要であろう。
4(1) 指名債権を目的として質権を設定したときは、債権譲渡と同様に、質権設定者が質権の設定を第三債務者に通知するか、第三債務者が承諾しなければ第三債務者に対抗できず(承諾の相手方は質権設定者でも質権者でもよい。)、第三債務者以外の第三者には対抗するためには確定日付のある証書でする必要がある(民364条、同467条)。また、指名債権に対する質権設定を第三者に対抗しうる要件としての第三債務者に対する通知又はその承諾は、具体的に特定された者に対する質権設定についてなされることを要するとするのが判例(最判昭和58・6・30民集37・5・835)である。
上記の通知・承諾に関しては、民法468条(指名債権の譲渡における債務者の抗弁)も準用されるとするのが通説である。
法人が債権を目的として質権を設定した場合は、動産・債権譲渡特例法に基づいて債権譲渡登記ファイルへの登記によっても第三者対抗要件を具備することができる(動産・債権譲渡特例法14条、同8条)。
質権が二重に設定された場合は、その順位は第三者対抗要件の先後によって決まる。
なお、質権者が債務者である債権に質権が設定されたときは、通知・承諾は問題にはならないが、対抗要件具備の時期を遡らせる危険があり、質権設定の合意を確定日付のある証書で行わないと、第三者に対抗できないと解するのが相当である。
(2) 指図債権は、証書に質入裏書きをすることが対抗要件であり(民365条)、無記名債権は、民法86条3項により動産とみなされるので、証書の継続的占有が対抗要件となる。
5 株式に対する質権設定
(1)非上場株式で、@株券発行会社の場合は、当該株式に係る株券を質権者に交付することにより効力が生じ(会146条2項)、質権者による継続的な株券の占有が第三者に対する対抗要件である(会147条2項)。株主名簿に質権者の記載・記録する登録株式質は、会社から直接に剰余金の配当、残余財産の分配その他の物上代位的給付の支払い、引渡等を受けることができ、その効力が強化されるが、株主名簿に記載・登録を行わない略式株式質が普通である。略式株式質権者は会社に対し質権者であることを主張できないが、その効力として、質権者に優先弁済権、転質権及び物上代位権が認められる。A株券不発行会社の株式については、当事者の意思表示のみによって質権が設定されるが、株主名簿に質権者を記載・登録することにより、株式会社を含めた第三者への対抗要件となる(会147条1項)。
振替株式(上場株式)の場合は、質権設定者である加入者の振替の申請により、質権者が振替機関等が備える振替口座簿中の自己の口座に質権者として質権欄に記載・記録されることにより質権が成立する(社債株式振替141条)。振替株式の株主(登録株式質権者)として会社に対し権利を行使すべき者を確定する目的で会社が一定の日(基準日、効力発生日等)を定めた場合には、振替機関は、会社に対し、振替口座簿に記載されたその日の株主(登録質権者)(略式株式質権者の場合は質権設定者)の氏名(名称)・住所、株式の種類・数等を速やかに通知しなければならない(同151条1項)。総株主通知を受けた会社は、通知された事項を、株主名簿に記載・記録しなければならない(同152条1項)。株主名簿に記載された者が登録株式質権者となる。
   なお、株券発行会社の略式質と譲渡担保は、証券の交付により成立し株券の占有の継続が対抗要件である点において、外形的に違いはない(譲渡 担保の場合は、譲渡担保権者に対し単に株券を交付する略式型が通常である。)から、明らかでない場合は、嘱託人に質問する等して明らかにすべきである。一般に、譲渡担保の方が、その実行方法、税務上も有利である。
(2) 手形については、手形に「担保のため」、「質入れのため」と記載した裏書をし、質権者に手形を引き渡すことにより、質権を設定し、その対抗要件を満たすことが認められているが(手19条)、現実には、質入裏書はほとんど行われず、担保の目的を明示しないまま、通常の裏書譲渡を行う形をとる。このような場合は、通常譲渡担保と考えられる。
(3) 無記名債権(無記名社債・公債、商品券、乗車切符等)、は動産とみなされるので(民86条3項)、動産質と同様である。
6 質入債権が利息付きの場合は、質権の効力はその基本権である利息債権に及ぶ。質権設定後、実際に発生した利息債権は果実として処理されることになる(後記7(1)参照)。
  目的債権が保証債務で担保されているときは、保証債務の随伴性から質権の効力はそれに当然に及ぶ。そのことにつき独立の対抗要件を備える必要はない。また、債権質の対象となる債権が質権、抵当権で担保されている場合も、債権質の効力はそれに及ぶことになる。
7 実行
(1)果実からの優先弁済
民法350条により同法297条が準用され、質権者は目的債権の果実を被担保債権に充当することができる。したがって、目的債権が利息付債権で、元本とは別個に支払期限が到来する場合には、債権者はその利息を取り立て、被担保債権に充当することができる。被担保債権の弁済期が未到来のときも同様に充当することは可能である。
(2)@ 目的債権の直接の取立て:債権質権者は、自己の名において質権者自ら取り立てることができ(民366条)、質入れ債権が金銭債権であるときは、質権者は、自己の債権額に対応する限度で取立てることができ(同条2項)、取立てた金銭を自分の所有とし被担保債権の弁済に充当することができる。また、目的債権の弁済期が、質権の被担保債権よりも早い場合は、質権者は、第三債務者に対し供託するように請求でき、その後は、供託金の上に質権が存続する(同条3項)。
以上の取立権には、保証債務・担保権の随伴性の結果、債権質の効力が及んでいる保証債務の履行を請求したり、担保権を実行したりすることを含む。
A 民事執行法に基づく実行:民事執行法に基づく債権執行の手続きによる(民執法193条、同143条以下)こともできる。目的債権が条件付等で取立てが困難なため売却命令(民執法161条)を得る必要がある場合などは、実益がある。
(3) 流質の禁止
債権質にも、民法362条により同349条が準用されており、流質は禁止される。
第4 知的財産権に対する質権設定
1 特許権、その専用実施権あるいは通常実施権を目的として質権を設定することができ、特許権あるいはその専用実施権を目的とする質権の設定は、特許庁に備える特許原簿(なお、通常は、特許庁が備える原簿のうち「特許登録原簿」を「特許原簿」と称している。)にその旨登録されなければ、その効力を生じない(特許98条1項3号)。一方、通常実施権を目的とする質権については、登録は対抗要件とされている(特許99条3項)。特許権が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、その持分を目的として質権を設定することができない(特許73条1項)。
2 特許権者以外の者が、特許発明を実施することの権利として、専用実施権(特許77条)と通常実施権(特許78条)がある。専用実施権は、専用実施権を設定された者が特許権を独占的に実施できる権利であり、通常実施権は特許権を独占的に実施させる権利ではなく、非独占的に許諾された者が実施できる権利である。専用実施権は設定後、登録して初めて効力が発生し(特許98条1項2号)、特許権者の承諾を得た場合に限り、質権を設定し、他人に通常実施権を許諾することができる(特許77条4項)。許諾による通常実施権は、許諾により効力が発生し、登録することにより対抗要件を取得する。
3 特許権、専用実施権又は通常実施権を目的とする質権者は、契約で別段の定めをした場合を除き、当該特許発明の実施をすることができない(特許95条)。これは、質権者よりも特許権者の方が、当該特許発明にふさわしい経済的利益を心得ていると思われ、他方、質権者には、特許権者がそれらの権利を譲渡したり、使用許諾をしたりすることによって取得する請求権上の物上代位権を与えておけば、権利保護が可能と考えられたからである(特許96条)。したがって、質権者が特許発明の実施を希望する場合は、契約で実施権を設定しておく必要がある。
4 未だ特許権の設定登録を受けていない「特許を受ける権利」に付いては、質権の目的にはできないが、譲渡は禁止されていないので、譲渡担保は可能である(特許33条1項、2項)。
5 特許権は、継続的に登録料を支払わなければならない(特許107条、同108条)。利害関係人(質権者、実施権者)は、特許権者の意思に反しても特許料を支払うことができる(特許110条)。
6 実用新案権、意匠権及び商標権も、特許権と同様に、それらの権利又はその各専用実施権について質権を設定する場合には、登録が効力要件とされており、登録しない限り質権は発生しない(実用新案25条3項、意匠36条及び商標34条がそれぞれ準用する特許98条1項3号)。また、実用新案権、意匠権あるいは商標権の通常実施権を目的とする質権についても、特許権の通常実施権と同様、登録は対抗要件とされている(実用新案25条4項、意匠35条4項及び商標34条がそれぞれ準用する特許99条3項)・譲渡担保を設定する場合も同様である。
7 著作権法10条から同12条の2は、著作権を発生させる著作物を規定しているが、著作物以外にも著作権として、保護を受けるものとして、@実演(舞踊、音楽の演奏、歌謡)、Aレコード、CD、LD、MD、ミュージックテープ、Bテレビ、ラジオなどの無線放送、C有線放送がある。
8 著作権法は、著作権は創作によって当然に発生するという無方式主義をとっている(著作17条2項)。著作権の登録は、著作権成立のための要件ではなく、権利変動を第三者に対抗するための要件である。著作権の移転又は処分の制限、著作権を目的とする質権の設定、移転若しくは消滅等の場合、当事者間の合意で担保権は発生し、登録が対抗要件となる(著作77条)。
9 著作者が有する著作者人格権(著作18条から20条)は譲渡できないので、著作者人格権に基づく著作権の利用に対する妨害を排除するため、著作権に担保権を設定するに当たっては、著作者との間でその旨の合意を事前にしておく必要がある。
 

22 工場抵当権
(文例29)
工場抵当権設定金銭消費貸借契約公正証書
第○条 債務者乙(以下「乙」という。)は、債権者甲(以下「甲」という。)に対し、本契約に基づく債務を担保するため、その所有に属する別紙表示の物件に対し工場抵当法第2条による順位第○番の抵当権を設定した。
    乙は直ちに前項による抵当権設定の登記申請手続をするものとする。
第○条 次の各号の一に該当するときは、乙は直ちにその旨を甲に通知し、速やかに目録記載の変更登記申請手続をするものとする。
  @ 新たに抵当権の目的たる機械、器具その他の工場の用に供する物を備え付けたとき。
  A 目録記載物件が滅失したとき。
  B 目録記載物件につき抵当権が消滅したとき。
C 目録記載物件の表示に錯誤又は遺漏があつたとき。
 (その他の条項は、一般土地建物抵当の場合の文例1、22等参照)
 (別紙目録)
物 件 目 録
不動産の部
  1 所 在  ○県○市○町
    地 番  1358番
    地 目  宅  地
    地 積  1879・15平方メートル
2 所在地番 ○県○市○町1358番
   家屋番号   1358番の10
   種  類   工 場
   構  造   木造瓦葺平家建
   床 面 積  1080・50平方メートル
機械、器具の部(工場抵当法第3条目録)
 ○県○市○町1358番地
 家屋番号  1358番の10
 木造瓦葺平家建工場床面積1080・50平方メートル内に備付けの物件
@ 全版印刷機   製   年式  1台
 A 断 裁 機   製   年製  2台
 B 印 刷 機   製    式  1台
 C 馬力電動機   製   年製  1台
上記は付属一式を含む
 
〔参考事項〕
1 工場抵当法(以下「法」という。)第2条による抵当は一般の抵当の場合とほぼ同じであり、各別個の不動産について各別に設定登記がなされる。この点が数個の不動産を一個の財団としてなされる工場財団と異なる。ただ、一般抵当と相違する点は、機械、器具その他工場の用に供する動産にも及ぶ点である(法2条、同3条)。
2 工場抵当は工場の所有者でなければ抵当権の設定ができない。すなわち、工場を他人より賃借しその中に自己の機械、器具を備え付けているような者は、いかに工場の経営者であっても抵当権の設定はできない。
3 工場の所有者である以上は、自己の債務のためのみならず他人の債務のためにも抵当権の設定ができる。
4 工場抵当権の設定には不動産のほか法3条により土地又は建物に備え   付けた機械、器具その他工場の用に供する物件の目録を提出することを要し、該目録は登記簿の一部とみなされる(法3条)。
5 登録された自動車、登記された船舶等は、工場抵当の目的物件とすることはできない。この点、工場財団抵当の場合と異なる。これらの物件は各所定の抵当権設定の登録又は登記をすべきである。
6 法第3条による目録に記載する機械、器具等の物件は、その種類、構造、個数又は延長、製造者名、製造年月日、記号、番号その他同種の他の物と区別し得る特質があるときは、その特質をも記載すべきである(工場抵当登記取扱手続9条)。ただし、軽微なる付属物については「付属一式」と記載してもよい。
7 共同抵当の形で抵当権を設定する場合の目録は一筆の土地、一棟の建物ごとに各別にすべきである。
8 二個以上の不動産につき工場抵当権を設定するには共同担保目録を添付すべきである。この共同担保目録は登記簿の一部とみなされる。
9 工場抵当権の設定された土地又は建物に新たに機械、器具が備え付けられた場合は、目録の変更登記をしない限り第三者に対抗できない。
10 目録記載の物件中、滅失又は抵当権者の承諾を得て除去し、若しくは第三取得者が完全な権利を取得した場合には、目録記載の変更登記をすべきである。(法3条4項、同38条1項)。
11 目録中、記載物件の表示に錯誤又は遺漏等があった場合は更正登記をすることができる。
12 抵当不動産の表示は登記簿の記載と符合しなくてはならないことに注意を要する。なお、工場抵当権を設定するには、その不動産が工場に属するものであることを要する(法2条)。ただし、工場であれば足り居宅や事務所と同一建物であっても差し支えない。
13 工場に属する土地、建物につき普通抵当権が設定されている場合、法第3条による目録が数通存在するとき、後順位の目録に新たに物件追加の変更登記がなされた後、先順位のものに同様の登記がなされた場合の優先順位については問題があるが、抵当権自体の順位によるべきであろう。
14 債務者会社の代表取締役が自己個人所有の建物内に備え付けられている会社所有の機械、器具とを一括して、これに法第2条の抵当権を設定した場合を有効とした昭和37年5月10日(金融法務事情420号41頁)の最高裁判決があるが、かかる登記申請は受理されないのが普通であろう。
15 法第3条による目録の記載方法に関する前掲登記取扱手続9条2項に「軽微ナル附属物ノ記載ハ概括シテ之ヲ為スコトヲ得」とあるので、この規定について屡々問題を生ずる。例えば、「製糸工場に備付の物件のうちベルト、手水カン、椅子、杓子、網等は右にいう附属物に該当するので、目録明記物件に附属品共と記載してあれば足る」と判示した判例(大判昭和8・5・24民集1573)、また「軽微な附属物と認められない機械(2馬力モーター付2機筒水圧ポンプ)の如きは、これを具体的に記載することを要し、概括的記載のうちに含ませることはできない」とした判例(最判昭和32・12・27民集11・2524)がある。要は個々の具体的事案に則して決するほかはないが、右法条が物件の特定要件を極めて詳細に定めている点、目録の記載が第三者対抗要件であることに鑑み、上記の概括的記載ができる場合を狭く解するのが相当であり、この点目録の記載に関し特に留意すべき事項である。
 

23 工場財団抵当権
(文例30)
工場財団抵当件設定金銭消費賃貸借契約公正証書
第○条 債務者乙(以下「乙」という。)は、債権者甲(以下「甲」という。)に対し、本日、本債務を担保するため、その所有にかかる別紙表示の工場財団に対し順位第○番の抵当権を設定した。
第○条 乙は直ちに右抵当権設定の登記申請手続をする。
第○条 乙は次の事項を履行することを諾約した。
 @ 工場財団に属するものを第三者に譲渡又は賃貸をしないこと。
 A 工場財団目録に掲げた事項に変更を生じたときは、直ちに甲にその旨を通知すること。
 B 工場財団に属するものを財団より分離しないこと。
 C 工場財団の分割をしないこと。
 (他の条項は文例1、22等参照)
 
〔参考事項〕
1 工場財団に対する抵当権の設定には、前提条件として工場財団を設定し、かつその旨の所有権保存の登記を了することが必要である(工場抵当法(以下「法」という)8条、9条)。この点が法2条による工場抵当の場合と異なるから注意すべきである。
2 工場財団はその所有権保存の登記をすることによって一個の不動産とみなされるから、その抵当権も一個の不動産の上に存するものである(法14条1項)。
3 工場財団は保存登記後6か月内に抵当権の設定登記を受けないとき、抵当権設定の登記の全部が抹消せられ又は甲工場財団を分割しその一部を乙工場財団とした後6か月以内に新たなる抵当権の設定の登記を受けないとき、根抵当権の設定の仮登記がなされたまま6か月以上経過したときは消滅する(法8条3項、同10条、昭和40年4月28日民事局第三課長回答)。
4 別紙目録は工場財団設定の所有権保存登記に基づいて記載すべきであって工場財団目録を添付する必要はない。この点も法第2条による抵当権設定登記に法第3条の目録を添付するのと相違する。
5 工場財団の組成物件となし得るものは次のとおりである。
@ 工場に属する土地及び工作物
A 機械、器具、電柱、電線、配置諸管、軌条その他の付属物(機械、器具は単に工場に設置してあるものに限らず広く工場の用に供するもの、原料又は製品の運搬のための工場用の船舶、自動車、運搬車等を含む。)
ア 地上権
イ 賃貸人の承諾のある物の賃借権
ウ 工業所有権(特許権、実用新案権、商標権、意匠権及びそれらの実施権、使用権等にして工場所有者名義に登録されたもの)
ダム使用権(以上法11条)
登録自動車 道路運送車両法による自動車(軽自動車、小型特殊自動車及び2輪の小型自動車を除く。)で工場の所有者名義に所有権の登録を受けたもの(法13条の2)。
エ 工場財団の組成物件とする不動産は所有権保存の登記を完了していることを要する(法12条)。
オ 工場財団の組成物件となすことを得るものは同一場所に存在する必要はなく、数府県に散在する工場についても一個の工場財団とすることができるほか、工場の所有者が各別に異なっても差し支えない(法8条1項)。
   この場合の登記につき法17条に規定がある。
B 工場財団の組成物件とすることができないものは次のとおりである。
ア 他人の権利の目的となっているもの(法13条1項)
イ 差押え、仮差押え若しくは仮処分の目的となっているもの(法13条1項)
ウ 仮登記のある物件については、法13条1項に直接的規定がないが、他人の権利の目的となっているものの中に包含されると解するのが相当である。
オ 予告登記、登録のある物件については、他人の権利が未だ確定していないのだから一応組成物件となし得ると解する。ただし、本訴において第三者の権利が確定されれば、それが工場財団登記前になされている以上、当然工場財団から除外されることとなる。
カ 他人の権利に属する動産であっても財団目録に登載され登記官において法24条所定の公告をなし、所定期間内に上記不動産につき権利を有する者がその権利を申し出ないときは、法25条の規定によりその権利は存在しないものとみなされる。
  C 工場財団の所有権保存登記は工場財団登記簿に記載される(法9条)が、その表題部には、
ア 工場の名称及び位置
イ 主たる営業所
ウ 営業の種類
    が記載される。
D 工場財団の所有権保存の登記の際は、その組成物件を記載した工場財団目録及び工場に属する土地、工作物及び重要なる機械、器具等の配置を記載した図面を添付する。
     上記目録は登記簿の一部とみなされ、その記載はこれを登記とみなされる(法21条、同22条)。
  6 工場財団目録及び工場の図面は工場毎にこれを調製する(法22条、同23条、工場抵当登記取扱手続4条2項)。
7 法2条の規定によって抵当権の目的たる物が第三者取得者に引き渡された後でも、その物につき抵当権を行使することができるが、この場合でも民法192条(即時取得)ないし同194条の適用を妨げないことは、法5条2項の明定するところである。これに反し工場財団に属する動産については、そのような特別規定がなく明文上は準用もされていない。しかし、判例(最判昭和36・9・15民集15・2172)、学説は、いずれも工場財団に属する動産についても、民法192条の適用を肯定している。けだし、工場財団は全体としてこれを一個の不動産とみなされるけれども(法14条)、それを組成する動産が一旦財団から分離された以上、独立した動産でないとはいえないから、取引安全の要請が優先し、民法192条の要件を具える限り、即時取得が成立し、その結果として抵当権の効力はその上に及ばないことになる。
 

24 譲渡担保
(文例31) 不動産譲渡担保付き金銭消費貸借契約公正証書
第1条ないし第5条 文例1の第1条から第5条(主債務の存在、内容等)と同一である。
(譲渡担保の設定)
第6条 債務者乙(以下「乙」という。)は、第1条から前条までの金銭消費貸借契約に基づく債務(以下「本件債務」という。)を担保する目的でその所有に属する下記土地・建物(以下「本件物件」という。)(省略)の所有権を、次条以下の約定に基づき債権者甲(以下「甲」という。)に譲渡し、占有改定の方法により本件物件を甲に引き渡した。
2 乙は、甲に対し、本契約締結後速やかに、本件物件につき、それぞれ、平成○○年○月○○日付譲渡担保を原因とする所有権移転登記手続をすることを約した。登記手続費用は、乙の負担とする。
(債務の弁済と本件物件の返還)
第7条 乙が期限の利益を失うことなく本件債務を履行したときは、甲は、速やかに、本件物件の所有権を乙に移転し、乙に対し、本件物件につき、債務弁済を原因とする所有権移転登記手続をする。登記手続費用は、乙の負担とする。
(債務不履行と処分清算)
第8条 乙が本件債務の弁済期日に履行を怠り、又は本件債務につき期限の利益を喪失したときは、甲において本件物件を売却し、その売得金で本件債務の弁済に充当することができる。この場合、換価代金が本件債務の全部の額に満たないときは、乙は、直ちにその不足額を甲に支払い、その換価代金が本件債務の全部の額を超過するときは、甲は、直ちにその超過額を清算金として乙に支払うものとする。
(譲渡担保設定に伴う使用貸借)
第9条 甲は、本件物件を次の約定により平成○○年○月○○日から本件債務の弁済期日である平成○○年○月○○日まで乙に無償で使用させるために貸し渡し、乙はこれを借り受け、本件物件の引渡しを受けた。
(1) 乙は、本件物件を善良なる管理者の注意をもってその用法に従って使用収益し、かつ、その費用を負担すること。
(2) 乙は、本件物件につき第三者により占有を妨げられ、又はそのおそれがあるときは、速やかに甲にその旨を通知すること。
(3) 乙が本件債務を履行したときは、使用貸借は、当然消滅するものとし、第7条の約定に従い、乙は、本件物件の所有権の移転を受けること。
(4) 乙が本件債務を履行しないときは、使用貸借は、当然終了し、第7条の約定に従い、乙は、甲に対し、同項の清算金がある場合にはその支払を受けるのと引換えに、それ以外の場合には直ちに、本件物件全部を返還すること。
(瑕疵に基づく責任)
第10条 前条による使用貸借に基づき乙が本件物件について占有を始め、同条3号により使用貸借が終了し、又は同条4号により乙が本件物件全部を甲に返還するまでの間(以下「債務者使用期間」という。)において、本件物件に瑕疵があることによって生じる損害については、甲及び乙は、乙がその責任を負い、甲がその責任を負うことがないことを相互に確認する。
(維持管理費用、公租公課等の負担)
第11条 本件物件に係る債務者使用期間における維持管理(修繕を含む。)に要する費用、固定資産税その他の公租公課等は、乙の負担とする。
(危険負担及び付保)
第12条 債務者使用期間において、本件物件の全部又は一部が甲、乙のいずれの責めに帰すことができない事由によって滅失し、又は損傷したときにも、その滅失又は損傷は、乙の負担に帰するものとし、甲の被担保債権は、本件物件の滅失又は損傷にかかわらず、消滅しない。
2 乙は、甲に対し、本件物件のうち建物について債務者使用期間を保険期間とする火災保険(火災等による同建物の滅失又は損傷を保険事故とし、同建物の価額を保険金額とするもの)を付けるために要する保険料その他の保険費用を乙の負担とすることを承諾し、同保険費用の支出については、甲の請求があり次第、これに応じることを約した。
(譲渡担保権実行前の強制執行)
第13条 甲は、乙が本件債務を履行しないときは、第8条による権利を行使するに先立って乙の財産の上に強制執行をすることができるものとする。この場合において、甲は、第8条による権利を放棄して本件物件の所有権を債務者に返還することができるものとし、これによるときは、本件物件は、乙の財産として、強制執行の対象財産となる。
(執行認諾)
第14条 乙は、本件債務を履行しないときは、直ちに強制執行に服する旨陳述した。
 
(文例32) 個別動産譲渡担保付き金銭消費貸借契約公正証書
第1条ないし第5条 文例1の第1条から第5条(主債務の存在、内容等)と同一である。
(譲渡担保の設定) 
第6条 乙(債務者)は、第1条から第5条までの金銭消費貸借契約に基づく債務(以下「本件債務」という。)を担保するため、その所有に属する下記物件(以下「本件物件」という。)を次条以下の約定に基づき甲(債権者)に譲渡し、かつ、その所有権を移転し、占有改定の方法により本件物件を甲に引渡した。
保管場所の表示
所  在  東京都○○区○○△丁目○○番地○
家屋番号  ○○番の○
種  類  工場
構  造  鉄骨スレート葺平家建
床面積  ○○○平方メートル
所有者  債務者
名称・通称  ○○工場
動産の表示
上記の保管場所にある下記の物件及びこれに関連・附帯する設備等一式
物件の種類・名称 ○○用旋盤
製造者  株式会社○○製作所
製造年月日 平成○○年○月○日
製造番号 VIC○○○B−U    
2 乙は、甲に対し、この契約締結後速やかに、本件物件の見やすい箇所に「本件物件が甲の所有に属する物件である」旨の文字が記載された金属製プレートを容易には取り除くことができない方法で付着させて明認方法を施すことを約した。
(債務の弁済と本件物件の返還)
第7条 乙が期限の利益を失うことなく本件債務を履行したときは、本件物件の所有権は当然に乙に復帰するものとし、甲は乙に対し、本件物件を返還する。
(債務不履行と清算)
第8条 乙が本件債務の弁済期日に履行を怠り、又は本件債務につき期限の利益を喪失したときは、甲において本件物件を任意に換価処分又は評価し、その換価金又は評価額をもって、任意に本件債務及び必要費用の全部又は一部に充当することができる。
2 前項の場合においては、乙は、甲に対し、本件物件の換価又は評価に必要な一切の書類を直ちに交付するものとし、また、同項による担保権実行のために本件物件を保管場所から搬出する必要があるときは、乙は、正当な理由がある場合を除き、これに協力し、本件物件を甲に現実に引き渡すものとする。
4 甲による換価の代金又は評価による価額が本件債務の全部の額に満たないときは、乙は、直ちにその不足額を甲に支払い、その換価代金又は評価額が本件債務の全部の額を超過するときは、甲は、直ちにその超過額を清算金として乙に支払うものとする。
(譲渡担保設定に伴う使用貸借)
第9条 甲は、本件物件を次の約定により平成○○年○月○○日から本件債務の弁済期日である平成○○年○月○○日まで乙に無償で使用させるために貸し渡し、乙はこれを借り受け、本件物件の引渡しを受けた。
(1) 乙は、本件物件を善良なる管理者の注意をもってその用法に従って使用収益し、かつ、その費用を負担すること。
(2) 乙は、本件物件につき第三者により占有を妨げられ、又はそのおそれがあるときは、速やかに甲にその旨を通知すること。
(3) 乙が本件債務を履行しないときは、使用貸借は、当然解除され、乙は本件物件全部を直ちに甲に返還し、かつ、引き渡すこと。
(4) 乙が本件債務を履行したときは、使用貸借は、当然消滅するものとすること。
(譲渡担保権実行前の強制執行)
第10条 甲は、乙が本件債務を履行しないときは、第8条による権利を行使するに先立って乙の財産の上に強制執行をすることができるものとする。この場合において、甲は、第8条による権利を放棄して本件物件の所有権を乙に返還することができる。
 (執行認諾) 
第11条 乙は、本件債務の支払いを怠ったときは、直ちに強制執行に服する旨陳述した。
 
(文例33) 債権譲渡担保付き金銭消費貸借公正証書
第1条ないし第5条 文例1の第1条から第5条(主債務の存在、内容等)と同一である。
(譲渡担保の設定)
第6条 乙(債務者)は、本日、第1条から第5条の金銭消費貸借契約に基づく債務(以下「本件債務」という。)を担保するため、乙の有する下記の債権(以下「本件譲渡債権」という。)を甲(債権者)に譲渡した。
本件譲渡債権の表示
第三債務者 住所 東京都○○区○○町○丁目○番○号
商号 株式会社○○商事
譲渡債権  種別 売掛債権
発生原因及び額
債務者と第三債務者○○との間の平成○○年○月○○日付売買契約に基づき債務者が第三債務者に対して有する売買代金債権 金○○○万円
(本件譲渡債権の保証等)
第7条 乙は、甲に対し、本件譲渡債権について無効、取消原因、相殺、譲渡禁止特約等による抗弁事由その他一切の瑕疵がないことを保証する。
2 乙は、甲に対し、本件譲渡債権について、第三者に譲渡し、移転し、担保として提供する等、甲の権利を侵害し、又は侵害するおそれがある一切の行為をしないことを約する。
(対抗要件の具備)
第8条 乙は、本契約の締結後速やかに、第三債務者から本件債権譲渡を異議なく承諾する旨の記載された確定日付ある証書を取得する方法又は第三債務者に対し確定日付ある証書をもって本件債権譲渡を通知する方法により、甲に対し、本件債権譲渡につき対抗要件を具備させなければならない。
(乙による譲渡債権の弁済受領)
第9条 乙が本件債務の支払期日に履行を怠り、又は第4条により本件債務につき期限の利益を喪失した場合において、甲が乙又は本件譲渡債権の第三債務者に対し本件譲渡担保権実行の通知をしたときは、乙は、本件譲渡債権の弁済を受領する権限を喪失し、甲において本件譲渡債権の弁済を受領し、これを乙に対する債権に充てることができるものとし、乙は、甲によるこの弁済受領及び充当につき、異議を述べない。
(譲渡担保権実行前の強制執行)
第10条 甲は、債務者が本件債務を履行しないときは、前条による権利を行使するに先立って乙の財産の上に強制執行をすることができるものとする。
(強制執行認諾)
第11条 乙は、本件債務を履行しないときは、直ちに強制執行に服する旨陳述した。
 
〔参考事項〕
第1 譲渡担保一般
1 譲渡担保の意義
(1)  譲渡担保とは、債権担保の目的をもってする目的物の所有権の譲渡であり、単純な売買ではなく、消費貸借契約等が併存し、債務が弁済されれば所有権は戻るという内容のものである。対象となる目的物の所有権が融資者に移転する点において抵当権、質権、仮登記担保などの他の担保と区別される。そして、その移転によっても、債権債務関係が残るものが譲渡担保であり、その移転により、債権債務関係が消滅し、後日、担保提供者が買戻し、再売買などの方法により一定の代金(通常、元本及びこれに対する利息を加算した金額)を買主に支払うことにより先に売り渡した目的物を回収するものがいわゆる売渡担保と総称される。もっとも、「売渡担保」の形式が採られていても、債権担保の目的で占有も債権者に移転を伴わない場合は、両者に法的処遇に差異はなく、「譲渡担保」として一律に取り扱うべきとされている(最判平成18・2・7民集60・2・480)。
(2)  譲渡担保が有効であることについては、判例、学説上早くから認められているが、その法律構成は、大きく分けて所有権的構成と担保的構成とに分類できる。
判例は、基本的には所有権的構成を採っており、譲渡担保の目的物の所有権は、当事者の意思が明らかでない場合は、内部的にも外部的にも債権者に移転する(大審院連合部大正13.12.24判決民集3・555)と解しているが、事案に応じ担保権的な考え方も採っている(最判昭和41・4・28民集20・4・900は、譲渡担保権設定者に会社更生手続が開始した場合に、譲渡担保権を取戻権を有する所有権とは扱わず、担保権として更生担保権者に準じた扱いをすることを認めている。)。
2  譲渡担保の設定
(1)譲渡担保設定契約は、@目的物を譲渡すること、及びA譲渡が一定の債権の担保のためであることとする、債権者と目的物所有者間の合意(諾成・不要式)である。「債権の表示」とその「債権の担保目的としての譲渡」であることを明確にする必要がある。
(2)当事者
  譲渡担保設定契約は、被担保債権の債務者が、債権者に対し、債務者所有の財産権を譲渡して債権者のために設定するのが普通であるが、抵当権等を設定する場合と同様、債務者以外の第三者がいわゆる物上保証人として譲渡担保を設定することも可能である。
(3)被担保債権 
 質権や抵当権と同様に考えてよい。被担保債権は、ほとんどの場合、金銭債権であるが、まれには、同種同量のものの返還請求債権などの非金銭債権もあり得る。更に、将来において増減変動する債務を担保するために、いわゆる根担保として根譲渡担保の設定も可能である。
(4) 目的物の種類等
   @ 譲渡担保の目的物は、譲渡可能性のある財産権であれば、機械器具、販売目的の商品等の動産、土地・建物(不動産)(なお、土地の賃借人がその賃借地上に所有する建物を譲渡担保とした場合は、特別の事情がない限り、その譲渡担保の効力は、土地の賃借権に及ぶ。最判昭和51・9・21判例時報833・69)、手形小切手、株券等の有価証券、債権、無体財産権等その種類を問わず、対象となり得る。出願中の特許は質権の目的とすることはできないが(特許33条2項)、譲渡は認められているため、譲渡担保の目的となる。しかし、恩給受給権(恩給11条 同条1項ただし書に注意)や漁業権(漁業26条)のように法律で一般的な譲渡可能性が認められていない場合には、譲渡担保に供することはできない。電話加入権(旧公社と締結した契約に基づく旧公衆法(廃止前公衆電気通信法)の規定によるもの)は、質権の対象とすることはできないが、譲渡性は否定されておらず(電気通信事業法附則9条1項又は2項の規定によりなおその効力を有する旧公衆法38条1項ないし4項)、譲渡担保に供し得るものと解される。
なお、いわゆる老舗権ないし「のれん」、ある種のノウハウなどの財産権も譲渡性を有し、譲渡担保の目的になり得ると解されている。
また、集合動産を含め、集合財産は、譲渡担保の目的になり得るのみならず、集合動産又は集合債権にあっては、後述のように、将来その範囲ないし量が変動するいわゆる流動集合動産又は流動集合債権についても、譲渡担保の目的となり得る。
A 譲渡担保設定者は、債権担保のためではあるが、その所有の目的物を債権者に譲渡するのであるから、その譲渡につき目的物の性質に応じた対抗要件を債権者に具備させる必要がある。前記のように、譲渡可能性がある財産権であれば、不動産、動産、株式、債権、無体財産権等、その種類を問わず対象となり得るが、その性質に応じた対抗要件の具備について的確に記載する必要がある。
3 目的物の利用関係
目的物の使用・収益を当事者のいずれが行うかは、設定契約によるが、譲渡担保設定者が使用・収益を続ける旨約定されるのが通常である。担保的構成を採れば、設定者の所有権に基づく利用であるが、所有権的構成を採った場合、利用権限は、賃貸借や使用貸借の形式を採り、通常、賃貸借の場合には賃料が利息となり、使用貸借の場合には別途消費貸借の利息が支払われることになる。もっとも、賃貸借、使用貸借の形式を採るといっても、譲渡担保特有の特殊な利用権であり、例えば、賃貸借の構成を採った場合、賃料(利息)の支払いを怠った場合直ちに解除されるとするのは適当ではなく、また、使用貸借といっても、債権者から何時でも解除できるわけではなく、設定者の占有は譲渡担保権の実行によってはじめて終了することになる。
4 優先弁済権(譲渡担保の実行)
(1)譲渡担保は法に規定のない担保権であり、私的な実行による。実行には、債務不履行等、その他の当事者間の契約で定められた実行事由の発生と、譲渡担保権者から設定者に対し、実行通知(確定的な所有権を取得する旨等の意思表示)が必要である。
(2)被担保債務が期日に弁済されないときに、譲渡担保権者がどのような方法で優先弁済を受けることができるかについては(譲渡担保の実行)、大別すると、@譲渡担保権者が目的物を第三者に処分しその換価金から弁済を受ける処分型と、A譲渡担保権者が目的物の所有権を自己に帰属させることにより債権の満足を得る帰属型とがある。いずれの場合も、目的物の価額と被担保債権額との間に差額があればこれを清算金として債務者に支払うことを要し、清算金の支払いと目的物と目的物の引渡請求とは引換給付の関係にある(最判昭和46・3・25民集25・2・208)(したがって、@は処分清算型、Aは帰属清算型といわれる。)。また、最判昭和62年12月12日(民集41巻1号67頁)は、「債務者所有の不動産に設定された譲渡担保が帰属清算型である場合、債務者の支払うべき清算金の有無及びその額は、債権者が債務者に対し清算金の支払若しくはその提供をした時若しくは目的不動産の適正評価額が債務額(評価に要した相当費用の額を含む。)を上回らない旨の通知をした時、又は債権者において目的不動産を第三者に売却をした時を基準として、確定されるべきである」と判示し、帰属清算型の譲渡担保においても、清算前に目的不動産が第三者に処分された場合には清算金の支払関係のみが残るとしている。更に、最判平成6年2月22日(民集48巻2号414頁)は、「不動産を目的とする譲渡担保契約において、債務者が弁済期に債務の弁済をしない場合には、債権者は、右譲渡担保契約がいわゆる帰属清算型であると処分清算型であると問わず、目的物を処分する権能を取得するから、債権者がこの権能に基づいて目的物を第三者に譲渡したときは、原則として、譲受人は目的物の所有権を確定的に取得し、債務者は、清算金がある場合に債権者に対してその支払いを求めることができるにとどまり、残債務を弁済して目的物を受け戻すことはできなくなると解するのが相当である・・・」と判示した。これらの判例によれば、譲渡担保権者は、帰属清算か処分清算かを選択でき、設定契約でどちらかに定める必要はなく、譲渡担保権者が自らの判断に従い、処分清算型と帰属清算型のいずれの方法も採ることができることになると解せられる。
(3)特約で清算義務を排除できるかどうかは争いがある。目的物の価額が被担保債権額を大幅に上回れば特約は無効であろう。清算金が僅かな場合まで絶対に排除できないかどうかは疑問があるが、債務者保護の観点から上記特約を簡単に認めることは差し控えるべきであろう。
5 受戻し
設定者は、何時まで債務を弁済して目的物の所有権を取り戻すことができるかについては(目的物を受け戻すことができる債務者の地位を一般的に「受戻権」という。)、前記一連の最高裁判例によれば、ア帰属型清算型の譲渡担保の場合は、@目的不動産の適正価額が債務の額を上回る場合は、債権者が債務者に対し、清算金の支払い又はその提供をするまでの間、A目的不動産の適正価額が債務の額を上回らない場合は、債権者が債務者に対し、その旨通知するまでの間、イ処分清算型の譲渡担保の場合は、その処分の時までである。なお、判例(最判昭和57・1・22民集36・1・92)によれば、受戻しとは、「債務の弁済により債務者の回復した所有権に基づく物権的返還請求権ないし契約に基づく債権的請求権・・・の行使として行われるもの」で独立に消滅時効に服するものではないとされる。また、清算金支払請求権と受戻権は別個の権利であるから、「譲渡担保権設定者は、譲渡担保権者が清算金の支払又は提供をせず、清算金がない旨通知をしない間に譲渡担保の目的物の受戻権を放棄しても、譲渡担保権に対して清算金の支払を請求することはできない」(最判平成8・11・22民集50・10・2702)。
6 物上代位
譲渡担保権に抵当権などと同様な物上代位が認められるかについては、一般的には、保険金請求権などのように目的物の価値代替物(代償的債権)には認められるが、賃料のように価値代替物ではなく派生的な債権(派生的債権)には認められないと解されている。売買代金債権については、最判平成11年5月17日(民集53巻5号863頁)は、「銀行甲が、輸入業者乙のする商品の購入について信用状を発行し・・・・・乙に輸入代金決済金相当額を貸し付けるとともに、乙から右約束手形金債権の担保として輸入商品に譲渡担保権の設定を受けた上、乙に右商品の貸渡しを行ってその処分権限を与えたところ、乙が、右商品を第三者に転売した後、破産の申立てをしたことにより右約束手形金債務につき期限の利益を失ったという事実関係のもとにおいては、甲は、右商品に対する譲渡担保権に基づく物上代位権の行使として、転売された右商品の売買代金債権を差し押さえることができる」と判示し、事例判決ではあるが売買代金債権につき物上代位することを認めている。
7 対外的効力(対抗関係)及び対抗要件の具備
(1) 譲渡担保が第三者との関係を生じるのは、@譲渡担保権の設定者側の第三者との関係、例えば、設定者が目的物を第三者に処分した場合の第三者と譲渡担保権者との対抗問題、A譲渡担保権者側の第三者との関係、例えば、譲渡担保権者が目的物を処分した場合の設定者の受戻権、B債権者による差押え、例えば、譲渡担保権の目的物を設定者の一般債権者が差押えた場合と譲渡担保権者との関係である(所有権的構成を採るか、担保的構成を採るかで対抗問題の局面は異なるが、これらの場合、第三者と譲渡担保権者等3との間で対抗問題が生じる。)。
(2) 対抗要件
対抗要件については、第2(不動産譲渡担保)2、第3(動産譲渡担保)4、第4(債権譲渡担保)3、文例34の参考事項4、文例35の参考事項4を参照。
(3)設定者側の第三者と譲渡担保権者との関係
ア 設定者乙が目的物を処分した場合、例えば、設定者乙から目的物の譲渡を受けた丙と譲渡担保権者甲とは、所有権的構成では二重譲渡の関係になり、先に占有改定(動産)、登記(不動産)等の対抗要件を具備したものが優先し、通常は譲渡担保権者甲が優先し、丙は所有権の取得を対抗できないが、丙に即時取得(動産の場合)が成立すれば丙が所有権を取得することになる。
  担保的構成を採ると、設定者乙は担保権付の動産(不動産)を譲渡したことになり、第三者丙は譲渡担保権付の所有権を取得する。ただし、負担のない所有権であると丙が信ずるに過失のないときは、動産の場合は、譲渡担保権の負担のない所有権を取得する。
イ 譲渡担保権が二重に設定された場合、所有権的構成では二重譲渡と同様に、先に対抗要件を取得したものが優先することになる。もっとも、動産の場合は即時取得の余地はある。
  担保的構成を採った場合、担保の趣旨を徹底すれば、対抗要件具備の順序に従い第二順位の譲渡担保権を取得することになろう。
ウ 設定者の一般債権者が、譲渡担保の目的物を差押えた場合、所有権的構成をとれば、対抗要件を備えた譲渡担保権者は、第三者異議の訴えを提起することができる(最判昭和56・12・17民集35・9・1328)。
(4)譲渡担保権者側の第三者と設定者との関係
 譲渡担保権にも担保権としての随伴性が認められ、譲渡担保権者甲が被担保債権とともに譲渡担保権を第三者丙に移転することは可能であるが、問題は、譲渡担保権者が目的物を自己のものとして第三者の譲渡した場合である。
ア 被担保債務の弁済期前に甲から丙へ目的物が譲渡された場合、所有権的構成を採れば、丙は善悪を問わず有効に所有権を取得できる。設定者乙は、弁済期前でも弁済の提供をして目的物を受け戻すことができるが、あたかも甲から丙、乙と二重に譲渡された関係になり、いずれが優先するかは対抗要件で決まる(担保的構成を採れば別の結論になる。)。
イ 弁済期後の譲渡については、判例は、処分清算型も帰属清算型場合の場合も、弁済期後の目的物処分により受戻権は消滅し、丙は完全な所有権を取得することになる(最判平成6・2・22民集48・2・414は、「丙が背信的悪意者に当たるときであっても、譲渡担保を設定した債務者は目的不動産を受け戻すことができない」と判示する。)。
第2 不動産譲渡担保
1 目的物件
文例31は土地及び建物が譲渡担保の目的とされる事案である。
土地の賃借人がその賃借地上に所有する建物を譲渡担保とした場合は、特別の事情がない限り、その譲渡担保の効力は、土地の賃借権に及ぶというのが判例(最判昭和51・9・21判例時報833・69)である。この場合において、債権者が帰属清算の方法により建物の所有権を取得した場合の清算金額の算定に当たっては、特段の事情のない限り、借地権付建物として適正に評価された価額を基準とすべきであるが、賃貸人の承諾が得られず、旧借地法10条(借地借家法13条)による建物買取請求権を行使するほかないと認められる場合は、その請求権を行使した場合における建物の時価を基準とすることが許される(前記最判昭和51・9・21)ということになるが、このような借地上の建物を譲渡担保の目的物とする場合には、当該借地権の譲渡の可能性(賃貸人の承諾を得ることの可能性)をどのように折り込むかを当事者間でよく詰めさせた上で、それを反映した相当な条項を盛り込むように工夫をする必要がある。
2  対抗要件
不動産譲渡の対抗要件は、所有権の移転登記である。登記原因については「譲渡担保」とすることが認められている。登記原因を「売買」とするものもあるが、平成16年の不動産登記法の改正により、登記申請において「登記原因を証する情報」を提供しなければならなくなった(不登61条)ので、実体を正確にあらわす「譲渡担保」を登記原因とする登記が多くなると思われる。
3  譲渡担保権の実行の方法
譲渡担保権の実行の方法についての約定については、文例31の第7条では、処分清算型を採用している。
譲渡担保権者において処分清算型と帰属清算型のいずれをも選択することが可能とする約定としては、次のような文例が考えられる。
(譲渡担保権の実行の方法)
第○条 債務者が本件債務を履行しないときは、債権者は、次の(1)(2)のいずれかの方法の一つを選択し、この選択について債務者に書面で通知し、その選択した方法により被担保債権の優先弁済を受けるとともに、不足額があるときは債務者に対し更にこれを請求することができるものとし、剰余金があるときは債務者に対し速やかに清算金を支払うものとする。
(1)  債権者において本件物件を売却し、その売得金で本件債務の弁済に充当する。この場合、換価代金が本件債務の全部の額に満たないときは、債務者は、直ちにその不足額を債権者に支払い、その換価代金が本件債務の全部の額を超過するときは、債権者は、直ちにその超過額を清算金として債務者に支払うものとする。
(2)  債権者において本件物件を適正に評価し、その適正評価額で本件物件を本件債務の弁済に充てる。この場合、適正評価額と本件債務額(被担保債権額)との間に差額(剰余)があればこれを清算金として債務者に支払い、その差額がなければその評価額の限度で被担保債権を消滅させ、なお、その不足額を債務者に請求するものとする。
4  債務者の使用権原
文例31では、譲渡担保設定後の本件物件についての債務者の使用権原については使用貸借の約定(第9条)を記載している。この使用貸借の効力として、債務者は、本件物件を善良なる管理者の注意をもってその用法に従って使用収益し、かつ、その費用を負担することとされるところ、本件物件の瑕疵に基づく責任につき第10条(債務者が責任を負う旨)、本件物件の維持管理費用、公租公課等の負担につき第11条(債務者の負担とする旨)、危険負担及び付保につき第12条(債権者、債務者のいずれの責めにも帰すことができない事由による滅失又は損傷は、債務者の負担に帰するものとし、債権者の被担保債権は、消滅せず、本件物件のうち建物についての火災保険の付保に要する保険料その他の保険費用は債務者の負担とする旨)の各約定を記載した。
5  譲渡担保権の実行と執行証書に基づく強制執行の実施との関係
譲渡担保権の実行と執行証書に基づく強制執行の実施との関係については、手続上は、基本的に別個に行われるものである。文例31の第13条は、このことを念のために明らかにするものである。
 
第3 動産譲渡担保
1 対象による区分
動産譲渡担保は、対象動産の性質により大別すると、@ 特定の一個又は数個の動産を目的とする譲渡担保(通常の動産譲渡担保)、A 社会的に一個の集合物と認められる一定の範囲の複数の動産であってその構成部分が変動しない特定集合動産を目的とする譲渡担保(特定集合動産譲渡担保)、B 社会的に一個の集合物と認められる一定の範囲の複数の動産であってその構成部分が変動する流動集合動産を目的とする譲渡担保(流動集合動産譲渡担保)の3通りのものが考えられる。最後の流動集合動産譲渡担保については、文例34を参照。
2 目的物の種類と特定
通常の動産譲渡担保では、一個の動産について又は複数の一括された動産ついて譲渡担保権が設定されるが、個々の動産ごとに特定するに足りる特徴を表示して列挙する(最判昭和57・10・14判例時報1060・78は、譲渡担保の目的物として家財一切のうち何某所有の物とのみ指定したのでは、目的物の特定があったものとはいえないとしている。)。
この特定をするため、また、目的物が債務者その他の担保提供者の所有に属することを確認するため、当該動産を取得したことを証明する書類を提示させることが有用である場合も少なくない。
目的動産の特定のための表示の際には、例えば、担保提供者が男性であるのに担保物件の中に女物が含まれている場合のように、担保提供者の所有物とは認められない物が含まれていることに気がつくこともある。そのほかにも、目的動産が担保提供者以外の者の所有物が含まれている場合があり得るので、注意をしなければならない。
目的物の表示については、文例32の第6条1項のように、その保管場所を付記して他の物件と区別することができるようにするなど、できるだけ具体的に表示するようにする。
3  他の権利との競合に関する考慮
工場付設の機械類を目的物とする場合には、既に工場抵当法による抵当権の設定の有無を確認する必要がある。その他、当該動産につき、貨物引換証、預証券、質入証券、倉荷証券、船荷証券が作成されていないかについても、確認の必要がある。また、既に他の債権者のための譲渡担保の目的物となっている場合があり得るので、注意をしなければならない。
4 対抗要件
動産譲渡担保の場合は引渡しである(民178条)。目的物の占有が一般に設定者に留められることから、通常は占有改定又は指図による占有移転の方法によることが多い。二重に譲渡担保設定された場合には、後から設定した者は、対抗問題で劣後し、また、占有改定では即時取得は認められないから(最判昭和35・2・11民集14・2・168)、即時取得もできない場合が多い。このように公示手段が不十分な面があることから、平成16年に「動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」(以下「動産・債権譲渡特例法」という。)の改正により、動産の譲渡について新たな公示制度として登記制度が導入され、法人(個人の場合は適用されない。)が動産を譲渡する場合に、動産譲渡登記ファイルに譲渡の登記がされたときは、当該動産につき、民法178条の引渡しがあったものとするとされた(動産・債権譲渡特例法3条1項)。これは、動産譲渡登記がされると、民法178条の引渡しがあったのと同様な効果を与えることとしたものであり、同一の動産に動産譲渡登記が競合した場合の譲受人相互間の優劣は、登記の先後で決まり、動産譲渡登記と民法(178条)の引渡しとが競合した場合の優劣は、登記がされた時と引渡しがされた時の先後によって決まる(動産譲渡登記においては、「登記の年月日」に加えて「登記の時刻」が動産譲渡登記ファイルに記録される。)。なお、動産譲渡登記の存続期間は原則として10年である(動産・債権譲渡特例法7条2項6号、同条3項)。
動産譲渡登記を行う場合であっても、占有改定又は指図による占有移転による対抗要件も併用することが、対抗要件としてのそれぞれの短所を補い合う意味において(設定者により目的動産が二重譲渡された場合に、できる限り民法192条の即時取得の規定を避けるため)、実務上、重要といわれている。また、この併用のほか、実務では、前記の各対抗要件のほかに、対抗要件ではないが、目的物そのものにつき、あるいは所在場所の現地において、所有権者の氏名及びその所有の目的物件であることを公示する明認方法を実際に講じることが、当該動産につき即時取得が成立することを防止する上で有用であると指摘されている。
動産譲渡登記は、集合動産の譲渡の場合に行われることが多いので、その詳細(抹消登記を含む。)は、文例34の参考事項4を参照。
 5 譲渡担保権の実行方法
   文例32の第7条は、動産譲渡担保権の実行の手続、方法等に関する約定の一例を示している。
第4 債権譲渡担保
1(1)対象物(目的物)は債権であるが、債権であっても、性質上譲渡することができないもの(民法466条1項ただし書)は、譲渡担保の目的物件とすることができない。しかし、それ以外の債権一般については、民法は、原則としてその譲渡性を認めており、同条2項の譲渡禁止特約の付された債権についても、その譲渡は無効であるが、判例・通説によれば、特約が付されていることに善意の第三者又はそのことを知らないことにつき重大な過失がない第三者に対しては、その譲渡禁止を対抗することができない。また、この特約は、その債権の「債務者の利益を保護するために付されるものと解され、・・・譲渡した債権者は、同特約の存在を理由に譲渡の無効を主張する独自の利益を有しないのであって、債務者に譲渡の無効を主張する意思が明らかであるなどの特段の事情がない限り、その無効を主張することは許されない」(最判平成21・3・27判例時報2042・3、金融法務事情1280・44)と解されており、譲渡担保の目的物となる場合もあり得る。
公証人としては、性質上譲渡できない債権か否かは審査すべきであるが、嘱託の資料において上記特約の存在が具体的に窺われるような場合を除くと、一般的には譲渡禁止の特約の有無を積極的に調査する義務はないと解される。
(2) 対象物とされる債権を分類すると、@ 1個の債権と複数個の債権の区別のほか、 A 譲渡担保契約締結時に既に発生している債権(既発生債権又は個別債権ということがある。)と締結時には未発生であるが締結後に発生する債権(将来債権)の区別、B 締結時に第三債務者が特定している債権(第三債務者特定債権)と締結時には特定していないが、一定範囲の取引等の発生原因に基づき、締結後の一定期間内に第三債務者が特定する債権(第三債務者将来特定債権)の区別がある。
本文例33は、個別債権(1個又は複数の既発生債権)を対象とする文例であり、文例35は、個別債権とともに将来債権を含む集合債権を対象とする文例である。
2 意義
債権譲渡担保は、債権質とは異なり、設定者がその所有する債権そのものを担保権者に移転するものであるが、当該債権の取立権や取り立てた回収金を設定者に留保することが可能である。集合債権譲渡担保においては、設定者が債務不履行に陥り、譲渡担保権者が設定者に対して譲渡担保権実行の通知を発するまでの間、通例、設定者に債権の取立権及び取り立てた回収金を取得する権限を留保することを認める特約が付される。
3 対抗要件
(1)債権譲渡の対抗要件には、債務者に対する対抗要件(以下「債務者対抗要件」という。)と第三者に対する対抗要件(以下「第三者対抗要件」という。)がある。債務者対抗要件は、債務者に二重弁済の危険を回避させるとともに債務者をして原則として譲受人による譲受債権の行使を阻止できない立場に立たしめるものである。これに対し、第三者対抗要件は、二重債権譲渡の場合の各譲受人相互の関係のように、譲渡債権につき両立しない法律関係に立つ者相互間の優劣を決するものである。したがって、両者は、法律上の性質が異なるものであることに留意する必要がある。
(2)債務者対抗要件としては、民法467条1項の定める@譲渡通知又はA債務者の承諾がある。他に、動産・債権譲渡特例法4条1項に規定する登記(以下「債権譲渡登記」という。)がされた場合における同条2項の規定によるB登記事項証明書交付通知(債権譲渡登記に係る登記事項証明書を債務者に交付して行う通知をいう。)及びC債権譲渡登記承諾(債務者が債権譲渡登記がされたことについてなす承諾をいう。)がある。
第三者対抗要件としては、民法467条2項の定めるD確定日付のある通知又はE確定日付のある債務者の承諾がある。このほか、F債権譲渡登記がある。
上記BCFの対抗要件(以下「特例法上の対抗要件」という。)については、文例35の参考事項4を参照。
 
(文例34)
集合動産譲渡担保契約公正証書
債権者甲株式会社(以下「甲」という。)及び債務者乙株式会社(以下「乙」という。)は、平成○○年○月○○日、以下のとおり、集合動産譲渡担保契約を締結した。
(集合動産譲渡担保)
第1条 乙は、甲に対し、現在負担し、及び将来負担する一切の債務(以下「本件債務」という。)を担保するため、乙が所有する下記の動産全部(本日現在下記表示の保管場所(以下「本件保管場所」という。)において保管する下記表示の商品及び将来本件保管場所に搬入される商品の全部。以下「本件物件」という。)を譲渡し、占有改定の方法によりその引渡しをした。
保管場所の表示
所  在  東京都○○区○○丁目○○番地○
家屋番号  ○○番の○
種  類  倉庫
名称・通称  ○○倉庫
構  造  鉄骨スレート葺平家建
床面積  ○○○○平方メートル
所有者  乙(債務者)
動産の表示
上記の保管場所内にある次の種類の商品等一切の在庫商品
一 棒鋼 何類 ○○トン 標準価格 金○○○万円(注)
一 鋼管 何類 ○○本  標準価格 金○○○万円
一 薄板 何類 ○○平方メートル
  標準価格 金○○○万円
合計金○○○○万円
及び上記の保管場所に将来搬入される商品
2 乙は、甲に対し、この契約締結後速やかに、本件保管場所の見やすい箇所(○箇所)に「本件物件が甲の所有に属する物件である」旨の消しにくい方法で記載された立札を容易には取り除くことができない方法で付設して明認方法を施すことを約した。
(乙所有の保証)
第2条 乙は、甲に対し、本件物件が自己の所有に属するものであって、第三者の所有に属し、又はその権利による制限を受けるものではないことを表明し、保証する。
2 乙は、本契約期間中第4条に規定する場合のほか、甲の権利の行使を妨げるような行為をしてはならない。
3 第三者が甲の権利を妨げ、又は妨げるおそれがあるときは、乙は、遅滞なくこれを防止することに努め、かつ、甲に第三者が甲の権利を妨げ、又は妨げるおそれがある旨を通知しなければならない。
(本件保管場所の乙所有の物件)
第3条 将来、本件保管場所に存在する乙所有の物件は、その搬入の時に本件担保の目的として当然に甲に譲渡され、即時占有改定の方法によって甲に引き渡されたものとする。ただし、次条に基づき第三者に譲渡された物件は、本件物件から除外される。
(通常の利用・譲渡に対する甲の許諾)
第4条 甲は、乙が本件物件をその通常の業務の範囲内において無償で利用すること及び通常の営業の目的のために第三者に相当な価格で譲渡することを許諾する。
2 乙は、本件物件を甲のために代理占有し、善良な管理者の注意をもって管理利用し、通常の営業の目的をもってのみ第三者に譲渡することができるものとする。
(登記手続)
第5条 甲及び乙は、本契約締結後、直ちに、本契約による本件物件の譲渡について、動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律に基づく動産譲渡登記手続をすることを合意する。登記手続に要する費用は、乙の負担とする。
2 前項の登記の存続期間は、登記の日から○年とする。
(価値保存義務)
第6条 乙は、本契約期間中、本件物件の価値を第1条の標準価格以上に保つことを要し、その事由を問わず本件物件が滅失、毀損し、又はその価値が著しく減少したときは、直ちに甲にその旨を通知するものとする。
2 前項の場合において、甲から請求があったときは、乙は、直ちに別の担保物を甲に差し入れ、又は債務の全部若しくは一部を弁済するものとする。
(本件物件の出入関係の記帳と通知)
第7条 乙は、帳簿を備え付けて、常時本件物件の出入関係を明瞭にしておかなければならない。
2 乙は、毎月○○日現在本件保管場所に格納中の本件物件につき、1か月間の出入の状況、現存在庫数量、標準価格を翌月○日までに甲に通知しなければならない。甲の請求があったときも、同様とする。
(乙の債務不履行と第4条の利用関係の終了)
第8条 乙が本件債務を履行しないとき、又は本件債務につき期限の利益を喪失したときは、第4条の利用関係は、当然に終了し、甲の請求次第、乙は、直ちに本件物件を甲に返還しなければならない。
(乙の債務不履行と本件物件の換価処分による弁済充当等)
第9条 乙が本件債務を履行しないとき、又は本件債務につき期限の利益を喪失したときは、甲は、催告その他の方法によらないで、適当と認める方法により本件物件を処分し、その換価金をもって本件債務の弁済に充当することができる。
2 前項の場合、本件債務の完済に至らないときは、乙は、甲に対し、直ちにその不足額を支払い、その換価金が債務額を超過するときは、甲は、乙に対し、直ちにその超過額を支払うものとする。
(債務の履行と本件物件所有権の乙への移転)
第10条 乙が本件債務を履行したときは、甲は、直ちに本件物件を乙に引き渡し、その所有権を移転するものとする。
(本件物件の見積価格の増大と対象物件の数量調整)
第11条 市場の状況その他の事由により本件物件の見積価格が第6条に定める価格より著しく増大したときは、乙は、甲に対し、上記の価格の限度まで本件物件を構成するものの数量の減少を請求することができる。
(付保と質権設定)
第12条 乙は、甲の指示に従って、本件物件について保険会社との間で火災保険その他損害保険契約を締結し、その保険金請求権の上に甲を権利者とする質権を設定し、甲が直接保険金を受領するため必要な一切の手続をとるものとする。これら一切の手続は、本契約期間中、継続して行うものとする。
(合意管轄)
第13条 甲及び乙は、この契約に関し争いが生じ、訴訟の必要があるときは、甲の住所地を管轄する地方裁判所を第一審管轄裁判所とすることを合意する。
(注)譲渡担保権の対象である動産が一定の価値を維持するための目安として定めている。定めをしなくてもよい。本件は、6条及び7条と関連している。
〔参考事項〕
1 意義
特定の倉庫、店舗、工場等(以下「倉庫等」ということがある。)内に格納される商品、原材料、仕掛品、製品等(以下「商品等」ということがある。)は、通常の営業が行われている限り、日常的に搬入及び搬出が反復されるものであるところ、こうした倉庫等の商品等のように、その「構成部分の変動する集合動産」を目的物とする譲渡担保は、流動集合動産譲渡担保と呼ばれる。
流動集合動産譲渡担保については、最判昭和54年2月15日(民集33巻1号51頁)、最判昭和62年11月10日(民集41巻8号1559頁)などの判例において、「構成部分の変動する集合動産であっても、その種類、所在場所及び量的範囲を指定するなどの方法により目的物の範囲が特定される場合には、一個の集合物となりうる」と判示され、その有効性が認められており、目的物の範囲の特定が肝要とされている。
2 目的物の特定
前記最判昭和54年2月15日の事案では、倉庫に寄託された食用乾燥ネギフレークが44トンあったのに「倉庫に寄託中」の「食用乾燥ネギフレークのうち28トン」という指定であったため、特定されているとは認められなかった。
その後、譲渡担保の目的物として、一定の「建物内に存すべき運搬具、什器、備品、家財一切のうち甲所有の物」とのみ指定した事案につき、その指定では、目的物の特定があったものとはいえないとする最判昭和57年10月14日(集民137巻321頁)を経て、前記最判昭和62年11月10日は、「構成部分の変動する集合動産を目的とする譲渡担保において、目的動産の種類・量的範囲・所在場所が明確に特定されていれば、特定された一個の集合物を目的とする譲渡担保権設定契約として効力を有する」とし、「第一ないし第四倉庫内及び同敷地・ヤード内に存在する普通棒鋼、異形棒鋼等の一切の在庫商品」という目的の指定方法が、明確に特定されているものと判示した。
また、一定のいけす内の養殖ハマチなどの養殖魚を対象とする譲渡担保の設定の有効性も認められている(後記最判平成18・7・20民集60・6・2498)。
以上のように、流動集合動産については、@目的動産の種類、A量的範囲及びB保管場所が、明確に特定される必要がある。
本文例34の第1条では、保管場所を特定の者の所有する特定の所在地にある倉庫内の特定のスペースとし(上記のBに係る指定方法)、動産の種類を特定の棒鋼、鋼管、薄板3種類の商品とし(上記の@に係る指定方法)、量的範囲を上記の倉庫に将来にわたって搬入し同スペースに格納保管される同商品で、上記3種類の各特定の数量及び標準価格で表示されるものとし(上記のAに係る指定方法)が、明確に特定されている。
3 被担保債務
(1) 根担保の場合
流動集合動産譲渡担保のような構成部分が一定期間内に変動する集合動産を目的物件とする譲渡担保では、被担保債務は、根担保すなわち債務者が債権者に対し現在負担し、及び将来相当期間内に負担することがある一切の債務であることが多い。本文例も根担保の事例である。
(2) 確定債務の場合
相当長期の借入で債務額が相当多額の確定債務の場合にも、流動集合動産譲渡担保が用いられることがあろう。このような場合には、公正証書の作成方法としては、当該譲渡担保の約定のみならず、当該貸付債権を特定した上、その一定時期における一定額の支払を約定し、これについての強制執行受諾条項を含めて、流動集合動産譲渡担保特約付きの金銭消費貸借契約執行証書、又は流動集合動産譲渡担保特約付きの債務弁済契約執行証書とし嘱託してくることがあり得る。他の点で問題がなければ、これに応じるべきことは、いうまでもない。
4 対抗要件
(1) 流動集合動産の引渡し
前記最判昭和62年11月10日の判例は、流動集合動産の譲渡の対抗要件は、占有改定の方法により具備され、そのように具備された対抗要件の効力は、その後に構成部分となった動産を含む集合物の全部に及ぶものとしている。すなわち、当該流動集合動産については、債権者がこれについての対抗要件を具備した後は、その構成部分が変動しても、集合物としての同一性が損なわれない限り、対抗力は新たに構成部分になった動産を含む集合物全体に及ぶのである。本文例第1条は、占有改定による例である。
(2) 動産譲渡登記及び占有改定等との併用
動産・債権譲渡特例法3条の規定による動産譲渡登記も、流動集合動産の譲渡の対抗要件である。もっとも、この動産譲渡登記は、その対象が、「法人がする動産の譲渡」に限られている(動産・債権譲渡特例法1条)ことに注意。本文例第5条は、動産譲渡登記手続に関する例である。
また、動産譲渡登記を行う場合にも、占有改定又は指図による占有移転の方法に基づく占有の取得を同時にしておくことが実務上重要とされている。動産譲渡登記の効力としては、その登記がされたときに当該動産につき「民法178条の引渡しがあったものとみなす」と規定されている(動産・債権譲渡特例法3条1項)にとどまり、当該動産につき、設定者から融資者へ現実に引渡しがあったわけではなく、動産譲渡登記があっても、他の者による即時取得の成立を当然には防止するまでの効力は認められないからである。
(3) 動産譲渡の対抗要件としての動産譲渡登記
対抗要件としての動産譲渡登記に関しては、次のような事項に留意する必要がある。
@ 登記を行うことができる動産譲渡の譲渡人は、法人でなければならず、自然人、権利能力なき社団・財団、民法上の組合などの法人格なき団体等が譲渡人となる動産譲渡は、登記の対象とすることが許されない(動産・債権譲渡特例法1条、3条)。
A 当該動産につき、貨物引換証、預証券、質入証券、倉荷証券、船荷証券が作成されている動産は、動産・債権譲渡特例法上の「動産」の範囲から外されている(動産・債権譲渡特例法3条1項)から、当該動産の譲渡については、動産譲渡登記を行うことができない。
B 自動車、船舶、航空機、建設機械など、特別法の規定(道路運送車両法4条及び5条、商686条及び687条、航空法3条及び3条の3、建設機械抵当法7条等)に基づく登記又は登録の制度が設けられ、かつ、当該規定によりその所有権の得喪につき登記又は登録が対抗要件と定められている動産(自動車、船舶、航空機、建設機械など)については、当該登記又は登録がされている限り、動産譲渡登記を行うことができない。
C 動産譲渡登記は、法務大臣の指定する法務局若しくは地方法務局若しくはこれらの支局又はこれらの出張所(現在のところは、東京法務局のみ)に磁気ディスクをもって調製された動産譲渡登記ファイルに所定の事項(登記事項)を記録することにより行われるものであり、登記の申請方法は、譲渡人及び譲受人の共同申請である(動産・債権譲渡特例法7条2項)。そのため、動産譲渡登記を対抗要件具備の方法として予定する取引においては、双方が共同申請する旨を合意している必要がある。
D 動産譲渡登記の登記事項
動産譲渡登記の登記事項は、動産・債権譲渡特例法7条2項に列挙されており、次のとおりである。
a 譲渡人の商号又は名称及び本店又は主たる事務所の所在場所
b 譲受人の氏名及び住所(法人にあっては、商号又は名称及び本店又は主たる事務所の所在場所)
c 譲渡人又は譲受人の本店又は主たる事務所が外国にあるときは、日本における営業所又は事務所の所在場所
d 動産譲渡登記の登記原因及びその日付
e 譲渡に係る動産を特定するために必要な事項で法務省令で定めるもの
f 動産譲渡登記の存続期間
g 登記番号
h 登記の年月日
E 動産譲渡登記の登記申請をする手続では、登記事項の一つとして、前記Deに掲げた「譲渡に係る動産を特定するために必要な事項で法務省令で定めるもの」(以下「動産特定事項」という。)を適切かつ具体的に表示することが肝要である。上記の法務省令である動産・債権譲渡登記規則8条1項によれば、次の二つの特定方法の区分に従い、それぞれに掲げる事項(ア及びイ)が動産特定事項として指定されている。
一 動産の特質によって特定する方法
ア 動産の種類
イ 動産の記号、番号その他の同種類の他の物と識別するために必要な事項
二 動産の所在によって特定する方法
ア 動産の種類
イ 動産の保管場所の所在地
そして、上記の一の「特質」による特定方法は、通常、個別動産が譲渡の目的物となる場合に用いられ、上記二の「所在」による特定方法は、通常、集合動産が譲渡の目的物となる場合に用いられるといわれている。
F 動産譲渡登記の存続期間も登記事項の一つであるところ、その存続期間は、原則として、10年を超えることができない(動産・債権譲渡特例法7条3項。例外につき、同条4項及び5項)。
なお、上限の10年未満の存続期間を登記した場合に10年以内の存続期間に延長した場合の延長登記については、動産・債権譲渡特例法9条でその登記手続(共同申請による。)が定められている。
G 動産譲渡登記においては、登記の年月日も登記事項の一つとされる(動産・債権譲渡特例法7条1項8号)のみならず、登記の時刻も、動産譲渡登記ファイルに記録される(動産・債権譲渡登記規則16条1項4号)。
H 動産譲渡登記がされたときは、当該動産について、民法178条の引渡しがあったものとみなされる(動産・債権譲渡特例法3条1項)。
(4) 動産譲渡登記に係る抹消登記
動産譲渡担保契約が解除等により効力を失った場合は、動産譲渡登記は、抹消されるべきものとなる。動産譲渡登記がその効力を失う次の@ないしBに掲げる場合における抹消登記の登記手続に関しては、動産・債権譲渡特例法10条に規定が設けられており、共同申請により動産譲渡登記に係る抹消登記手続が行われる。
@ 動産の譲渡が効力を生じないこと。
A 動産の譲渡が取消し、解除その他の原因により効力を失ったとき。
B 譲渡に係る動産が消滅したとき。
5 保管・管理
(1) 通常の営業の範囲
在庫商品などの流動集合動産譲渡担保の場合には、設定者には、通常の営業の範囲内で、構成部分である動産の処分が認められる。本文例の第4条は、この処分の許諾条項の事例であるが、譲渡担保権者においては、設定者が行う処分が通常の営業の範囲内であるかどうかを日常的に注意深く確認する必要がある、保管場所に立ち入り、あるいは帳簿類を閲覧し、定時に、又は臨時に必要のある事項につき報告を求めることが可能となる約定が取り決められる必要がある(本文例7条)。
(2) 譲渡担保の重複設定の可否
動産譲渡担保においては、通常、設定者が目的物の占有を継続するので、占有改定の競合による譲渡担保の重複設定の可否が問題になり得る。最判平成18年7月20日(民集60巻6号2499頁)は、流動集合動産につき三名のために順次各譲渡担保が設定され、占有改定の方法による引渡しをもってその対抗要件が具備された後にさらにこれらに劣後する譲渡担保が設定された事案につき、「このように重複して譲渡担保を設定すること自体は許されるとしても、劣後する譲渡担保に独自の私的実行の権限を認めた場合・・・(中略)・・・先行する譲渡担保権者には優先権を行使する機会が与えられず、その譲渡担保は有名無実のものとなりかねない。このような結果を将来する後順位譲渡担保権者による私的実行を認めることはできないというべきである」と判示し、譲渡担保の重複設定を有効と認めつつ、後順位譲渡担保権については、先順位譲渡担保権者による優先弁済権の行使の結果生じることがあるべき清算金に対する優先弁済権等の限度でその効力を認めるべきであるとしている。
6 譲渡担保権の実行の方法
  本文例の第8条及び9条は、被担保債務につき債務不履行が生じた場合における譲渡担保権の実行の方法に関する約定の一例である。
7 受戻し
  債務者による被担保債務の弁済がなされた場合の目的物件を設定者に引渡し、所有権を移転すべき約定の一例が本文例第10条に示してある。
 
 (文例35)
集合債権譲渡担保契約公正証書
債権者甲株式会社(以下「甲」という。)及び債務者乙株式会社(以下「乙」という。)は、平成○○年○月○○日、以下のとおり、集合債権譲渡担保契約を締結する。
(債権譲渡担保)
第1条 乙は、甲に対し、甲乙間の平成○○年○月○日付継続的取引契約に基づき乙が甲に対して現在負担し、又は将来負担するべき一切の債務(以下「本件債務」という。)を担保するため、乙が下記の譲渡債権の表示中「第三債務者」欄記載の顧客(以下「本件顧客」という。)に対して現在有し、又は将来有するべき下記表示の譲渡債権(以下「本件譲渡債権」という。)を、金○億円を限度として、譲渡する。
譲渡債権の表示
第三債務者 住所  東京都○○区○○丁目○番○号
商号  ○○商事株式会社
譲渡債権  種別  売掛債権
債権発生原因
乙と本件顧客との間の平成○○年○月○日付継続的売買契約書に基づき乙が本件顧客に対し現在又は将来取得するべき売掛債権
支払条件 毎月○○日締め翌月末日現金払い
債権の発生期間(始期及び終期)
平成○○年○月○日から平成○○年○月○○日まで
(本件譲渡債権の保証等)
第2条 乙は、甲に対し、本件譲渡債権について無効、取消原因、相殺、譲渡禁止特約等による抗弁事由その他一切の瑕疵がないことを保証する。
2 乙は、甲に対し、本件譲渡債権について、第三者に譲渡し、移転し、担保として提供する等、甲の権利を侵害し、又は侵害するおそれがある一切の行為をしないことを約する。
(債権譲渡登記)
第3条 甲及び乙は、本契約締結後直ちに本件譲渡債権の譲渡について、動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律(以下「動産・債権譲渡特例法」という。)に基づく債権譲渡登記手続をすることを合意する。
2 債権譲渡登記の存続期間は、本契約締結の日から10年とする。
3 債権譲渡登記手続に要する費用は、乙の負担とする。
(本件譲渡債権に関する報告等)
第4条 乙は、本契約締結後、毎月○○日現在における本件譲渡債権の明細、残高を、甲が指定する書式による書面で、休日を除く○日以内に、甲に報告しなければならない。
2 甲が必要があると認めて臨時に本件譲渡債権の明細、残高の報告を求めたときは、乙は、速やかにこれに応じなければならない。
3 前2項に定める場合のほか、乙は、本件顧客との継続的売買に関し、取引対象その他取引条件の変更、取引の停止等により、本件譲渡債権の担保価値が変動し、又は変動するおそれが生じたときは、直ちにその旨を甲に報告しなければならない。
(甲による債権証書等の閲覧等)
第5条 前条に定める以外、甲は、乙に対し、本件譲渡債権に係る契約書その他の取引書類の原本、本件顧客に係る顧客勘定元帳等の財務記録その他甲の乙に対する債権の回収のために必要な資料につき、閲覧若しくは謄写を請求し、又はそれらの謄本の交付を請求することができる。
2 前項の請求があった場合、乙は、乙の費用負担で、速やかにこれに応じなければならない。
(乙による譲渡債権の弁済受領)
第6条 乙は、次条により本件債務につき期限の利益を喪失し、次項の実行通知を受けない限り、本件顧客から本件譲渡債権の弁済を受領することができる。この場合において、本件譲渡債権のうち、弁済期の到来していないものにつき弁済を受領する場合にあってはあらかじめその受領につき甲の書面による承諾を得なければならず、弁済期の到来したものにつき弁済を受領する場合にあっては受領後直ちにその旨を書面で甲に通知しなければならない。
2 乙が次条により本件債務につき期限の利益を喪失した場合において、甲が乙又は本件顧客に対し本件譲渡担保権実行の通知を発したときは、乙は、前項による本件譲渡債権の弁済を受領する権限を喪失し、この時点以降は、甲において本件譲渡債権の弁済を受領し、これを乙に対する本件債権の弁済に充てることができるものとし、乙は、甲によるこの弁済受領及び充当につき、異議を述べない。
(期限の利益の喪失)
第7条 乙が次の各号の一にでも該当した場合には、乙は、甲から通知催告等がなくても、本件債務その他の甲に対する一切の債務について当然に期限の利益を失い、甲に対し、直ちに、未払債務全額を一時に支払わなければならない。
(1) 甲に対する債務の一つでも弁済しなかったとき。
(2) 手形若しくは小切手の不渡りを出し、又は支払停止となり、若しくは支払不能の状態に陥ったとき。
(3) 差押え、仮差押え、保全差押え、仮処分又は競売の申立てがなされたとき。
(4) 破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始若しくは特別清算開始の申立てがあったとき、又は任意整理を開始し、若しくは解散したとき。
(5) 本件譲渡債権について無効、取消原因、相殺、譲渡禁止特約等による抗弁事由その他の瑕疵が存することが判明し、これにより本件譲渡債権の債務の全部又は一部につき本件顧客が弁済を履行しないおそれが生じたとき。
(6) 乙が甲との一切の取引約定の一つにでも違反したとき。
(7) 乙から甲への報告に虚偽の内容があるとき、又は甲から乙に宛てた通知が届出の住所に到達しなくなったとき。
(8) 前各号に準ずる事由により乙の信用が著しく低下したと認められる状況が生じたとき。
(第三債務者への通知)
第8条 乙が前条により期限の利益を喪失したときは、甲は、動産・債権譲渡特例法4条2項の規定により、本件顧客に対し同法11条2項に規定する登記事項証明書を交付して通知をすることができる。この場合において、乙は、必要な協力をしなければならない。
(合意管轄)
第9条 甲及び乙は、この契約に関し、争いが生じ、訴訟の必要があるときは、甲の住所地を管轄する地方裁判所を第一審管轄裁判所とすることを合意する。
 
〔参考事項〕
1 集合債権譲渡担保の意義
(1) 将来債権についての譲渡担保の成否
最判平成11年1月29日(民集53巻1号151頁)は、診療
報酬債権の譲渡の事案で、譲渡契約締結時からおよそ8年3か月間の将来にわたり発生すべき診療報酬債権の一部の譲渡の有効性が争われた事案について、目的とされる債権の特定が認められることを前提としつつ、「譲渡人の営業活動に対して社会通念に照らし相当とされる範囲を著しく逸脱する制限を加え、又は他の債権者に不当な不利益を与えるものであると見られるなどの特段の事情」のあるときは、公序良俗違反として効力が否定されうることを留保し、「(譲渡の)契約の締結時において右債権発生の可能性が低かったことは、右契約の効力を当然に左右するものではない」旨の判断(債権の発生可能性を問題としないと判断)をし、学説も概ねこれに賛成している。
そして、この場合、既発生の債権、及び将来生ずべき債権は、譲渡契約時に確定的に譲渡されたことになる(最判平成13・11・22民集55・6・1056、最判平成19・2・15民集61・1・243)。
(2)  集合債権の意味・定義
以上のような将来債権を含む集合債権を目的とする債権譲渡担保においては、集合債権の定義として、判例(最判平成13・11・22民集55・6・1056)上、「発生原因となる取引の種類、発生期間等で特定される担保設定者の第三債務者に対する既に生じ、又は将来生ずべき債権」という表現が用いられている。公正証書を作成するに当たっては、上記最判の定義を頭に置き、当事者の説明、契約書等を検討し、当該集合債権の内容を特定する必要があろう
(3) 集合債権譲渡担保の内容構成
@ このような発生原因、発生期間等で特定される集合債権を有する設定者がこれを「一括して融資者に譲渡し、融資者が設定者に対し担保権の実行として取立ての通知をするまでは、譲渡債権の取立てを設定者に許諾し、設定者が取り立てた金銭について融資者への引渡しを要しないこととする」債権の譲渡担保が上記の判例で認められている集合債権譲渡担保である。
A  将来債権を含む集合債権譲渡担保の場合、目的物たる譲渡債権を債権者に譲渡する行為(準物権行為)の態様は、通常の債権譲渡行為のほか、譲渡予約(最判平成12・4・21民集54・4・1562の事案)であったり、停止条件付譲渡行為であったりすることがある。
2 集合債権の特定
@  集合債権の特定は、集合債権に含まれる将来債権をどのように特定するかが問題の中心になるが、将来債権であっても譲渡担保契約締結時に第三債務者が特定している債権(第三債務者特定債権)であれば、当該第三債務者の特定及び債権の発生年月日により、当該集合債権は概ね特定される。本文例の第1条は、第三債務者特定債権型の集合債権を目的物件とする一例を示している。
A  将来債権であって第三債務者が譲渡担保契約締結時に特定していない第三債務者将来特定債権については、譲渡人が譲渡担保契約締結後の一定期間内の不特定の第三債務者との一定範囲の取引等及びその発生原因をもって特定することになる。この特定の方法に関しては、譲渡人が法人であるか否かにかかわらず、後記4(2)オの債権譲渡登記の登記事項についての規定が参考となる。
3 被担保債務
(1) 根担保の場合
集合債権譲渡担保のような将来の一定期間内に発生する将来債権を含む集合債権を目的物件とする譲渡担保では、被担保債務は、根担保すなわち債務者が債権者に対し現在負担し、及び将来相当期間内に負担することがある一切の債務であることが多い。本文例第1条参照。
(2) 確定債務の場合
相当長期の借入で債務額が相当多額の確定債務の場合にも、将来債権を含め集合債権譲渡担保が用いられることがあろう。このような場合には、公正証書の作成方法としては、当該譲渡担保の約定のみならず、当該貸付債権を特定した上、その一定時期における一定額の支払を約定し、これについての強制執行受諾条項を含めて、譲渡担保特約付きの金銭消費貸借契約に係る執行証書とし、又は譲渡担保特約付きの債務弁済契約に係る執行証書とすることを当事者双方が嘱託してくることがあり得る。他の点で問題がなければ、これに応じるべきことは、いうまでもない。
4 対抗要件(本文例第3条関係)
(1) 債権譲渡の通知又は債務者の承諾
判例(最判昭和53・12・15判例時報916・25、前記最判平成11・1・29、最判平成13・11・22民集55・6・1056)は、現在及び将来の複数の債権について1つの包括的通知ないし承諾は対抗要件として有効であり、かつ、その時点で将来債権について対抗力が生じると解している。
なお、実務では、担保設定時に、民法に規定に従って対抗要件が具備されることはほとんどないようである。これは、多数の第三債務者が存在するときは、その費用・手間がかかること、譲渡担保が設定されたことを債務者としては第三債務者である顧客に知られたくないことが、その理由である。
(2) 特例法上の対抗要件
@ 第三者対抗要件である債権譲渡登記について動産・債権譲渡特例法が規定する手続、法律効果などの概要は、次のとおりである。
ア 債権譲渡登記も、指定法務局等(現在、東京法務局のみ)に磁気ディスクをもって調製された債権譲渡登記ファイルに所定の事項(登記事項)を記録することにより行われるものであり、登記の申請方法は、譲渡人及び譲受人の共同申請である(動産・債権譲渡特例法8条2項)。そのため、債権譲渡登記を対抗要件具備の方法として予定する取引においては、双方が共同申請する旨を合意しておく必要がある。
イ 登記を行うことができる債権譲渡の譲渡人は、動産譲渡登記の場合と同様に、法人でなければならず、自然人、権利能力なき社団・財団、民法上の組合などの法人格なき団体等が譲渡人となる動産譲渡は、登記の対象とすることが許されない(動産・債権譲渡特例法1条、4条)。
ウ 債権譲渡登記が行われる債権譲渡の対象となる債権は、指名債権であって金銭の支払を目的とするものに限られる(動産・債権譲渡特例法4条1項)。したがって、証書に譲渡の裏書をして譲受人に交付することをその対抗要件とすることが法定されている指図債権(民469条)については、債権譲渡登記を行うことができない。
エ 債権譲渡登記の登記事項は、動産・債権譲渡特例法8条2項に規定されており、次のとおりである。
@ 譲渡人の商号又は名称及び本店又は主たる事務所の所在場所
A 譲受人の氏名及び住所(法人にあっては、商号又は名称及び本店又は主たる事務所の所在場所)
B 譲渡人又は譲受人の本店又は主たる事務所が外国にあるときは、日本における営業所又は事務所の所在場所
C 債権譲渡登記の登記原因及びその日付
D 譲渡に係る債権(既に発生した債権のみを譲渡する場合に限る。)の総額
E 譲渡に係る債権を特定するために必要な事項で法務省令で定めるもの
F 債権譲渡登記の存続期間
G 登記番号
H 登記の年月日
オ 債権譲渡登記の登記申請をする手続では、登記事項の一つとして、上記エEの「譲渡に係る債権を特定するために必要な事項で法務省令で定めるもの」(以下「債権特定事項」という。)を適切に表示することが重要である。上記法務省令である動産・債権譲渡登記規則9条1項によれば、債権特定事項として、
@ 債権が数個あるときは、一で始まる債権の連続番号(1号)
A 譲渡に係る債権の債務者が特定しているときは、債務者及び債権の発生の時における債権者の数、氏名及び住所(法人にあっては、商号又は名称及び本店又は主たる事務所の所在場所)(2号)
B 譲渡に係る債権の債務者が特定していないときは、債権の発生原因及び債権の発生の時における債権者の数、氏名及び住所(法人にあっては、氏名及び住所に代え、商号又は名称及び本店又は主たる事務所の所在場所)(3号)
C 貸付債権、売掛債権その他の債権の種別(4号)
D 債権の発生年月日(5号)
E 既発生債権のみを譲渡する場合の債権の発生の時及び譲渡の時における債権額(6号)
が規定されている。
カ 前記のとおり、債権譲渡登記の存続期間も登記事項の一つであるところ、その存続期間は、原則として、譲渡に係る債権の債務者のすべてが特定している場合は50年を、それ以外の場合は10年を、それぞれ超えることができない(動産・債権譲渡特例法8条3項。例外につき、同条4項及び5項参照)。
なお、上限の50年未満又は10年未満の存続期間を登記した場合に50年以内又は10年以内の存続期間に延長した場合の延長登記については、動産・債権譲渡特例法9条でその登記手続(共同申請による)が定められている。
キ 動産譲渡登記と同様に、債権譲渡登記においては、登記の年月日に加え、登記の時刻も、債権譲渡登記ファイルに記録される(動産・債権譲渡登記規則16条1項4号)。
ク 債権譲渡登記がされたときは、当該債権の債務者以外の第三者については、民法467条2項の規定による確定日付のある証書による通知があったものとみなされ、かつ、この場合においては、当該登記の日付をもって確定日付とすることが規定されている(動産・債権譲渡特例法4条1項)。
B 債権譲渡登記に係る登記事項証明書を債務者に交付して行う通知(本文例第8条関係)
登記事項証明書交付通知(債権譲渡登記に係る登記事項証明書を債務者に交付して行う通知をいう。以下同じ。)の要件、法律効果などについの概要は次のとおりである。
ア 動産・債権譲渡特例法4条2項の規定によれば、登記事項証明書交付通知というのは、@ 債権譲渡登記がされた場合において、A 当該債権の譲渡及びその譲渡につき債権譲渡登記がされたことについて、B 譲渡人又は譲受人が、C 当該債権の債務者に対し、D 同法11条2項に規定する登記事項証明書を交付して行う通知を指す。この通知を「特例法通知」という場合もある。
イ 登記事項証明書交付通知がなされると、債権譲渡登記の時に民法467条の規定による債務者への通知があったものとみなされる。
ウ 譲渡に係る債権の債務者(第三債務者)が特定しない将来債権の譲渡の場合、登記事項証明書の交付通知は、当該将来債権が発生してその債権の債務者が特定した後にこれを行うことになる。
エ 民法467条による通知と登記事項証明書交付通知との差異としては、@ 上記のとおり、登記事項証明書交付通知は、譲渡人のみならず譲受人からも通知ができる点、A 登記事項証明書交付通知は、登記事項証明書の交付と通知とをいずれも行わなければならない点(同時である必要はない。通知を内容証明郵便でする場合には、登記事項証明書を同封できない扱いである。行われたのが同時でないときは、債務者が両方を受けた時点において、特例法通知を受けたことになる。)である。
B 債務者が債権譲渡登記がされたことについてなす承諾
債権譲渡登記承諾(債務者が債権譲渡登記がされたことについてなす承諾をいう。以下同じ。)の要件、法律効果についての概要は次のとおりである。 
@ 動産・債権譲渡特例法4条2項の規定によれば、債権譲渡登記承諾というのは、ァ 債権譲渡登記がされた場合において、ィ 当該債権の譲渡及びその譲渡につき債権譲渡登記がされたことについて、ゥ 債務者が行う承諾を指す。
A 債権譲渡登記承諾がなされると、債権譲渡登記の時に民法467条の規定による債務者への承諾があったものとみなされる。「特例法承諾」という場合もある。
B 債権譲渡登記承諾の要件としては、登記事項証明書の交付を要しない。
(3) 債権譲渡登記に係る抹消登記
債権譲渡担保契約が解除等により効力を失った場合は、債権譲渡登記は、抹消されるべきものとなる。債権譲渡登記がその効力を失う次の@ないしBに掲げる場合における抹消登記の登記手続に関しては、動産・債権譲渡特例法10条に規定が設けられており、共同申請により債権譲渡登記に係る抹消登記手続が行われる。
@ 債権の譲渡が効力を生じないこと。
A 債権の譲渡が取消し、解除その他の原因により効力を失ったとき。
B 譲渡に係る債権が消滅したとき。
5 目的物件に関する管理
将来債権を含む集合債権の譲渡担保権者は、譲渡担保物件である対象債権に関して、文例35の第4条に定めるような定期的な報告書を譲渡担保設定者に提出させるなど、譲渡担保物件の管理につき注意を払う必要がある。そのような報告を徴するほか、譲渡担保権者は、同文例の第5条に規定する必要資料についての閲覧等の請求権を、随時、行使し、譲渡担保権の保全に手落ちが生じないように配慮する必要がある。
 
(文例36)
株式譲渡担保設定契約書(株券発行株式を対象とする場合)
(譲渡担保の設定)
第1条  債務者兼譲渡担保設定者乙(以下「乙」という。)は、債権者甲(以下「甲」という。)に対し、甲との間で締結した平成○年○月○日付金銭消費貸借契約に基づき甲に対して負担する元本金○○万円及びこれに附帯する一切の債務(以下「本件債務」という。)の担保として、乙が有する別紙株式(省略)(以下「本件株式」という。)を譲渡担保として譲渡し、甲はこれを譲り受けた。
(引渡等)
第2条 乙は、甲に対し、本件契約締結と同時に本件株式にかかる株券を引渡し、甲はこれを受領した(1)。
2 乙は、本件株式について株主名簿の記載を乙から甲に変更する(2)。ただし、本件株式の名義書換手続に要する費用は乙の負担とする。
(保証)
第3条 乙は、甲に対し、本件株式には、質権その他の甲の本件譲渡担保権を害する一切の権利の設定等がないことを保証する。
(配当等の扱い)
第4条  本件株式に対しなされる配当(株式配当を含む。)、新株引受権の割当てその他の権利は、各権利の発生日における株主名簿に記載された名義人に帰属する。
(期限の利益喪失)
第5条 省略
(所有権の回復)
第6条 乙が、本件債務を約定どおりに弁済したときは、本件株式はその弁済完了の時をもって乙に移転するものとし、甲は乙に対し、本件株式の株券を引き渡す。
2 乙に本件債務について債務不履行があったときでも、甲が本件株式について売却その他の処分する時までに、乙が本件債務を弁済したときは、本件株式はその弁済完了の時をもって乙に移転するものとし、甲は乙に対し本件株券を交付する。
(担保物件の処分)
第7条 甲は、乙が弁済期を徒過したとき、又は第5条に規定により乙が期限の利益を喪失したときは、甲が適当と認める方法により本件株式を処分することができる。
2 甲は、前項に基づく処分により得た代金をもって本件債務及び同処分のために支出した費用の弁済に充てることができる。ただし、充当の順序等については甲の指定による。
3 甲は、前項に基づく弁済充当後もなお残債務があるときは、甲は、乙に対し、その全額の支払いを請求することができる。
4 乙は、前項に基づく甲からの請求を受けたときは、直ちにその全額を支払う。
5 甲は、第2項の充当の結果、残余金が生じたときは、乙に対しこれを返還する。
(公租公課)
第8条 本件株式の譲渡、処分に対し賦課される公租公課は、乙の負担とする。
(強制執行受諾)
第9条 乙は、本件金銭債務の支払いを怠ったときは、直ちに強制執行に服する旨陳述した。
(注)
(1) 株券発行会社の場合は、株券の引渡しは、譲渡担保契約の効力要件である。[参考事項]1(1)を参照
(2) 本事案は、登録株式譲渡担保である。後記[参考事項]1(1)を参照
 
(文例37)
株式譲渡担保設定契約公正証書(振替株式(上場株式)を対象とする場合)
(譲渡担保の設定)
第1条 債務者兼譲渡担保設定者乙(以下「乙」という。)は、債権者甲(以下「甲」という。)に対し、甲との間で締結した平成○年○月○日付金銭消費貸借契約に基づき甲に対して負担する元本金○○万円及びこれに附帯する一切の債務(以下「本件債務」という。)の担保として、乙が有する別紙株式(省略)(以下「本件株式」という。)を譲渡担保として譲渡し、甲はこれを譲り受けた。
(振替の申請)
第2条 乙は、甲の振替口座の保有欄に増加の記載・記録をする旨の振替の申請をする。
(保証)
第3条 乙は、甲に対し、本件株式には、質権その他の甲の本件譲渡担保権を害する一切の権利の設定等がないことを保証する。
(配当等の扱い)
第4条 本件株式に対してなされる配当(株式配当を含む。)、新株引受権の割当てその他の権利は、各権利の発生日における株主名簿に記載・記録された名義人に帰属する。
(期限の利益喪失)
第5条 省略
(担保物件の処分)
第6条 甲は、乙が弁済期を徒過したとき、又は第5条に基づき乙が期限の利益を喪失したときは、甲が適当と認める方法により本件株式を処分することができる。
2 甲は、前項に基づく処分により得た代金をもって本件債務及び同処分のために支出した費用の弁済に充てることができる。ただし、充当の順序等については甲の指定による。
3 甲は、前項に基づく弁済充当後もなお残債務があるときは、甲は、乙に対し、その全額の支払いを請求することができる。
4 乙は、前項に基づく甲からの請求を受けたときは、直ちにその全額を支払う。
5 甲は、第2項の充当の結果、残余金が生じたときは、乙に対しこれを返還する。
(公租公課)
第7条 本件株式の譲渡、処分に対し賦課される公租公課は、乙の負担とする。
(強制執行受諾)
第8条 乙は、本件金銭債務の支払いを怠ったときは、直ちに強制執行に服する旨陳述した。
[参考事項]
1(1) 株式の担保化には、質権設定(略式株式質、登録株式質)と譲渡担保設定(略式株式譲渡担保、登録株式譲渡担保)の方法がある。
株式に対する質権の設定については、文例26[参考事項]第3の5(1)を参照。
@株式の譲渡担保は、株券発行会社の場合は、株券を譲渡担保権者に交付することにより効力を生じる。質権の場合と同様に担保に差し入れることを明らかにし債権者に株券を交付するのみの場合(略式株式譲渡担保)と、譲渡担保権者の名前が株主名簿に記載・登録される場合(登録株式譲渡担保)があり、実務上、後者はほとんどない。A株券不発行会社の株式(非上場株式)の譲渡担保は、質権の場合と同様に当事者の意思表示のみで設定され、譲渡担保権者を株主名簿に記載・登録することが、株式会社を含め第三者への対抗要件になる。B上場株式(振替株式)の譲渡担保は、譲渡人である加入者の振替の申請により、譲受人が自己の振替口座簿(株式の振替制度により譲渡・質入れがなされる株式に関する権利の帰属を明らかにするための帳簿。「社債、株式等の振替に関する法律」(以下「社債株式振替法」という。)12条3項、45条2項、)の口座の保有欄に増加の記載・記録を受けることにより効力を生じる(社債株式振替法140条、141条)。
(2)会社が振替株式の株主・登録株式質権者として会社に対し権利を行使すべき者を確定する目的で一定の日(基準日(会124条1項)、効力発生日(会180条2項等)等)を定めた場合には、振替機関は、会社に対し、振替口座簿に記載されたその日の株主・登録質権者の氏名(名称)、住所、株式の種類・数等を速やかに通知しなければならない(略式株式質の場合は、株主である質権設定者が通知される。)(総株主通知)(社債株式振替法151条)。総株主通知を受けた会社は、通知された事項を株主名簿に記載・記録しなければならず、この場合には、前記の基準日・効力発生日等に株主名簿の名義書換がなされたものとみなされ(社債株式振替法152条1項)、会社は、その株主(登録株式質権者)に権利を行使させることになる。譲渡担保に供された株式については、譲渡担保権者(加入者)から譲渡担保権者を株主として総株主通知をするように申出があれば、譲渡担保権者(特別株主)に通知される(社債株式振替法151条2項1号)。
2 譲渡制限株式の場合、質権の設定は株式の譲渡に該当せず、当該会社の承認を得ないで質権を設定することができるが、譲渡担保権の設定の場合は、株式の譲渡に該当し、原則として、当該会社の承認を得る必要がある。ただし、承認を得ないで行われた譲渡制限株式の譲渡は、当該会社に対する関係では無効であるが、譲渡当事者間では有効である(最判昭和48・6・15判時710・97)。
3 株式の譲渡担保権者が優先弁済を受ける方法としては、任意売却(処分清算)と所有権取得(帰属清算)が認められる。
 
(文例38) 
ゴルフ会員権譲渡担保設定公正証書
(譲渡担保の設定)
第1条 債務者兼譲渡担保設定者乙(以下「乙」という。)は、乙が債権者甲(以下「甲」という。)に対して負担している後記債務の担保のために、後記ゴルフ会員権(以下「本件会員権」という。)を甲に譲渡し、甲はこれを譲り受けた。
(保証)
第2条 乙は、甲に対し、本件会員権について第三者の質権、譲渡担保権等の権利が設定され、又は差押え、仮差押えがされていないことを保証する。
(譲渡書類の交付等)
第3条 乙は、甲に対し、本契約締結と同時に次の書類を交付した。
(1) 乙が、本件会員権を発行しているゴルフ場会社である株式会社○○カントリー倶楽部に対し、本件会員権を甲に譲渡した旨の内容証明郵便による譲渡通知
(2) 預託金証書等本件会員権の名義書換に必要な書類
(3) 本件会員権証書
 2 甲は、前項の書類をもって本件会員権の名義書換手続を自ら行うものとし、乙はこれに同意するとともに、同書換手続に必要な乙の代理権を甲若しくは甲の指定する者に本契約によりあらかじめ付与し、これを撤回しない。
 3 前項の名義書換手続に必要な名義書換料その他の費用は乙の負担とする。
 4 第2項の名義書換完了までに本件会員権を有することにより賦課される会費その他の費用等はすべて乙の負担とする。
 5 乙は、前項の会費等の費用を各会則等により定められた支払条件どおり遅滞なくその権利者に対し支払わなければならない。
(期限の利益喪失)
第4条  省略
(担保物件の処分)
第5条 甲は、乙が前条により期限の利益を喪失したときは、甲が適当と認める方法により本件会員権を処分することができる。
 2 甲は、前項に基づく処分により得た代金をもって本件債務及び同処分にために甲が支出した費用の弁済に充当することができる。ただし、充当の順序等については甲の指定による。
 3 前項に基づく弁済充当後もなお残債務があるときは、甲は乙に対し、その全額の支払いを請求することができる。
 4 乙は、前項に基づく甲からの請求を受けたときは、直ちにその全額を甲方に持参又は送金して支払わなければならない。
5 甲は、第2項の充当の結果、残余金が生じたときは、乙に対しこれを返還する。
(担保権の解除)
第6条 乙が、本件債務を約定どおり弁済したときは、本件会員権はその弁済完了の時をもって乙に移転する。
2 乙に本件債務について債務不履行があったときでも、甲が本件会員権について売却その他の処分に関する契約を締結するまでに、乙が本件債務を弁済したときは、本件会員権はその弁済完了のときをもって乙に移転する。
3 前2項が適用されるときは、甲は、乙に対し、弁済を受けるのと引換えに、本契約に基づき乙より交付を受けた本件会員証書、名義書換等に必要な書類その他のものをすべて乙に返還する。
(契約締結費用の負担)
第7条  省略
(合意管轄)
第8条  省略
1 債務の表示
  原因    平成○年○月○日 金銭消費貸借
金額    元金  金○○○万円
利息 年○パーセント、遅延損害金 年○パーセント
弁済期   平成○年○月○日限り
2 ゴルフ会員権の表示
ゴルフ場経営会社    株式会社○○カントリー倶楽部
会員権名称       ○○カントリー倶楽部正会員権
証券番号       ○○○―○○―○○○
額面金額       金○○万円
 
[参考事項]
1 ゴルフ場の経営形態別に見た会員権の種類は、@社団法人制ゴルフ倶楽部型、A株主会員制ゴルフ倶楽部型、B預託金会員制ゴルフ倶楽部型等に大別される。ここでは、最も数が多く、代表的なBの預託金会員制のゴルフ会員権につき文例を示し、解説する。
2 預託金会員制のゴルフ会員権は、ゴルフ場経営会社と会員間の債権的契約上の地位であり、@ゴルフ場施設の優先的利用権、A預託金返還請求権、B年会費支払義務がその主たる内容である。譲渡担保設定契約は債権者と会員権の所有者との間の譲渡担保設定契約(諾成・不要式)で成立する(クラブ理事会の承認を要する規約がある場合も当事者間では当事者間の合意のみで成立する。)。その譲渡をゴルフ場経営会社以外の第三者に対抗するには、指名債権譲渡の場合に準じて、譲渡人が確定日付のある証書により譲渡をゴルフ場経営会社に通知するか又はゴルフ場経営会社が確定日付のある証書により譲渡を承諾することを要する(最判平成8・7・12民集50・7・1918)。実務では、譲渡担保の設定に当たっては、預託金預証(会員権証書)、名義書換請求書、印鑑登録証明書等の名義書換手続に必要な書類の交付がされるが、名義書換まで行うことはほとんどなく、また、ゴルフ場経営会社に担保設定されることを知られることを望まず、前記通知をせずに、譲渡通知書を担保設定者から予め徴するに留める場合がほとんどである(略式譲渡担保)。
ゴルフ場経営会社に会員たる地位を主張するには、名義書換が必要である。ゴルフ会員権は、名義書換がされたときにゴルフクラブの会員たる地位を取得する権利(期待権)として、名義書換をすることなく、当事者間で有効に移転することができる。
3 譲渡担保権の実行としては、会員権を第三者に処分し、売買代金を被担保債権の弁済に充て残額がある場合は、差額を清算(処分清算型)するのが通常である。名義書換は、譲渡担保の実行としてなされる。この際、当該第三者は設定者に対して名義書換の手続に協力することを求めることができ、設定者は清算金未払いを理由に手続に協力することを拒否することができない(最判昭和50・7・25民集29・6・1147)。
4 前記のように当事者間では、合意のみで譲渡担保契約は成立するが、担保権設定者の処分を防止し、実行時の換価を容易にするため、あらかじめ次の書類を徴求するのが通常である。
(名義書換関係の書類)
ア 預託金証書  通常は、あらかじめ預金証書に、日付白地、譲受人欄白地で、裏書譲渡欄に実印で譲渡印を得ておく。
イ 名義書換必要書類一式 a名義書換請求書ないし譲渡承認申請書、b退会届、c会員証、d印鑑証明書等
(会社及び第三者対抗要件関係の書類)
譲渡通知書
 

25 代理受領委任契約
(文例39)
代理受領に関する公正証書
第1条 債権者甲(以下「甲」という。)は債務者乙(以下「乙」という。)に対し、平成○年○月○日付金銭消費貸借契約に基づき金3000万円の貸金債権を有する。
2 乙は、甲に対し、前項の金3000万円を平成○年○月○日限り支払う。
第2条 乙は、債務者丙(以下「丙」という。)に対し、平成○年○月○日付○○工事請負契約に基づく金3000万円の工事請負代金債権を有する。 
第3条 甲は、第1条の乙に対する貸金債権の弁済を確保するため、本日、乙と、甲が丙から第2条の請負代金を取立て受領し、これを前記貸金債権の弁済に充当する旨合意をし、乙は、甲に対し、上記取立て、代理受領を委任し、これを撤回しないことを約した。
第4条 丙は前条の事実を承認した。
第5条 乙は、本件金銭債務の支払いを怠ったときは、直ちに強制執行に服する旨陳述した。ただし、甲は、甲が丙に対し第3条に基づき取立をするまで本件貸金債務につき強制執行をしないことを約した。
 
[参考事項]
1 債権を担保に融資を受ける方法としては、債権質や譲渡担保権の設定があるが、国や地方公共団体に対する請負代金債権など、債権の中には譲渡・質入れが特約で禁止されている場合もある。そのような債権を有する乙は、甲から融資を受ける際、一種の担保として自己の丙(例えば、国や地方公共団体)に対する債権の取立て及び丙からの弁済の受領を甲に委任するという方法が用いられる。丙からの弁済を受けた甲は、乙に対する債権と受領した金銭の返還債務と相殺することにより、結果的には乙の丙に対する自己の債権を回収することになる。これを代理受領という。
2 代理受領に関する合意は甲乙間の委任契約でなされるが、甲が取立て受領権限を有することにつき、甲・乙連名で丙に承認を求めるのが通常である。この承認に反し、丙が乙に弁済を行えば不法行為となるとするのが判例の立場である(最判昭和44・3・4民集23・3・561、最判昭和61・11・20判時1219・63)。更に、丙が承認のみではなく、甲にのみ支払う義務を負担した場合に、丙が乙に支払ったときは、弁済としては有効であるが、その結果甲が損害を被ったときは、丙は債務不履行の責任を負い、甲は損害賠償請求することができよう。本文例は、丙が当事者となり前記承認をした事例である。
3 丙の承認に、債権譲渡の異議をとどめない承諾(民468条)と同様な効果を結びつけることは当然にはできないから、丙は乙に対する承諾前に有していたすべての抗弁を甲に対抗でき、甲の優先権は当該第三者に対抗できず、差押債権者に優先できない。この点で、代理受領は、質権や譲渡担保に代替する程の効力があるわけではない。
4 甲は乙から、丙に対する取立権限を付与されており、執行債権者になりうるが、代理受領権を付与した場合、先ず、丙に対し取立てをし、それで満足を得られない場合に、乙に対し強制執行をする旨の合意があるのが通常であろう。
 

26 代物弁済契約
(文例40)
代物弁済契約公正証書
第1条 債権者甲(以下「甲」という。)と債務者乙(以下「乙」という。)は、平成○年○月○日、乙が甲に対し負担する平成○年○月○日付金銭消費貸借契約に基づく元金○○万円及び平成○年○月○日から平成○年○月○日までの利息金○万円の合計金○○万円の債務の履行に代えて、後記土地・建物(省略)(以下「本件土地・建物」という。)を甲に譲渡し、甲は代物弁済としてこれを取得した。
第2条  乙は甲に対し、上記同日、本件土地・建物につき代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をした。
第3条 乙は、本件土地・建物につき権利の欠けつ又は瑕疵のないことを担保した。
 
[参考事項]
1 代物弁済とは、本来の給付に代えて他の給付を現実にすることにより債権を消滅させる債権者と弁済者(債務者に限らず、物上保証人、保証人等その債務につき利害関係を有する者は勿論、その他の第三者でも債務者の意思に反しない限り代物弁済をなし得る。)との契約である(民482条)。代物弁済は、代物給付をすることによって債務を消滅させることを内容とする契約であり、旧債務を消滅させて新債務を負担させる更改(民513条)とは異なる。
2 本来の給付(債権)が存在すること、及びその債権を他と誤認混同が生じない程度に特定して記載することが必要である。代物弁済契約時に債権が存在しなかったときは非債弁済(民705条)となり、代物弁済の目的物が不動産の場合に移転登記手続が完了する前に債権が弁済されたときは、代物弁済の効力は失われる。また、本来の給付を発生させた契約が解除された場合には、解除に関する直接効果説に立てば、債権は遡及的に消滅するから、代物弁済契約による目的物所有権移転の効果も遡って喪失する(代物弁済契約の有因性)(最判昭和60・12・20判時1207・53)。
3 新給付については、特段の制限はなく、特定物の所有権を移転する場合が通常であるが、第三者に対する債権を譲渡する場合もある。
4 代物弁済においては、弁済者のなす他の給付の履行が完了したとき(対抗要件を具備したとき)、始めて本来の債務が消滅する効果が発生するので、原則として、不動産についてはその旨の登記を(最判昭和40・4・30民19・3・768)、動産については引渡しを要する。なお、債務者が債権者に対し、不動産の所有権移転登記手続に必要な一切の書類を交付した場合にも、当然に債務消滅の効果が発生するか否かは争いがあるが、その旨の特約があれば、債務消滅の効果が発生するとするのが通説である。
  代物弁済は、本来の給付と異なる給付が現実になされることが必要であり、要物契約であるといわれているが、諾成契約としての代物弁済契約を締結し、この契約から生じる代物交付義務が履行された結果として債務が消滅するという合意を当事者間ですることもできる。
5 本来の給付と代物給付とは、同価値でなくともよいが、代物給付が本来の給付よりも著しく過大であり、かつ債務者の窮迫などにつけ込んだという場合には、暴利行為となることもあり得る。債権の一部について代物弁済をすることもできる。
6 約束手形が本来の債務のために交付された場合は、「弁済に代えて」ではなく「弁済のため」であると推定すべきであるが、嘱託人の持参する契約書のなかには、「期日に約束手形で支払う」旨の記載がされている場合がある。「弁済に代えて」か「弁済のため」かが紛らわしい場合は、当事者の意思を確認することが必要である。小切手の場合も上記と同様に解することができる。
7 代物弁済は一個の有償契約であり、代物給付に瑕疵があった場合は、他の有償契約の場合と同様に考えればよい。代物弁済として給付されたものに瑕疵があっても、債権者は、瑕疵のないものの給付を請求することはできないが、売買の瑕疵担保の規定の準用により(民559条)、解除又は損害賠償の請求をすることができる(民570条、同566条)。第3条は注意的条項であり、あってもなくとも上記結果は同じである。
 

27 代物弁済予約契約
(文例41)
代物弁済予約公正証書
第1条 債務者乙(以下「乙」という。)は、平成○年○月○日、債権者甲       (以下「甲」という。)に対して負担する下記債務を担保するため、同債務を弁済期までに弁済しないときは、甲を予約権利者とし、その弁済に代えて下記物件(省略)(以下「本件物件」という。)の所有権を甲に移転することを予約し、甲はこれを承諾した。
債務の表示
  平成○年○月○日、甲乙間に締結された金銭消費貸借契約に基づく元金          ○○万円、弁済期平成○年○月○日、利息年○パーセント、遅延損害金年○パーセント
第2条 乙は甲が前条の代物弁済予約に基づく所有移転請求権保全の仮登記申請手続をすることを承諾した。
第3条 本代物弁済予約は、甲が乙に対し、代物弁済を求める意思を配達証明付内容証明郵便で表示することにより完結する。
2 甲は上記完結の意思表示をした日以後に、乙に対し下記事項を配達証明付内容証明郵便で通知するものとし、上記通知が乙に到達した日から2月の期間(以下「清算期間」という。)が経過した時に本件物件の所有権は甲に移転する。
  @ 清算期間が経過する時の本件物件の見積価額
  A その時の債権(元本、利息、遅延損害金)並びに乙が負担すべき費用で甲が代わって負担したものの額(以下「債権等の額」という。)
C  @の本件物件の見積価額がAの債権等の額を超えるときは、その超える額に相当する金額(上の超過額がないと認められるときは、その旨)
第4条 甲は清算期間が経過した時の本件物件の価額がその時の債権等の額を超えるときはその超える額に相当する金銭(以下「清算金」という。)を乙に支払わなければならない。
 2 乙は甲に対し本件物件の所有権移転登記申請手続をし、かつその引渡しをしなければならない。
 3 前2項の各債務は、同時履行の関係に立つものとする。
第5条 清算期間が経過した時の本件物件の価額がその時の債権などの額に満たないときは、債権はその価額の限度で消滅し、残債務はなお存続する。
第6条 甲は清算期間が経過する時の本件物件の価額に争いがあるときは、その価額を甲の選任する不動産鑑定士その他の公正な第三者に評価させるものとする。ただし、甲は不動産鑑定士らの選任について予め乙と協議するものとする。
2 前項の評価に関する鑑定料は当事者の均等負担とする。
第7条 乙は清算金の支払を受けるまでは、債権等の額に相当する金銭を甲に提供して本件物件の所有権の受戻しを請求することができる。ただし、清算期間が経過した時から5年が経過したとき、又は第三者が所有権を取得したときはこの限りではない。
第8条 本契約条項に定めのない事項については、仮登記担保契約に関する法律その他の法令の定めるところによるものとする。
 
〔参考事項〕
(第1条)
1 債務者が、自己所有の土地等について、代物弁済の予約をした場合の文例である。第三者が代物弁済の予約をすることも可能である。
2(1)被担保債権は、金銭債権であれば必ずしも金銭消費貸借契約に基づく債権に限らない。
(2)本文例は、被担保債権が、契約締結時において特定している場合であるが、契約締結時において被担保債権が特定していないもの(以下「根担保仮登記」という。)でも、仮登記担保契約として有効に成立する。ただし、強制競売、担保権の実行としての競売、企業担保権実行手続(以下「強制競売等」という。)、破産手続及び更生手続においては、その効力を有しない(仮登記担保契約に関する法律(以下「法」という。)14条、19条4項)。
3(1)本法は、土地等の所有権の移転を目的とする仮登記担保契約について規定し(法2条ないし19条)、これらの規定を土地等の所有権以外の権利の取得を目的とするものに準用する構成をとっている(法20条)。
(2)債務者所有の土地の上に債務者所有の建物がある場合に、土地のみについて担保仮登記がなされたときは、その仮登記に基づく本登記がされる場合について、その建物の所有を目的として土地の賃貸借がされたものとみなされ、その存続期間及び借賃は、当事者の請求により裁判所が定めることとされている(法10条)。本法はこれを法定借地権という。
(第2条)
4(1)この仮登記のことを本法では「担保仮登記」と呼んでいる(法4条1項)。
(2)仮登記担保契約が有効に成立するためには、必ずしも担保仮登記がされていることは必要でないが、担保仮登記を経ている場合とそうでない場合とでは、効力が異なる。すなわち、後者の場合には、債権者は単に目的物件の所有権を取得する権利だけを有するに過ぎないのに対して、前者の場合には、根担保仮登記の場合を除き、上記の権利のほかに強制競売等の場合に、優先弁済請求権が保障されている(法13条)。また、破産手続の場合には、別除権者ないしは準別除権者として取り扱われる(法19条1項、2項)。
 (3)「承諾した」と記載すれば、甲が仮登記の単独申請をする場合、他に乙の承諾書を必要としない(不登107条1項)。
(第3条)
5(1)この意思表示は、代物弁済予約完結の意思表示であり、法的には書面によることを要しない。本文例で、配達証明付内容証明郵便としたのは、これにより意思表示の内容並びに意思表示が債務者に到達した年月日の双方が公的に証明され、後日、これらの点に関する紛争が生じることを予防するためである。
(2)この意思表示と後記6の実行通知を同時に一回の通知により行っても差し支えない。実務上は、その方が便利であろう。
(3)物上保証人が代物弁済予約の当事者である場合には、物上保証人に対して通知すべきであり、債務者に対して通知する必要はなく、債務者のみに対してされた通知はその効力を生じない。
6(1)完結の意思表示をした日以後であるから、意思表示が相手方に到達した日を含む。
(2)債権者が、誤って事前に通知をしても無効である。通知を発すべき日が到来してから、改めて通知を発しなければならない。
7(1)この通知は、「仮登記担保権の実行通知」と呼ばれ、意思表示ではなく、いわゆる準法律行為である。
(2)実行通知の相手方は、予約完結の意思表示の場合と同じく、債務者又は物上保証人(以下「債務者等」という)であり、物上保証人に通知した場合は、債務者に通知する必要はない。
8 実行通知が債務者等に到達した時において、担保仮登記後に登記(仮登記を含む。)がされている先取特権、質権若しくは抵当権を有する者(以下「後順位の担保権者等」という。)があるときは、債権者は遅滞なく、これらの者に対し債務者等に対して実行通知をした旨、実行通知が債務者等に到達した日及びその実行通知により債務者等に通知した事項を通知しなければならない(法5条1項)。これらの者は、すべて清算金支払請求権の上に物上代位権を有する者であり(法4条1項、2項)、この通知を怠ったときは、債権者は、債務者等に清算金債務を支払っても、上記の後順位の担保権者等に対抗することができない(法6条2項後段)。その結果、債権者は清算金の二重払いをしなければならない場合も生じる(注(16)、(18)参照)。
9 初日は算入しない。したがって、例えば実行通知が4月2日に到達したときは4月3日から起算する。清算期間の終期は6月2日となる(民法140条本文、同143条2項)。
10(1)清算期間が経過した時に土地等の所有権が移転するとするのが、判例(最判平成3・4・19民集45・4・456)・通説である。
(2)土地等の所有権は債権者に移転するが、債務者等は、一定の条件の下に土地等の所有権を受け戻すことができることは、法11条及び本文例7条記載のとおりである。また、仮登記に基づく本登記の請求ができない場合があること(法15条1項)、並びに所有権移転の効力が失効する場合があること(法16条)についても、後記(注21(2)(3))のとおりである。
11 この価額は、実行通知を債務者等に対して発する時に算定した清算期間が経過する時の土地等の見積価額であるから、必ずしも清算期間が経過した時の客観的価額とは一致しない場合もあろう。一致することが望ましいが、一致しない場合でも、見積価額の通知が違法、無効となるものではない。
12 土地等が1個であるときは特に問題はないが、土地等が2個以上あるときは各土地等毎に債権及びその費用を割り付けなければならない(法2条2項)。上記の債権の割付けの方法は、債権者の任意の金額でよく、必ずしも各土地等の見積額によって債権の額を按分する必要はないが、債権額をゼロとすることはできない。
13 債務者が負担すべき費用とは、弁済の費用(民485条)及び代物弁済契約に関する費用(民559条による民558条の準用)である。具体的には、土地等の鑑定費用、登録免許税、司法書士に対する報酬等である。
14 債権者及び後順位の担保権者等は、この金額、すなわち清算金の見積額に拘束される(法8条)。したがって、例えば債権者は、計算違いであることが実行通知書の記載自体から明らかであるような場合を除いて、後日清算金の見積額を減額することはできない。また、後順位の担保権者は、清算金の見積額に不満があるときは土地等の競売の請求をするほかない(法12条)。なお、後順位の担保仮登記の権利者には競売請求権がない(法12条参照)。
(第4条)
15(1)清算金とは、清算期間経過時における土地等の価額が、その時の債権(元本、利息、遅延損害金)及び債務者等が負担すべき費用で債権者が代わって負担したものの額(以下「債権等の額」という。)を超える額に相当する金銭をいう(法3条1項)。債権者の実行通知に記載されるのは、清算金の見積額であるが、清算期間経過後に支払われる清算金は、清算期間経過時における客観的に正当な価額である。債務者等は、債権者の通知した清算金の額に不満があるときは、債権者が債務者等を相手方として提起する土地等の所有権移転登記手続請求訴訟において、同時履行の抗弁(法3条2項、本文例4条3項)を提出することにより、あるいはまた、債権者に対して清算金の支払を求める訴訟を提起する(法3条1項、本文例4条1項)ことにより争うことができる。
(2)清算金を支払う相手方は債務者等であり、土地等の第三取得者は含まれない。第三取得者には、登記上の利害関係人として代位弁済の機会が保障されている。
16 清算金債権は、清算期間が経過した時に発生する将来の債権である。したがって、清算期間が経過するまでは、債権者は清算金を支払う義務がなく、仮に支払っても後順位の担保権者等に対する関係でその支払の効力が否認され、債権者が清算金を二重に支払わなければならない場合も生じる(法6条2項前段)。
  上記の後順位の担保権者等に本法5条1項の通知をしないで、清算金の支払をした場合も同様である(法6条2項後段、前記8)。
17上記清算金債権については、清算期間が経過するまでは債務者等は譲渡その他の処分をすることができない(法6条1項)。これは、後順位の担保権者等の物上代位権(法4条1項、2項)を保護するためである(後記18参照)。
18(1) 本法4条1項及び2項によれば、後順位の担保権者等は、その順位により債務者等が支払を受けるべき清算金(清算金の見積額を限度とする。)に対してもその権利を行うことができる(物上代位)。
(2)物上代位権行使の方法としては、まず清算金の払渡し前に差押え(仮差押えを含む。)をしなければならない(法4条1項)。
   そして、2人以上の物上代位権者がある場合は、執行裁判所が配当手続を実施する。この場合、債務者等が土地等の所有権の移転登記申請手続並びに引渡しを完了していないときは、債権者は同時履行の抗弁をもって対抗できる(後記22(2)参照)。
 19 清算金の支払方法には、弁済の供託も含まれる。
 20 債権者の清算金の支払債務は片面的強行規定であり、清算金の支払義務を規定した本法3条1項の規定に違反する特約で、債務者等に不利なものは無効である。したがって、債権者の清算義務を否定するような特約は当然無効である。ただし、清算期間経過後になされた特約はこの限りではない(法3条3項)。
 21(1) 債権者は、債務者等に対して土地等の所有権の移転登記手続並びに引渡しの請求権を有するが、債権者が清算金を支払う前(清算金がないときは、清算期間の経過前)にされた申立てに基づいて、土地等について強制競売等の開始決定があった場合には、担保仮登記の権利者は、仮登記に基づく本登記の請求をすることができない(法15条1項)。この場合には、担保仮登記の権利者も競売手続に参加して、その順位に応じて優先弁済を受けるほかはない(法13条)。
  (2) 更に、前記(1)の強制競売等の開始決定に基づいて手続が進行し、強制競売等が行われたときは、担保仮登記にかかる権利はその土地等の売却によって消滅する(法16条)。したがって、担保仮登記の権利者は、上記土地等を確定的に取得することができなくなり、同時に債務者等の清算金債権も消滅する。
(3)清算金の支払後(清算金がないときは清算期間の経過後)にされた申立てに基づいて、土地等に対する強制競売等の開始決定がされた場合には、担保仮登記の権利者はその土地等の所有権の取得をもって差押債権者に対抗することができる(法15条2項)。
22(1) 債権者は、清算金の支払と引換えに、債務者等に対して土地等の所有権移転登記手続並びにその引渡しをすることを請求することができる(法3条2項)。
 (2) 債務者等は、土地等の所有権移転登記手続並びにその引渡しと引換えに、債権者に対して清算金の支払を請求することができる(法3条2項)。
 (3) 上記(1)及び(2)の同時履行の義務を定めた本法3条2項の規定も片面的強行規定であり、上記の規定に反する特約で、債務者等に不利なものは無効である。ただし、清算期間が経過後にされたものはこの限りでない(法3条3項)。
 (4) したがって、いわゆる処分清算の特約は、清算金の支払前に所有権移転登記手続並びに引渡しの債務を履行することを内容とするものであるときは、上(1)の同時履行に反する特約として本法3条3項により無効である。
(第5条)
23 これは、債権者の清算金支払債務に照応するものである(法9条)。本法は、債権者に清算義務を課することとしたことから、第5条のような場合、債権は物件の価額の限度で消滅し、残債権は消滅しないものとした。
(第6条)
24 清算期間が経過した時の土地等の価額について、債権者及び債務者等の間に争いがあるときは、債権者が選任した不動産鑑定士又はその他の公正な第三者に評価させ、その評価額に従うのが爾後の手続を円滑にするので本条を設けた。
25 鑑定料が民法485条の弁済の費用とみるべきか、あるいは代物弁済契約に関する費用(民法559条、同558条)とみるべきかについては争いがあることは前述した。前者とすれば、特約がない限り全額債務者の負担となり、後者とすれば、当事者の平分負担となる。いずれにしても、特約をしておけば後日の争いを防止できる。
(第7条)
26(1) 本法の構成は次のとおりである。すなわち、(a)清算期間が経過した時点で、土地等の所有権は債務者等から債権者に移転する。(b)所有権の移転と同時に、債権者の債務者等に対する金銭債権は消滅する。(c)債権者等は、債務者等に対し清算金支払債務を負担し、債務者等は、債権者に対し土地等の所有権の移転登記手続並びに引渡しをなす債務を負担し、両者は同時履行の関係に立つ。(d)債務者等は、清算金の支払の債務の弁済を受けるまでは、債権が消滅しなかったものとすれば、債務者が支払うべき債権等の額に相当する金銭を債権者に提供して、土地等の所有権の受戻しを請求することができる。上記の(d)に関するものが本法11条の受戻権に関する規定であり、本文例7条本文は上記に関するものである。
(2)この受戻権は形成権であり、債務者等の受戻しの意思表示により土地等の所有権は債務者等に当然復帰する。
27 5年の長期間、受戻権の行使を認めることとされたのは、民法580条3項の買戻期間が5年であるのにならったことと、債権者が清算金を支払わないのであるから、本来の債権の弁済を受ければそれで満足すべきであるとの考え方によるものである。
  

28 債権譲渡契約
(文例42)
債権譲渡契約公正証書
第1条 譲渡人乙(以下「甲」という。)は、譲受人甲(以下「甲」という。)に対し、平成〇年〇月〇日、下記債権(以下「本件債権」という。)を次条以下の約定で代金〇〇万円で譲り渡し、甲は、その代金を支払ってこれを譲り受け、その債権証書の引渡しを受けた。
譲渡債権の表示
   譲渡人乙が、平成〇年〇月〇日〇〇地方法務局所属公証人〇〇〇〇作成平成〇年第〇号金銭消費貸借契約公正証書記載の契約に基づき、債務者〇〇〇〇(住所・東京都○区〇〇丁目○番○号、以下「丙」という。)に対して金〇〇〇万円を返済期平成〇年〇月〇日、利息年○パーセント、遅延損害金年○パーセントと定め貸し渡した債権全部
第2条 乙は、甲に対し、遅滞なく(譲渡日以後○日以内に)確定日付のある証書をもって、債権譲渡の通知をするか、又は丙から本件債権の譲渡についての承諾を確定日付のある証書で取得しなければならない。
 2 前項の手続に要する費用は、乙の負担とする。
第3条 乙は、本件債権について、本件譲渡時点において、丙からの相殺その他乙に対抗し得べき瑕疵のないことを担保し、かつ、本譲渡代金の限度において、丙の資力を担保した。
第4条 丙が本件債権につき甲に対し任意に弁済しないときは、乙においてこれを弁済する。
第5条 丙が本件譲渡の通知を受けるまでに乙に対して生じた事由をもって甲に対抗したときは、甲は、通知・催告を要せず、直ちに本契約を解除することができる。
 2 前項の場合、甲は、乙に対し、本件債権を返還し、乙は、これと同時に本譲渡代金及び譲渡代金に対し本契約成立の日より弁済に至るまで年○パーセントの割合による損害金を付加して甲に返還する。
(第5条 乙が、第2条に定める期間内に債務者への通知をせず又は債務者からの承諾の取得をしないときは、甲は何らの催告を要せず直ちに本件契約を解除することができる。)
第6条 乙は、第4条及び第5条に定める金銭債務を怠ったときは、直ちに強制執行を受ける旨陳述した。
 
[参考事項]
1(1) 債権譲渡は、債権を譲渡人(旧債権者)から譲受人(新債権者)に移転する処分行為(準物権行為)である。対価の有無、対価の額を記載することが望ましい。債権譲渡の結果、債権は同一性を変ずることなく、新債権者に移転する。担保付き債権が譲渡された場合、人的・物的担保も当然に債権に伴って移転する。
(2)債権は原則として譲渡することができ(民466条)、連帯債務者の一人に対する債権(大判昭和13・12・22民集17・2522)、将来債権                                                                                                                          や予約権利者の権利(大判大正13・2・29民集3・80)も譲渡できる。しかし、その性質上譲渡が制限されるもの(交互計算(商529条)に組み入れられた各個の債権、販売委託契約に基づいて委託者が受託者に対して有する債権など)(民466条1項ただし書)や、法律上譲渡を禁止された債権(扶養請求権(民881条)、恩給の受給権(恩給11条、但し書に注意)、災害補償を受ける権利(労働基準法83条2項、国家公務員災害補償法7条2項)、社会保険における保険給付を受ける権利(健康保険法61条等)等)がある。
(3)特約により譲渡制限を付することもできる(民466条2項)(債権譲渡それ自体を無効とする物権的効力を有するとするのが、判例・通説である。銀行預金債権等にその例が見られる。)が、譲渡禁止特約付の債権を善意で譲り受けた場合、債権は譲受人に移転する(同条2項ただし書)。最判昭和48年7月19日(民集27巻7号823頁)は、重過失を悪意と同視し、善意の譲受人であっても、譲渡禁止の特約を知らないことにつき重過失のある者は、債権を取得することができないとしている。なお、譲渡禁止特約付きの債権を譲渡した債権者は、債務者に譲渡の無効を主張する意思があることが明らであるなどの特段の事情がない限り、その無効を主張することは許されない(最判平成21・3・27金融法務事情1873・6)。他方、強制執行の分野では、最判昭和45年4月10日(民集24巻4号240頁)は、差押債権者の善意・悪意を問わず転付命令は有効としている。
譲渡禁止特約の典型例は、国・地方公共団体の発注した公共事業における請負人の国・地方公共団体に対する請負代金債権や銀行に対する顧客の預金債権である。銀行を債務者とする各種の預金債権については一般に譲渡禁止の特約が付され預金証書にその旨が記載されており、銀行に対する預貯金債権を譲渡する公正証書を作成する場合は、特約の有無等を審査し、譲渡禁止の特約がある場合は、嘱託に応ずべきではない。公証人としては、譲渡禁止の特約の疑いがあれば、嘱託人に質問し、契約書等を点検すべきである。
(4) 差押禁止債権(民執法152条)(給料・賃金・俸給・退職年金・賞与等の給付に係る債権につき支払期に受ける給付の4分の3に相当する部分(ただし、上記金額が33万円を超えるときは、その超える部分は差押えることができる。)、退職手当債権等の4分の3に相当する部分は差押禁止。また、執行裁判所は当事者の生活状況等を考慮して差押禁止の範囲を変更することができる。)を譲渡できるか否かは争いがある。通説は、差押禁止財産は、債権者の意思に基づかず債権を奪うことを禁止しているが、債権者の意思による譲渡可能性まで奪っているわけではないとして譲渡は可能とする。しかし、民事執行法152条の差押禁止債権は債権者の生活保障の趣旨があり、この趣旨に照らし譲渡性を否定する説も有力である。債務者及び債権者の生活状況その他の事情を考慮し、民法90条違反を理由に嘱託を拒絶すべきことも視野に入れ、慎重に取扱うべきである。
2 第1条は、債権証書(貸借証書、預金証書等)がある場合の文例で、債権証書がないときは引渡しの文言は要らない。証書の引渡しは指名債権譲渡の効力には関係ないが、全額弁済を受けたときは、請求があれば債権証書を返還することを要するから(民487条)、実務上は証書があるときは引渡しを受けて置くことが望ましい。
3 譲渡債権の表示は、債務者、連帯保証人、元本債権額等を具体的に表示する等して特定すべきである。抵当物件があるときは、その物件の表示は勿論、登記済みのときは、所轄法務局の受付番号、登記年月日をも記載することが望ましい。
4(1)債権譲渡は、債務者に通知するか債務者の承諾を得なければ、債務者に対抗することができず(民467条1項)(債務者に対する「対抗」とはいうよりは債務者に対する「権利行使要件」と言う方が適切との見解も有力である。)、債務者以外の第三者に対し対抗するには、確定日付による通知若しくは承諾を要するとし(同条2項)、債務者の認識を基礎とする第三者対抗要件制度を採用している。これは、民法の規定する債権譲渡についての対抗要件制度は、債権譲渡がされる場合に、譲渡を受けようとする者は、通常、債務者に対して債権の帰属を確かめ、債務者の回答を得てから債権を譲り受けるということを根幹として成立しているからである(最判49・3・7民集28・2・17)。
第2条は、債権譲渡の通知に関するものである。譲渡通知は、債権譲渡の効果を生じさせる意思表示ではなく、観念の通知である。
   債務者の承諾は、譲渡人、譲受人のどちらに対してなされたものであっても対抗要件となるから、債務者を確定日付のある公正証書の当事者として加えることは意義がある。
(2)判例は、債務者の通知・承諾を定めた民法467条1項を強行規定とする(大判大正10・2・9民録27・244,大判大正10・3・12民録27・532)が、通説は、同項は二重弁済の危険から債務者を保護する規定であるから、債務者の自由意思により通知不要の特約をすることは差し支えないとする(同条2項のみが強行規定とする。)。1項の通知・承諾が2項の第三者対抗要件の基礎となり、両者一体となって債権の帰属を確定する機能を有しており、実益のある議論ではないが、強行規定と解するのが相当であろう。したがって、債務者に対する通知を不要とする特約は無効であろう。
(3)通知は、譲渡人がしなければならない。譲受人が譲渡人の代理人として通知することは可能であるが、譲受人が譲渡人を代位して通知することはできない。
(4)動産・債権特例法に基づく対抗要件については、文例35の参考事項4(2)を参照。
5 譲渡禁止特約のある債権譲渡の場合には、承諾は、対抗要件具備と譲渡禁止の特約を解除する意味があり、最判昭和52年3月17日(民集31巻2号308頁)は、「譲渡禁止の特約のある指名債権をその譲受人が右特約を知って譲り受けた場合でも、その後、債務者が右債権の譲渡について承諾を与えたときは、右債権譲渡は譲渡の時にさかのぼって有効となり、譲渡に際し債権者から債務者に対して確定日付のある譲渡通知がされている限り、債務者は、右承諾以後において債権を差し押さえ転付命令を受けた第三者に対しても、右債権が有効であることをもって対抗することができるものと解するのが相当であり、右承諾に際し改めて確定日付のある証書をもってする債権者からの譲渡通知又は債務者の承諾を要しないというべきである」と判示した。また、上記のように譲渡禁止の特約に反してされた債権者による債権譲渡の効力は、後に債務者による承諾がされたときには、民法116条本文により有効となるが、譲渡の効力は民法116条ただし書に照らし第三者の権利を害することはできない(最判平成9・6・5民集51・5・2053(承諾前に滞納処分による差押えをした者に対し、債権譲渡の効力を主張できないとした。))。
6 承諾をするに当たって、何等の異議を述べなかった場合には、債務者は、譲受人が債権を行使したときに、譲渡人に対し主張できた一切の抗弁事由を譲受人に対し主張できなくなる(民468条1項本文)。典型的には、承諾の時点で、@弁済により譲渡債権が全部、一部消滅していること、A債権発生原因たる契約が無効、取消し、解除され消滅していること等である。異議を留めない承諾で債務者・譲受人間で債権の存在が認められる以上、このような債権を担保するものとして、抵当権も債務者・譲受人間ではその存在が承認される。
7 事前通知、承諾の効力については、債務者の事前承諾は、債権譲渡と譲受人が特定していれば債務者対抗要件としては有効であるが(最判昭和28・5・29民集7・5・608)、譲受人が特定されていない場合については争いがある。事前通知は、譲渡がされるかどうか不明確な段階での通知に債務者対抗要件を認めると、債務者を不安定な地位に置くことになり、原則として認められない。
第三者対抗要件としては、譲受人が特定していない事前通知、承諾はその効力はない。また、指名債権譲渡の予約についてなされた確定日付のある証書による債務者に対する通知又は債務者の承諾をもって、予約完結による債権譲渡の効力を第三者に対抗することはできない(最判平成13・11・27民集55・6・1090)。将来債権を現在の時点で譲渡し、通知・承諾することは問題はない。
8 債権が二重に譲渡された場合、譲受人相互間の優劣は、確定日付のある通知が最初に債務者に到達した日時又は確定日付のある債務者の承諾の日時の先後によって決することになる(最判昭49・3・7民集28・2・174)。同時であった場合は、各譲受人は、債務者に対し、それぞれ譲受債権について、その全額の弁済を請求することができ、譲受人から弁済の請求を受けた第三債務者は、他の譲受人に対する弁済その他の債務の消滅事由がない限り、単に同順位の譲受人が他に存在することを理由として、弁済の責めを免れることはできない(最判昭55・1・11民集34・1・42)。同一の債権について差押通知と確定日付のある譲渡通知との第三債務者への到達の先後関係が不明である場合、差押債権者と債権譲受人とは、互いに自己が優先的地位にあることを主張することができない(最判平5・3・30民集47・4・3334)。
9 債権譲渡の通知をした場合、債務者は、元の債権者に対して有していた抗弁権を新債権者に対して行使できるが、債務者が異議を留めない承諾をしたときは、元の債権者に対する抗弁権を新債権者に対して主張することができない。
10 第3条は、債務者の資力担保の特約である。債権の売買においても、目的たる債権に瑕疵が存するときは、売主は一般原則に従い担保責任を負担するが、特約がなければ債務者の資力まで担保責任を負担しない。特約が締結された場合、何時の時点での資力を担保するかについては、民法569条1項、2項に推定規定が置かれているが、特約を設ける場合は、上記時点を明確にしておくことが望ましい。
  「丙の資力を担保した」との法的な意味は、債務者丙が、本件債務の全部若しくは一部を弁済できなかった場合は、譲渡人乙は、本件譲渡代金の限度において支払う責任を負うと解するのが相当であろう。この特約の効力は、第三債務者が弁済の資力を有しないことに基づく損害を賠償すべき旨の特約であるから、譲受人甲は、まず債務者に対し履行の請求をなし、その弁済資力が不足するときはそのことを証明し、本件譲渡代金の限度において、譲渡人乙に対し損害賠償を請求することができると解するのが相当である。
11 第4条は、譲受人甲は、債務者丙が弁済期に弁済しないことを証明すれば、譲渡人乙に対し、本公正証書で執行できることになる。
12 第4条、第5条を一括して次のようにする文例もある。
 「第4条 次の場合の一つに該当するときは、甲は何らの催告を要せず、直ちに本契約を解除することができる。
   1 丙が本件譲渡の通知を受けるまでに乙に対して生じた事由を甲   に対抗したとき。
   2 丙が本件債権につき甲に対し任意に弁済しないとき。
    前項の場合、乙は甲に対し(以下第5条2項に同じ)  」
13 賃貸人が目的物の所有権と共に賃貸人の地位を譲渡する場合、賃貸人の義務の移転を伴うからといって、特別の事情のない限り、賃借人の承諾を必要とせず、賃貸人の地位の譲渡により、賃貸人と賃借人間の賃貸借関係は有効に移行する(最判昭46・4・23民集25・3・388)。既発生の賃料債権は個別の債権譲渡契約が必要である。
 
(文例43)
債権譲渡予約公正証書
(債権譲渡予約)
第1条 譲渡人乙(以下「乙」という。)は、譲受人甲(以下「甲」という。)  に対し、甲乙間の平成○○年○月○日付継続的売買契約に基づき乙が甲に対して現在負担し、又は将来負担するべき一切の債務(以下「本件債務」という。)を担保するため、甲を予約権利者として、下記の債権を甲に譲渡する旨予約した。
記(譲渡債権の表示)
第三債務者 丙  
譲渡債権  乙丙間の間の平成○○年○月○日付継続的売買契約に基づき乙が丙に対し現在又は将来取得するべき売掛債権
(本件譲渡債権の保証等)
第2条 乙は、甲に対し、本件譲渡債権について無効、取消原因、相殺、譲渡禁止特約等による抗弁事由その他一切の瑕疵がないことを保証する。
2 乙は、甲に対し、本件譲渡債権について、第三者に譲渡し、移転し、担保として提供する等、甲の権利を侵害し、又は侵害するおそれがある一切の行為をしないことを約する。
(確定日付の付与による証書の通知に関する代理権の付与)
第3条 乙は、甲に対し、甲が予約完結の意思表示をしたとき、本件債権譲渡に関する確定日付のある証書による譲渡通知を、丙に対しなす旨の代理権を付与した。
  2 乙は、甲の承諾なく、上記代理権を撤回しない。
(期限の利益の喪失)
第4条 乙が次の各号の一にでも該当した場合には、乙は、甲から通知・催告等がなくても、本件債務その他の甲に対する一切の債務について当然に期限の利益を失い、甲に対し、直ちに、未払債務全額を一時に支払わなければならない。
(1) 甲に対する債務の一つでも弁済しなかったとき。
(2) 手形若しくは小切手の不渡りを出し、又は支払停止となり、若しくは支払不能の状態に陥ったとき。
(3) 差押え、仮差押え、保全差押え、仮処分又は競売の申立てがなされたとき。
(4) 破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始若しくは特別清算開始の申立てがあったとき、又は任意整理を開始し、若しくは解散したとき。
(5) 本件譲渡債権について無効、取消原因、相殺、譲渡禁止特約等による抗弁事由その他の瑕疵が存することが判明し、これにより本件譲渡債権の債務の全部又は一部につき丙が弁済を履行しないおそれが生じたとき。
(6) 乙が甲との一切の取引約定の一つにでも違反したとき。
(7) 乙から甲への報告に虚偽の内容があるとき、又は甲から乙に宛てた通知が届出の住所に到達しなくなったとき。
(8) 前各号に準ずる事由により乙の信用が著しく低下したと認められる状況が生じたとき。
第5条 前条により、乙が期限の利益を喪失したときは、甲は乙に対し、直ちに本件債権譲渡予約を完結する旨の意思表示をする。
(第三債務者への通知)
第6条 乙が第4条により期限の利益を喪失したときは、甲は、乙に代理して丙に対し、内容証明郵便で本件債権譲渡がなされた旨の通知をする。
(合意管轄)
第7条 甲及び乙は、この契約に関し、争いが生じ、訴訟の必要があるときは、甲の住所地を管轄する地方裁判所を第一審管轄裁判所とすることを合意する。
 
〔参考事項〕
1 現在発生している債権、あるいは、将来発生する多数の債権を包括的に譲渡する予約をすることができる。
2 債権譲渡の予約をする場合、予約完結時に譲渡の目的となるべき債権を譲渡人が有する他の債権から識別することができる程度に特定していれば足り、将来債権が譲渡予約の目的とされる場合であっても同様である。そして、最判平成12年4月21日(民集54巻4号1562頁)によれば、将来債権を一括して譲渡する集合債権の譲渡予約において、「他の債権から識別することができる」といえるためには、@債権者、債務者が特定されていること、A譲渡債権を発生させる原因となる法律関係(債権発生原因)が特定されていればよい。
3 将来債権の譲渡予約については、債権額は予約完結した時点で確定するものであるから、予約を締結した時点で確定している必要はなく、上記時点で債権額が確定していなくとも、予約の効力に影響はない(最判平成12・4・21民集54・4・1562)。
4 債権譲渡予約がされた場合、譲渡債権が債権者から譲受人に移転するのは、予約完結権が行使された時点であるから、債権譲渡の予約につき確定日付のある証書により債務者に対する通知又はその承諾がなされても、対抗力を取得したことにはならない(最判平成13・11・27民集55・6・1090)。集合債権譲渡担保の場合の包括通知の効力については、文例35の参考事項4(1)を参照。
 

29 債務引受
(文例44)
重畳的(併存的)債務引受契約公正証書
第1条 債務者乙(引受人、以下「乙」という。)は、当事者外丙(以下「丙」という。)が債権者甲(以下「甲」という。)に対し、平成〇年〇月〇日〇〇地方法務局所属公証人〇〇〇〇作成平成〇年第〇号金銭消費貸借契約公正証書記載の契約に基づき負担する金〇〇万円の下記債務(省略)を、平成〇年〇月〇日、重畳的に引き受け、甲に対し丙と連帯して以下の条項に従い弁済することを約し、甲はこれを承諾した。
第2条 乙は、甲に対し、前条元本及び利息を平成○年○月○日限り支払う。
第3条 乙は、甲に対し、前条の債務の支払いを怠ったときは、直ちに強制執行に服する旨陳述した。
[参考事項]
1 重畳的債務引受(併存的債務引受)は、原債務者が依然として債務者としてとどまり、これに加え新たな者が原債務者の債務を引き受けるものである。重畳債務引受は、債権者、原債務者及び引受人三者間の合意ですることは可能であるが、債務者の意思に反してもでき(大判大正15・3・25民集5・219)、本文例のように債権者、引受人間でも可能である。また、債権者にとっては有利であるから、債務者と引受人との間のみで合意でもできる。第三者のためにする契約となるから、民法537条2項により債権者の受益の意思表示が必要となるが、債権者が引受人に債権者としての権利行使をすれば、受益の意思表示をしたものと解される。
2 重畳的債務引受があった場合、特段の事情のない限り、原債務者と引受人との間に連帯債務関係が生ずるものと解するのが判例である(最判昭和41・12・20民集20・10・2139)。学説は、原則として不真正連帯債務関係を生じ、原債務者と引受人との間に主観的共同関係があった場合のみ連帯債務関係が生じるとする説、原則として不可分債務関係が生じるとする説等がある。
3 引受人は、同一債務を負担するのであるから、従来の債務者が有する債権者に対する抗弁権を主張できる。
4 引受の目的となる債務の内容は、債務者以外の第三者によっても実現可能であることを要するが、引受人の負担すべき債務は、その範囲(債務の一部引受も可能であるが、債務額を超えて引受けをすることは認められない。)、履行期、履行場所等に若干の相違があっても、債務の同一性が失われない限り有効である。
5 重畳的引受は、保証契約とは成立要件も効力も異なり(保証と異なり付従性や補充性は問題とならない。)、実際上紛らわしいことがあるから、当事者の真意を捕捉することに努める必要がある。
6 免責的か重畳的か明確な表現のないときは、特段の事情のない限り、後者と解すべきである(最判昭41・3・1裁集民82・589)とされており、免責的引受を主張する者は、特段の事情の存在を立証する責任を負うものとされている。いずれにしろ、公正証書を作成する場合は、嘱託人に上記の点を十分に確認すべきである。
7 口頭弁論終結後の免責的債務引受人に執行文を付与できることは争いがないが、併存的債務引受人に承継執行文を付与できるかについては、見解が分かれるが消極説が強い。
 
(文例45)
免責的債務引受契約公正証書
第1条 旧債務者丙(以下「丙」という。)は、債権者甲(以下「甲」という。)に対し、平成〇年〇月〇日〇〇日から平成〇年〇月〇日〇〇日までの間に甲から買い受けた繊維製品代金残額金〇〇円の債務を負担していたところ、新債務者乙(以下「乙」という。)は、平成〇年〇月〇日〇〇日、これを免責的に引き受け、甲に対し、以下の条項に従い弁済することを約し、甲はこれを承諾した。
2 前項により、丙はその債務を免れた。
第2条以下の弁済期、利息、損害金等の条項は、文例1.2等を参照
 
[参考事項]
1 免責的債務引受は、債務がその同一性を失わずに旧債務者から新債務者に移転するものであり、債権者の同意なくしてはできず、債権者、債務者及び引受人の三者間で契約をするのが一般的である。債権者と引受人との間ですることも可能であるが、この場合、債務者の意思に反してすることはできない。なお、債務者の意思に反しないことが免責的引受の積極的要件ではなく、債務者の意思を考慮せずに公正証書の作成嘱託に応ずることができると解される(ただし、事情聴取その他資料等からたまたま債務者の意思に反することが明らかな場合は応ずべきではない。)。なお、事情を聴取するなどして債務者の意思に反することの事情又はその意思に反することを主張する蓋然性が特に見当たらない限り嘱託に応ずべきものであるとする見解もある。
2 旧債務者本人の設定した物上担保、法定担保は引受けによって効力を失わないが、旧債務に付された保証債務、第三者の提供した物上担保は、保証人や担保提供者の同意がない限り、引受人の債務を担保することなく消滅する(最判昭和37・7・20民集16・8・1605、最判昭和46・3・18裁集民102・273)。
3 旧債務者の有する債権者に対する抗弁権は一切引受人に移転する。ただし、取消権、解除権は、旧債務者の地位を承継しない限り行使できず、旧債務者の反対債権で相殺することも、他人の権利の処分となるから許されない。
 

30 更改 
(文例46)
更改契約公正証書(目的変更)
第1条 債権者甲(以下「甲」という。)は、債務者乙(以下「乙」という。)に対し、平成○年○月○日、下記(省略)約束手形金債権を金○○万円とする新債権に変更することを約し、乙は次条以下の約定によりこれを履行することを約した。なお、甲は同日上記手形を乙に返還した。
第2条以下の弁済期、利息、損害金等の条項は、文例1.2等を参照
 
[参考事項]
1 更改は一個の契約によって旧債務を消滅させ新債務を成立させるものである。目的の変更による更改、債権者の交替による更改、債務者の交替による更改の三つの種類がある。いずれの場合も、原則として、新債務は旧債務と同一性がなく、旧債務に伴う担保、抗弁権は全て消滅する。ただし、当事者の特約で質権、抵当権を旧債権の限度において新債権に移すことができる(民518条本文)。第三者が担保を提供しているときは、その承諾を得なければならない(同条ただし書)。担保権が消滅することは債権者にとって不利益であり、実際の取引においては、既存の債権につき、当事者の変更又は目的の変更をする場合は、多くは、債権の同一性を保ち、これらの変更のみを意図するのが通常である。すなわち、債権者の変更は債権譲渡、債務者の変更は債務の引受、目的の変更も債権の同一性を失わしめない意図の下で行われることが多い。嘱託人が、更改契約を嘱託する場合も、上記のことを説明し、真に更改契約を締結する意思があるか十分に確認すべきである。なお、民法513条2項は、「条件付債務を無条件債務としたとき、無条件債務に条件を付したとき、又は債務の条件を変更したときは、いずれも債務の要素を変更したものとみなす」旨規定するが、上記のような場合、常に債務の要素の変更(その債務は更改によって消滅する(民513条1項))となるのではなく、特にこれを要素の変更と認めるべき客観的及び主観的事情がある場合に、要素の変更になると解すべきである。
2 債権の目的変更の当事者は債権者と債務者である(民513条1項)。
3 目的変更の更改は代物弁済に類似するが、更改は新債務を負担し、代物弁済は現実の給付をする点が異なる。
4 本文例のような更改契約は一般には行われず、むしろ、債務を承認したうえ、これを消費貸借の目的とし準消費貸借とするのが通例である。
 
(文例47)
更改契約公正証書(債権者交替)
第1条 平成○年○月○日、旧債権者丙(以下「丙」という。)が債務者乙(以下「乙」という。)に対して有する下記債権(省略)につき、新債権者甲(以下「甲」という。)は丙に交替して該債権を取得することを三者間において合意し、乙は甲に対し次条以下の約定により履行することを約した。
第2条以下の弁済期、利息、損害金等の条項は、文例1.2等を参照
 
[参考事項]
1 債権者の交替による更改は、新旧債権者を加えた三面契約で行う必要があり、確定日付ある証書をもって対抗要件としており(民515条)、民法468条1項(指名債権の譲渡における債権者の抗弁)の規定が準用される。したがって、本文例のように公正証書でする場合は、甲は上記対抗要件を取得するが、乙は、一部弁済等丙に対抗できた事実を留保しないと、甲に主張できないことになる。
2 更改契約はあまり利用されていない。債権者の交替は債権譲渡、債務者の交替は債務の引受で行って、債務の同一性を失わせない方が債権者に有利だからである。
 
(文例48)
更改契約公正証書(債務者交替)
第1条 債権者甲(以下「甲」という。)が旧債務者丙(以下「丙」という。)に対し有する下記債権(省略)につき、平成○年○月○日、新債務者乙(以下「乙という。」は丙に交替してこれを負担することを約し、甲はこれを承諾した。
第2条以下の弁済期、利息、損害金等の条項は、文例1.2等を参照
 
[参考事項]
1 債務者の交替による更改の当事者は債権者と新債務者である。ただし、旧債務者の意思に反することはできない(民514条)。